観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • ユニークポイント『59』@ひつじノ劇場
    【2025/6/14 19:00〜20:10(途中休憩なし)】

    地元小学生の少年野球チームの練習試合。応援スタンドとは別の、グラウンドから少し離れた木陰のベンチ席で繰り広げられる物語。(このベンチの色のハゲ具合が文句無く素晴らしい!)

    選手のシングルマザーの母親・夏川(実は夫とは交通事故による死別)、酒と野球が好きで足繁く少年野球を見に来ている近所のおじさん・シゲ(実は元高校野球の名将だったが暴力事件をきっかけに退職・離婚)、サウスポーピッチャーの少年の父親・木崎(離婚までカウントダウン別居状態で、妻は少年野球チームの監督と不倫の噂)、たまたまた通りがかったという余命わずかの男性とその妻(木崎には見えていない存在?)。

    少年野球の試合の実況中継を挟みつつ、並行して語られる、生と死、過去と未来、親と子、記憶と存在、後悔と希望、愛と祈り、こみあげる涙とこらえる涙…そして、井上陽水の「傘がない」。
    5人それぞれが、それぞれの傷と痛みを抱えており、しかし、それらと向き合いながら生きていこうとする、切なくも愛おしい姿が、優しい視点で描かれている。
    そして要所要所で、前触れなくハッとさせられるようなセリフが繰り出される。このあたりの匙加減も上手い。

    夏川(山田愛)とシゲ(ナギケイスケ)の素性については、ラストで明らかとなる(夏川はシゲの素性を知っているのだが、知らないフリをしていたことが明らかになる)ため、それを知った上でもう一度見ると、観客として受け取るものが変わってくる可能性大。
    特に夏川は、冒頭から抱えているドラマ(野球チームの保護者のアレコレや、夫のことや、シゲの素性など)が膨大で、「それらを背負った上であれだけ(観客から見ると)何事も無いかのように明るく振る舞っている」という設定がスゴいし、それを無理なく体現している愛さんもまたスゴい。実はなかなかの難役だと思うのだが。
    対するシゲも、「人生に対する投げやりさを見せつつも、やはり野球から離れずには生きていけない感じ」がよく出ていて、カップ酒もよく似合う。個人的には、役の年齢設定(ホントは老けている設定なのか、意外と初老ではないのか)が少し分かりにくかったのがもったいない気もしたが。

    余命わずかの男性役の古市さんは、登場時から、足の裏が地面から浮いているのではないかと思わせるような、文字通り「浮遊しているような」存在感で、確かにそこに居るのだが覇気が少し欠落しているような瞬間も垣間見せ、「人間の姿をした魂」感のスゴさ。
    目に涙を浮かべながらもギリギリ流すことなく、笑みを湛える何とも言えない表情も秀逸。

    これまでもわりと大人向けな作風が多かったユニークポイントだが、今回は、より大人のほうへ舵を切った印象も。今回の登場人物たちの悲喜こもごもは、(精神的に)40代以上くらいがドンピシャというか、若い世代にはそこまで実感として捉えられないのではないか、という気もする。
    逆に言うと、人生の折り返し(という表現が妥当かどうかはさておき)が見えて来た人たちや、親世代あたりに観てほしい作品かな、と。
    ユニポからの人生に対するエールのような、そんな作品だ。

    ちなみに、『59』は「5人の芝居+野球チームの9人」という説明が開演前にあったものの、深い意味は無いそう。
    ただ、しいて言えば、ある意味で「号泣」な作品であり、作演出の山田氏が好きな「素数(しかもスーパー素数)」でもあり、さらにこじつけるなら、「エンジェルナンバーにおける59」は、「人生の進む方向性が明確になり心が安定する」、「古いものを手放し、好きなものを大切にする」みたいな意味合いの数字なんだとか。
    うむ、ある意味、当たってる気もするぞw


    ユニークポイント『59』
    作・演出 山田裕幸

    シゲ ナギケイスケ
    夏川 山田愛
    木崎 古澤光徳
    男 古市裕貴
    女 西山仁実

    美術・照明 ナギケイスケ
    劇場ロゴ制作 新出睦(ememデザイン室)
    スチール 半田武祢夫
    受付 勝岡彩乃、鈴木桃子、神谷由紀子、中村美佳、鈴木恵、澤田明日花、鈴木由佳、葛谷綾子、あかり、さくら
    劇団スタッフ 河野悟、北見直子、水田由佳

    主催・企画・制作 一般社団法人ユニークポイント

    2025年6月14日〜16日 ひつじノ劇場

  • 2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.1 ブルノ国立劇場ドラマ・カンパニー『母』@新国立劇場 小劇場
    【2025/5/28 19:00〜20:55(途中20分の休憩あり)】

    カレル・チャペックの戯曲を、彼の母国であるチェコの劇場の来日公演。
    以前に日本人による上演を観ていたので、話の展開や作品テーマは既知の上での観劇。
    (オフィスコットーネ版『母』の観劇記録はコチラ ↓ )
    https://www.facebook.com/share/p/1AqYtSLRo5/

    演出面では、書斎の棚をデフォルメしたような舞台装置が特徴的だが、その他の部分や演技面はオーソドックスと言えよう。「西洋の国立劇場の俳優による演技演出」というイメージから、大きく逸脱していない感じ…みたいな。手堅いというか、中庸というか。(その分、言葉や関係性を大切にしている、のだと思われる)
    5人兄弟の役の、俳優本人の年齢差が役柄とうまくかみ合ってないせいか、兄弟間の(役柄としての見た目の)年齢差が若干不自然ではあったw

    戦争という空気感を纏わせるのは、西洋の俳優のほうが確かに上手いし、妙な説得力もある。反面、彼らでなければ演れない作品か?というと、そこは少し弱い。
    一方で日本人版はというと、戯曲を読み解く力とか、作品をトータルでどう見せたいかというような「解釈」においては、日本版で観た時のほうが掴みやすかったように思う。

    今回はA席(サイドのバルコニー席)での観劇。舞台の一部が見切れるのは納得の上だったのだが、字幕の表示場所の設定が微妙で(舞台中央上部なのだが、舞台装置との干渉を避けるためか、少し奥のほうに吊られていた)、自分より前隣の人が少し前かがみになるだけで、もう字幕が見えなくなってしまった。
    内容を知った上で観ているからまだマシだったが、それでも、意味のわからない(しかもチェコ語!)セリフだけを頼りに長時間かけて舞台の展開を追うのは、なかなか辛いものがあった。
    (正直なところ、バルコニー席からの字幕の見え方がほとんど考慮されていない字幕位置だったと思われる。残念!)


    2024/2025シーズン
    シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.1【海外招聘公演】
    ブルノ国立劇場ドラマ・カンパニー
    『母』MATKA
    〈チェコ語上演/日本語及び英語字幕付〉
    作 カレル・チャペック
    演出 シュチェバーン・パーツル

    母 テレザ・グロスマノヴァー
    父 トマーシュ・シュライ
    オンドラ ロマン・ブルマイエル
    イジー マルチン・ヴェセリー
    コルネル ヴォイチェフ・ブラフタ
    ベトル ヴィクトル・クズニーク
    トニ パヴェル・チェニェク・ヴァツリーク

    ドラマターグ ミラン・ショテク
    美術 アントニーン・シラル
    衣装 ズザナ・フォルマーンコヴァー
    音楽 ヤクブ・クドラーチュ
    英語字幕翻訳 ヤロスラフ・ユレチュカ、マルチナ・ナーフリーコヴァー
    日本語字幕翻訳 広田敦郎
    言語協力 エヴァ・スポウストヴァー
    美術助手 テレザ・ヤンチョヴァー
    演出助手 ヴィート・コジーネク
    衣装助手 ユリエ・エマ・ルージチュコヴァー
    制作 ブルノ国立劇場ドラマ・カンパニー

    通訳 時田曜子(英語)、吉田真由子(英語)、伊川久美子(チェコ語)、豊島美波(チェコ語)
    舞台監督 八木清市
    技術監督 友光一夫
    舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ、フリックプロ、本庄正和(舞台)、今江友昂(照明)、工藤尚輝(音響)、滝内康太(映像)、鎌田拓寬(大道具)、久保幸司(デザイン)
    制作 村本千晶
    プロデューサー 永田聖子
    芸術監督 小川絵梨子

    主催 新国立劇場
    後援 チェコ共和国大使館
    協力 チェコセンター東京

    2025年5月28日〜6月1日 新国立劇場 小劇場
    2025年6月4日〜5日 フェニーチェ堺 小ホール

  • イキウメ『ずれる』@シアタートラム
    【2025/5/28 14:00〜16:05(途中休憩なし)】

    このところ僕の中では「少し複雑で難しい哲学書」のような印象もあったイキウメの舞台だが、今回は「家族」を軸にした、イキウメらしい作風に戻っていたように感じられた。集大成的な位置づけもあったかも。
    シリアスなテーマだが、笑える場面も多々あり、「深刻でありながらも軽い」質感の舞台。
    スタイリッシュな邸宅リビングの設えは、若干の加藤拓也風味もあり。

    幽体離脱とか、それによって家畜が野生化するとか、まあまあ突飛な設定ではあったけど、家族ならではのしがらみとか、親の無念を子が晴らすための復讐劇とか、わりとリアルに共感可能な設定も散りばめられていて、観やすい。
    閉塞的で密な空気感も印象的だったが、これは、出演者が劇団員5名に限定されていたことも大きかったと思う。

    兄の輝(安井順平)は、弟の春(大窪人衛)の存在に鬱陶しい素振りを見せつつも、実は密かに恋愛感情に近い感覚を抱いていたのではないか?(ただし弟はそれに気づいていないし、兄も自分に戸惑い、苦悶し、押し殺している)…というのが観終わった時の感想。そう考えると色々なことの辻褄が合うような気がして。
    浜田信也さん演じる秘書兼家政夫の山鳥も、輝(というか小山田家?)に対する復讐心を持ちながらも、輝に対しての態度には、そこまでの敵意は感じられず、小山田家に対しての許せない感情はありつつも、輝という1個の人格に対してはむしろ愛情に近いような感覚すら抱いているのでは?というようにも読み取れ…
    作品の裏テーマ的に「人が人を想うこと」みたいなことも忍ばされていたのかも。(深読みしてるだけかも、だが)

    あと、当日配布物が「変形折り加工」のような形で、縦長状の下3分の1くらいを折り返していたのだが、その「折り返し幅」が「ピツエンを差し挟んだ長さ」と(たまたまかもしれないが)同じになるように設定されていたり、折り返した間に同サイズのアンケートやチラシが挟まれてスッキリしていたりと、なかなか工夫されていたのも良かった。


    イキウメ『ずれる』
    作・演出 前川知大

    小山田輝/社長 安井順平
    小山田春/輝の弟 大窪人衛
    山鳥士郎/輝の秘書兼家政夫 浜田信也
    佐久間一郎/環境活動家 盛隆二
    時枝悟/整体師 森下創
    声の出演 薬丸翔

    ドラマターグ・舞台監督 谷澤拓巳
    美術 土岐研一
    照明 佐藤啓
    音楽 かみむら周平
    音響 青木タクヘイ
    衣裳 今村あずさ
    ヘアメイク 西川直子
    演出助手 須藤黄英
    プロップマスター 渡邉亜沙子
    演出郎 成瀬正子
    照明操作 溝口由利子、和田麻里子
    音響操作 鈴木三枝子
    宣伝美術 鈴木成一デザイン室
    写真 水谷吉法「KAWAU」
    俳優写真 平岩享
    舞台写真 田中亜紀
    新作 坂田厚子
    票券 宍戸円
    制作デスク 谷澤舞
    プロデューサー 中島隆裕

    協力 ワタナベエンターテインメント、吉住モータース、Nabura、俳優座劇場、Aプロジェクト、ART CORE、至福団、カンパニーAZA、ステージオフィス、SING KEN KEN、10月17日、ティーユーネクスト、マイド、深雪印刷
    当日運営 保坂綾子(東京)、スタービーイング(大阪)

    主催 エッチビイ株式会社

    【東京公演】2025年5月11日〜6月8日 シアタートラム
    【大阪公演】2025年6月12日〜15日 ABCホール

  • アートひかり『二人で狂う…好きなだけ』@ひつじノ劇場
    【2025/5/10 18:00〜18:45(途中休憩なし)】

    イヨネスコの不条理な二人芝居(厳密に言えば二人以外にも登場人物はあるのだが)を藤枝で。4月に長野でも上演された作品。

    『二人で狂う』という作品に関しては、2002年に利賀村の演出家コンクールで優秀賞を獲った西悟志演出を観ているのだが、その印象が僕の中であまりに強く、西版『二人で狂う』が「ひとつの正解例」として自分の中に存在しており、どうしてもそちらと比較しながらの観劇にならざるを得ない。
    (ちなみに、西演出『二人で狂う』は、テキストを解体して再構成し、繰り返しや入れ替えを行うなど、「戯曲で如何に遊ぶか」を追求したような演出でもあり、当時、観ても話が全く理解出来なかったのだけど、作品に込められた「痛切な叫び」のようなものを肌で感じ、また、すごく訓練された肉体と演技を見せられた気分で、当時「ラヴェルの『ボレロ』のような舞台」と思った記憶がある。なお、西版はYouTubeで観ることが可能)

    仲田氏の演出は、(突飛な部分もあるがそれも含めて)ある意味で模範的というか、イヨネスコの不条理劇というこの戯曲を正しく上演する一例として成功していたと思う。
    「遠くの親戚より近くの他人」ならぬ「遠くの戦火より自分たちの諍い」といった感じな会話が続き、戦争の気配が通奏低音のように響く作品だが、戦争というものの存在感の表し方の処理も悪くなかったと思う。
    要所要所で、とぼけた演出(褒め言葉)が差し挟まれるものの、基本的には「一定のテンションと、一定のスピード感と、一定のエネルギー」を伴った演出で、演じる二人(杉山雅紀、山田愛)の演技も、それに応えるものであったと思う。過剰になりすぎない程度で、でもしかし振り切っていた。

    「達磨?」とか「日本語の歌詞?」とか、舞台設定や選曲が和洋折衷なのが多少、気にはなったが、そのことによるマイナスは少ない。

    一点惜しまれるとすれば、照明効果だろうか。

    ひつじノ劇場の仕様では高望みなことを承知で書けば、「強烈なピンスポが当たる」とか、「シルエットになる」とか、「横明かりで人物が浮かび上がる」とか、そういう照明効果があるとなお一層場面の密度がぐんと上がりそうな箇所がいくつかあった。
    しかし、全体的に地明かりのみで勝負せざるを得ないため、場面の印象がぼんやりとしてしまった気がする。(いわゆる「劇的」な絵作りに限界があって、日常感が残りすぎた印象)
    第三の人物が舞台奥から出てくる場面なんかは、それまでと違う明かりになれば、もっと違う異化効果が生まれて良かったかもな、と思ったり。

    照明面での変化に限界があるならば、身体性か演出で変化をつけざるを得ないと思うので、たとえば、「すごくスローモーションな場面で引き伸ばされた会話が展開される」、「ただグルグルと歩き回りながら会話する」、そういう場面もあっても良かったかも。

    余談だが、幕開きの(それ以後も、ではあるが)山田さんのビジュアルが、弘田三枝子の全盛期(「人形の家」を歌っていたころ)に激似で、「フランス人形みたいで、また新たな一面を見せた!」と、ひとりニヤニヤしてしまったw
    (全盛期の弘田三枝子がピンと来ないと、全く理解できない話…というわけで、弘田三枝子の写真も参考に挙げておくw)


    アートひかり公演
    『二人で狂う・・・・・・好きなだけ』
    作 ウージェーヌ・イヨネスコ
    訳 安堂信也
    演出 仲田恭子

    出演 杉山雅紀、山田愛、姫凛子(ゲスト出演)
    協力 山田あかり
    撮影 安徳希仁、半田武祢夫

    主催 アートひかり
    共催 ひつじノ劇場
    制作協力 一般社団法人ユニークポイント

    2025年5月10日〜11日 ひつじノ劇場

  • こつこつプロジェクトStudio公演『夜の道づれ』@新国立劇場 小劇場
    【2025/4/15 19:00〜21:00(途中休憩なし)】

    三好十郎の戯曲を、柳沼昭徳氏が演出。
    戦後の記憶もまだ新しい日本、深夜の甲州街道、初対面の男ふたりがひたすら歩く。途中で現れ、やがて過ぎてゆく人々が時々登場するも、基本的には男ふたりの会話劇。
    喋り通しというよりは、沈黙の瞬間もあったりして、本当に「夜中に男ふたりで歩きながらの会話」といった趣き。取り留めのない話題ではあるのだが、「戦後」「日本人」などのキーワードを連想させる内容が、巧妙に小出しに出てくる。

    この、「深夜モードの」「戦争の空気がまだ残る時代の」「男ふたりの取り留めのないの会話」という設定に、スッと入っていけるかどうかで、舞台への集中や感想は、かなり変わってくると思われる。珍妙な人たちとのやり取りはあるのだが、すごく劇的な事が起こるわけではなく、印象としては「歩き続ける『ゴドーを待ちながら』(もはや、待つというより向かって行く感じ)」。
    上演時間は約2時間なのだが、「あっという間」感はなく、良くも悪くも「長い」印象。ラストに向かっていく感じは、この「長さ」があればこそ活きる感じもするけれど、途中まで(特に前半)は、長さが気になってしまった。長いというより、停滞している感じが続く印象。

    演出は、おそらく原作に忠実な感じで、見せ方に対しては、こだわりが感じられるというか、丁寧に稽古を積み重ねたことが垣間見える。
    ただ、セリフの扱いは少し気になった。何を言っているのか上手く聞き取れないセリフ(感覚や感情先行型の吐き出し系)が、わりとちらほら見受けられ、「三好十郎的な身体の感覚は意識できているのかもしれないが、セリフを聞かせることへの意識が少し希薄」に感じられた。もう少し、俳優たちもセリフを味わいながら喋ってほしいというか、しっかりと語っていただきたい。
    外側への意識が強いぶん、その時の身体性とか身体の感覚といった内側の意識が、うまくアウトプットできていない感じ。「語る前に発散しちゃう」みたいな。(演出も、セリフの言い方に対してのディレクションはそんなに無さそうな感じ)

    そして、演出上、「シチュエーションをどう見せるか」への意識が強すぎたのかもしれない。
    たとえば、舞台装置として、キャスターのついた可動式の大木が1本出てくるのだが、それの扱い方・処理の仕方は工夫されているものの、そこで終わってしまった感覚も。

    そんな中、主役の男のひとり、柳橋役の石橋徹郎さんはセリフも明瞭で「さすが文学座!」である。あと、今回の役どころのせいか、あるいは顔立ちが似てるせいか、「長塚京三」風味も醸し出されていて、それが作品に合っていた。

    原作を読むと、もう少しポップな感覚での会話に感じられ、今回の舞台だと、少しシリアス寄りになりすぎていたのかも。「夜の甲州街道」「戦後日本」のイメージに、引きづられすぎていたようにも思う。


    こつこつプロジェクトStudio公演
    『夜の道づれ』
    作 三好十郎
    演出 柳沼昭德

    御橋次郎 石橋徹郎
    熊丸信吉 金子岳憲
    洋服の男・警官二 林田航平
    警官一・復員服の男・中年の農夫 峰一作
    若い女・戦争未亡人 滝沢花野

    照明 鈴木武人
    音響 信澤祐介
    衣装 山野辺雅子
    ヘアメイク 高村マドカ
    舞台監督 川除学
    演出部 満安孝一、雲田恵、深沢亜美
    大道具 C-COM(伊藤清次)
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    衣裳 東京衣裳(本多あゆみ)
    舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ 、フリックプロ、吉田信夫(舞台)、井崎佑香(照明)、佐藤杏日花(音響)、栗林督英(大道具)
    制作助手 佐藤奈々
    制作 伊澤雅子、七字紗衣

    プロデューサー 三崎力
    芸術監督 小川絵梨子
    主催 新国立劇場

    2025年4月15日[火]~20日[日]
    新国立劇場 小劇場

  • サルメカンパニー&クリオネプロデュース『12人のヒトラーの側近』@吉祥寺シアター
    【2025/4/15 12:00〜14:30(途中7分間の休憩あり)】

    第一次世界大戦後、ヒトラーがどのようにして誕生し、どのように滅んでいったのかを、1923年(第一部)、1934年(第二部)、1945年(第三部)と、3つの時代を抜き出して、ヒトラーの周囲の人物たちを通して描いた大作。ヒトラーに傾倒した12人の側近たち(と、ヒトラーの愛人とゲッベルスの妻)が出てくる。
    テーマがテーマだけに、作品内容に関して何かを述べるには、まだまだ自分の中で咀嚼する時間が必要かも。「反戦」とか「ユダヤ人虐殺に対する考察」みたいな側面も、もちろんあるにはあるのだが、もう少し広い視野で描かれた作品、とも言えるだろう。

    作・演出は、ゲッベルス役でも出演している石川湖太朗氏。音楽は、ドラムとピアノとサックスからなる生演奏(出演俳優も演奏している)。途中で7分間の休憩が入るものの、その間も演奏は続き、俳優たちによる舞台転換が行われる。
    ヒトラーはトルソーで表され、舞台上に象徴的に置かれる。(第三部では、地下室に居るということで、観客からは見えなくなる)

    予備知識が無いと、観始めてしばらくは情報を整理するのに追われ、エモーショナルな(吐き出し系の)セリフの俳優が多いこともあり、語られている内容を理解するほうへの集中にかなり引っ張られるのだが、ゲーリング役の近藤隼さんが出てくるあたりから芝居全体の雰囲気が少しずつ変わり、ゲッベルス役の石川湖太朗さんが出てくる頃には、自ずと舞台に引き込まれていった印象。

    ゲーリング役の近藤さんは、悪魔的な役回りのポジションで、笑顔の穏やかさの裏で、他人の弱みを武器に操っていく。最初に出てきた時から、「場を掌握する空気」が醸し出されていて、ヒトラーの後継者と呼ばれた人物を好演。
    セリフのプランが巧みで、「そのセリフから、どうやったらその言い方が思いつくんだろう」というセリフが次々と繰り出される。「人たらし的」というか、いたずらっ子っぽい感じや愛嬌を見せるような朗らかさなのに、やってることは冷酷な感じ。
    特に、ゲッベルスとヒムラー(遠藤広太)を相手に、長いセリフを喋る場面が、とぼけた感じで嘘をつき、言葉巧みに相手の隙を突き、秀逸すぎた。

    ゲッベルス役の石川さんは、もう「目がイッちゃってる」感じで、「敵に回すと絶対怖い」感じを体現。役に対する想い入れの強さも相当あるからこそだと思うのだが、でも、その想いが空回りすることなく、きちんと自分の中に落とし込んであって、自身の感受性や五感を、ゲッベルスとしての正義に振り切っている。イタコ的とは違う感じの「憑依型」。セリフが吐き出し系になったとしても、ちゃんと語れるのも良い。

    あと、音楽を担当してピアノも弾き、ゲッベルスの妻を演じた小黒沙耶さんが、役としての出番は少ないながらも、とても良かった。
    ソロでピアノを弾きながらセリフを訥々と語る場面は何気にスゴイことやってるし、子どもたちを毒殺したあとでゲッベルスとトランプする場面の、放心状態で焦点が合っていないような、でも夫に向けて静かに語るセリフがめちゃくちゃ伝わってくるものがあって、良かった。

    そのほかの俳優たちも、役をちゃんと生きている感覚があって、セリフや演技で多少惜しい部分があったとしても、それすらも、「役柄の個性」になっている印象で、舞台の熱量やクオリティは高かった。
    舞台空間、道具や演奏エリアの配置、舞台奥の電動シャッターの使い方なども巧みで、素直に「ああ、巧いな」と思わせる演出。次回作にも期待が高まる。


    サルメカンパニー&クリオネブロデュース
    『12人のヒトラーの側近』
    作・演出 石川湖太朗

    ルドルフ・ヘス 國島直希
    アルベルト・シュペーア 正木郁
    ヨーゼフ・ゲッベルス 石川湖太朗
    オットー・ギュンシェ 松村優
    ヘルマン・ゲーリング 近藤隼
    ヴィルヘルム・モーンケ 浅井浩介
    ヘルマン・フェーゲライン 大西遵
    マルティン・ボルマン 柴田元
    エルンスト・レーム 小島久人
    ハインリヒ・ヒムラー 遠藤広太
    マクダ・ゲッベルス 小黒沙耶
    エヴァ・ブラウン(B) 西村優子
    エヴァ・ブラウン(A) 遠藤真結子
    ディートリッヒ・エッカート 神農直隆
    演奏 藤川航(sax)、Tomo Idei (drum)

    音楽 小黑沙耶
    美術 阿部一郎
    照明 鷲崎淳一郎(Lighting Union)
    音響 田中亮大(Paddy Field)
    映像 宇野雷蔵
    振付・ステージング 宮河愛一郎
    時代考証 今井由希 (Costume Classics)
    衣裳 山田怜美
    衣裳協力 摩耶デザインオフィス
    衣裳進行 西村優子
    ヘアメイク 三浦光絵
    小道具 遠藤広太、東宝舞台小道具
    演出助手 詠良カノン、鷲見友希
    舞台監督 新井和幸(箱馬研究所)
    宣伝美術 かまだゆうや
    宣伝撮影 藤川直矢
    映像収録 西川昌吾(TWO-FACE)
    WEB 牛若実(UC-WORKER)
    票券 Mitt
    キャスティング協力 高野重美(クィーンビー)
    宣伝協力 吉田プロモーション
    パンフレット編集・文 鈴木哲也(オフィス・マキノ)
    制作 大森晴香、遠藤真結子
    プロデューサー 渡辺順子

    協力 太田プロダクション、ユークリッド・エンターテイメント、エイベックス・マネジメント・エージェンシー、UAM、ハイエンド、藤井美穂、ベーター・ゲスナー

    企画協力 サルメカンパニー
    主催・企画・製作 クリオネ

    2025年4月12日〜4月15日 吉祥寺シアター

  • チーム徒花『月曜日の教師たち』@ザ・スズナリ
    【2025/4/14 18:30〜20:30(途中休憩なし)】

    2021年末の『徒花に水やり』から2年越しの、チーム徒花の新作は5人の劇作家(岩松了、桑原裕子、千葉雅子、土田英生、早船聡)が分担して書いた戯曲を、その5人が演出し、その5人に新宿梁山泊の荒澤守さんが加わって出演しての上演。

    とある小さな島の中学校、その休憩室(兼 物置)が舞台。教師と保護者の恋愛、借金と盗難騒ぎ、教師間の嫉妬と優越感、それぞれが抱える生活上の問題…などなどが絡み合いながら物語は進んでいく。
    各教師の設定や教師同士の関係性が面白く、観ていて飽きない。好青年教師を装っていたワタリ(荒澤守)が最終的に警察に連行されてしまう展開を迎えたり、泥棒や裏サイトへの書き込みをはじめとする様々な犯人探しもあったりして、推理モノっぽい要素も含んだ展開。

    5人の作家の書き分けがシームレスで、良い意味で「誰がどこを担当して書いていたのか見えない」出来栄え。俳優としての5人プラス1人の、演技の質感の混ざり具合も良き塩梅。(アフタートークによると、連日セリフの変更が発生していたそうなので、千穐楽まで作品に対する推敲が続いていたっぽい…)

    その一方で、「明らかに土田さんっぽいシチュエーション」とか、「岩松さんっぽい展開」みたいなところも。そして、わりと「岩松了テイスト」が感じられる仕上がりでもあったので、あの「不条理ともまたちょっと違う、曖昧模糊とした作風」に対しては、好みが分かれる気も。
    犬が重要な役割を果たす存在でありながら、当然ではあるがセリフでしか出てこないので、犬の存在をもう少し近くに感じたかったところ。

    桑原さんと土田さんの切れ味ととぼけ具合と、千葉さんのテンションの緩急具合が印象的。岩松さんのガウディも、良いのだけど必要以上にミステリアスな存在すぎて、若干、我が道を行く状態にも感じられ…

    荒澤さんもイマドキな感じの二面性を上手く演じていたが、実直さがやや強すぎたか。二股不倫とかを器用にやれそうにない感じで、「嘘くさい実直さ」を垣間見せてほしかったような。
    そして彼を起用するなら、もう少しアングラ的な盛り上がりの見せ場があっても良かったかも。ただの「若手男優代表枠」みたいになってしまっていたのも、少しもったいない。(普通のリアリズム芝居をやっている姿を見られた、という点で貴重ではあるのだがw)


    千葉雅子×土田英生舞台製作事業
    『月曜日の教師たち』
    作・演出 岩松了、桑原裕子、千葉雅子、土田英生、早船聡

    ガウディ/美術教師 岩松了
    ワタリ/英語教師 荒澤守
    ヨーコ/体育教師 桑原裕子
    アイザワ/社会科教師 千葉雅子
    高見沢/英語教師 土田英生
    二ノ宮/数学教師 早船聡

    舞台美術 加藤登美子
    照明 渥美友宏
    音響 島貫聡
    衣裳 中西瑞美
    演出助手 朝倉エリ
    舞台監督 藤田有紀彦
    演出部 田原愛美
    大道具 箱馬倶楽部、美術工房拓人
    小道具 高津装飾美術
    運搬 大松運輸、帯瀬運送
    舞台写真撮影 明田川志保
    イラスト 川崎タカオ
    宣伝美術 西山榮一
    WEB 沖本好生
    制作助手 加藤じゅんこ
    制作 垣脇純子、大橋さつき

    制作協力 サンライズプロモーション東京
    音響協力 内野智子
    協力 太田プロダクション、新宿梁山泊、純牛倶楽部、KAKUTA、東宝芸能、ザズウ、猫のホテル、キューブ、MONO、サスペンデッズ、SORIFA、青木香澄、今井由紀、うえはらえみ、浦田亜紀奈、小澤関子、柿原寛子、柴田鷹雄、スガ・オロペサ・チヅル、農汰、高見駿、ながはまかほり、西邨紀子、松下城支、松森モヘー、南十和子、三森麻美、宮澤寿、武藤香織、めいな、森まんぼー、安井和恵、山添賀容子、渡辺啓太、わたなべゆみこ

    助成 文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))、独立行政法人日本芸術文化振興会
    企画 チーム徒花
    製作・主催 キューカンバー

    2025年4月3日〜4月15日 ザ・スズナリ

  • M&Oplaysプロデュース『鎌塚氏、震えあがる』@世田谷パブリックシアター
    【2025/4/8 18:00〜20:15(途中休憩なし)】

    三宅弘城さん扮する執事・鎌塚アカシが登場するシリーズものの第7弾。初回は2011年で、前回は2022年。作演出は倉持裕氏。(なお、毎公演、大都市以外の地方公演が組まれているようだが、何故か島根県だけは全シリーズ公演しているもよう)
    これまでのシリーズは未見で、「シリーズものである」ということもあまり理解してなかったのだが、出演者の顔ぶれで観劇を即決。天海祐希さん、池谷のぶえさん、藤井隆さん、ともさかりえさんの揃い踏みに加え、朝ドラ『虎に翼』の玉ちゃんを好演していた羽瀬川なぎさんと来れば、これはもう見届けないわけには…w

    3つの家の貴族と各執事が繰り広げる「ホラーコメディなホームドラマ」といった趣きで、俳優たちはみな、心から楽しそうにのびのびと演じていて、それぞれの魅力や能力を遺憾無く発揮。「俳優を観たい」「現実から離れて楽しみたい」という要望に十全に対応したような舞台。
    盆舞台を活かした演出(盆を3等分し、屋敷の3つの空間をドアで繋ぎ、盆を回したり逆回転させたりして部屋の移動を見せたりも)はコメディとも相性が良い。「貴族と執事」という関係性も、エンタメ性が際立つ設定で良い。
    「エンターテイメントとしての演劇」のひとつの見本のような作品と言えるだろう。観終わった観客の満足度も高そう。天海祐希さんの麗しさも満足度が高い。

    ただ。

    良い意味で「くだらなくて面白い」感じの側面もある作品なのだが、悪い意味で「くだらない(と感じられる)」所も多少あり、コメディの要素が少し多すぎるというか、コメディ以外の部分の書き込みや演出が少し大雑把に感じられもした。
    あるいは、もっとコメディに振り切ればいいのに人間ドラマ的なものを見せようとし過ぎていた、ということなのかもしれない。いや、僕自身、実際に何度も声に出して笑ったし、俳優たちはみな本当に魅力的に見えたのだけどさ…

    この「妙なチグハグ感」みたいなものの正体は何なのか。

    登場人物たちがそれぞれに抱えている問題の帰結のさせ方が、都合良すぎるから?それぞれの抱える問題の種明かしや説明の仕方が雑だから?セリフがどことなく言葉足らずな印象だから?唐突に歌われるユーミンの「守ってあげたい」があまりに唐突すぎるから?
    全体の造りとしては「NHKで夕方とかに放送されていた、観覧席の笑い声が入っているようなアメリカのシチュエーションコメディのテイスト」なんだけど、「18年前に一人娘を不慮の事故で亡くした」「悪霊の仕業による怪奇現象の数々」とか、ほかにも、コメディに乗せるにはシリアスすぎたり突飛すぎる設定がいくつかあって、「その塩梅が腑に落ちなかった」ということなんだろう。
    (こういう舞台が好きな層が割と多数いることは確かで、単純に「好みの問題」なんだとも思う)

    おそらく、もっと気軽に楽しめばそれで済む話なんだろうけど、チケット代金がなかなかそうはさせてくれないわけで、つい真剣に観てしまうよねw(そんな自分もヤダw)
    それでも、日常をひととき忘れて夢の世界を味わうには充分な舞台で、俳優たちが真面目にコメディに取り組んでいる姿を観るのも楽しいことは確か。池谷のぶえさんのコメディエンヌぶりは、予想通りではあるんだけど予想以上でもあり本当に必見だし、意外とキーパーソンな大役の羽瀬川なぎさんの活躍ぶりもなかなか。


    M&Oplaysプロデュース
    『鎌塚氏、震えあがる』
    作・演出 倉持裕

    鎌塚アカシ 三宅弘城
    大御門カグラ 天海祐希
    上見ケシキ ともさかりえ
    宇佐スミキチ 玉置孝匡
    相良アガサ 羽瀬川なぎ
    八鬼ユラコ 池谷のぶえ
    相良ナオツグ 藤井隆

    美術 中根聡子
    照明 杉本公亮
    音楽 ゲイリー芦屋
    音響 高塩顕
    衣裳 チヨ
    ヘアメイク 大和田一美(APREA)
    振付 川崎悦子
    演出助手 相田剛志
    舞台監督 幸光順平
    演出部 越野ありさ、佐藤豪、宮本崇史、濱野貴彦、山松由美子
    照明部 山口洸
    音響操作 桜井有未
    衣裳進行 秋山美由紀
    現場ヘアメイク 井草真理子

    大道具 C-COM(伊藤清次)
    盆機構 クエルボ(渡部貴浩)
    電飾 コマデン(福冨健司)
    イリュージョン監修 はやふみ
    特殊小道具 土屋工房(土屋武史)
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    小道具製作 オサフネ製作所(長船浩二)、中村友香、木下早紀
    特殊効果 酸京クラウド(磯田壮一)
    衣営製作 チーシャプロジェクト、佐野明香
    帽子製作 SHIRAISHI D STUDIO
    かつら製作 APREA
    劇中曲編曲 谷口尚久
    運搬 加藤運輸、マイド
    ヘアメイク協賛 COVERMARK、Ayame Organic、Koh Gen Do
    音楽制作協力 三宅治子(トイロミュージック)
    振付助手 山崎朱菜

    制作 近藤南美、寺地友子
    制作助手 花澤理惠
    制作デスク・票券管理 大島さつき
    宣伝 る・ひまわり
    宣伝美術 坂本志保
    宣伝イラスト 安齋肇
    宣伝写真 渡部孝弘
    宣伝衣裳 チヨ
    宣伝ヘアメイク 大和田一美(APREA)、林智子(天海祐希)
    宣伝動画 原口貴光
    HPデザイン 斎藤拓
    プロデューサー 大矢亜由美

    協力 大人計画、研音、イトーカンパニー、MY Promotion Inc.、ケイファクトリー、ダックスープ、吉本興業

    製作 (株)M&Oplays

    2025年3月30日〜4月20日 世田谷パブリックシアター
    2025年4月24日 島根県民会館 大ホール
    2025年4月29日〜5月6日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
    2025年5月10日・5月11日 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
    2025年5月15日〜5月18日 東海市芸術劇場大ホール

  • 第3回滋企画『ガラスの動物園』@すみだパークシアター倉
    【2025/3/26 19:00〜21:45(途中15分間の休憩あり)】

    初日を観劇(目撃)。2時間45分の大作も、その長さを感じさせることのない(あるいは、その長さである必然性が感じられる)、良い舞台だった。圧巻と言ってよかろう(奇跡、とも言う)。今年のベストステージのひとつであることは確実。
    「悔しい」「羨ましい」なんて感覚も、もちろん湧いたけど、何よりも「脱帽」「満足」という気にさせられる。

    『ガラスの動物園』って、ちょっとお高くとまってる感じというか、小洒落た小難しい印象があって、少しだけ苦手な戯曲だったけど、それをこんなに鮮やかに、親しみやすく見せてくれるとは!これまでの印象は、ただそういう演出に陥りがちなだけだったんだと気づくw(ロマンティックにやり過ぎるか、演出家の過剰な思い入れが強すぎるか、その両方か、になりやすいタイプの作品なのかも)
    演出は、ヌトミックの額田大志氏(音楽も)。決して奇をてらったものではなく、どちらかと言えばオーソドックスというか、たぶん正面突破系なんだけど、要所要所の小技が利いているのだろう。全体のざっくりした印象は、会場の感じや空間の使い方も相まって、かつてのt.p.t.(デヴィッド・ルヴォー、あるいは、ベニサンピット)を思い出した。(演技的には違うけどw)
    なお、ヌトミックは恥ずかしながら未見なのだが、俄然、興味が湧いた。

    遠近法により距離感をも視覚化した床、上手手前に設えられた上階へと伸びる階段(劇中で使われることはない)、本当に外界から入ってくるジム、休憩前後で入れ替わる舞台の前と奥、黄水仙のブーケに仕込まれたマイク、ところどころ色褪せたアマンダのドレス、ジムの前でのみ描写されるローラの足の不自由さ、本当に蝋燭だけの明かりになる場面、そこからゆっくりと動き続けるムービングライト…
    場面ごとに、選択された手法やプランのひとつひとつがピタッとハマっていて、出演者も含め、「相当、脚本の分析に時間をかけたのだろうな」という印象。

    そして何より、出演の4人が、4人共に素晴らしい。「真摯に役と向き合い、遊び、やれることをやり、やるべきことをやっている」という、「いたって俳優としての任務を全うしているだけ」なのだが、「これがいかに難しいか、ということが推察される演出だった(だから「スゴイ!」となる)」ということなのかもしれない。
    4人共が「4者4様のアプローチによる、リアリズム芝居ともまた違う、その先のリアル」を体現していたように見えた。客席に対象を取って喋るような場面もあるし、演劇的な嘘を取り込んだ演出もあったりして、その意味では厳密には「リアル」ではないのだが、なんというか「その時々の感覚」はどこまでもリアルなのだ。

    前半でヒロイン然とした見せ方を与えられず、地味な印象のローラ(原田つむぎ)は、だからこそ、ジムとの蝋燭の場面で一世一代の輝きを放つ。前半で「ガラス細工の動物園」を必要以上にフィーチャーしない演出も良かったし、確かに、戯曲通りに演出するなら、ローラは魅力的に見えすぎてはいけないわけで、前半は地味で目立たない、空気のような存在である必要がある。むしろ、ジムが出てくるまでは、アマンダのほうがこの作品のヒロインであるべきなのかもしれない。

    時折、(個人的には、いとうあさこが重なって見える)キレの良いテンションを放つアマンダ(西田夏奈子)は、毒親さを醸し出しながらも、それはやはり哀れで、でも同時にチャーミングな印象を与える。リアリズム風なヒステリックになり過ぎていないのが成功していた(ある意味では「アマンダ・ショー」でもあったw)。電話勧誘の場面と黄水仙の場面は、間の取り方や芝居掛かったセリフ術が上手く活きた、名場面に。アマンダの場面で爆笑が起こるってどういうことよ!?(賛辞です)

    徹頭徹尾「紳士」イメージを体現したかのような、それでいて罪な男を全うするジム(大石将弘)は、ローラの緊張を解きほぐして自信を与える場面では、優秀なカウンセラーのようでもある。一方、キスシーンのあとで我に返る「俺、何やってんだろ…」的な我の返り方では、「演劇の一回性」を正しく表現し(なんであんなに「用意してない感覚」で演技ができるのか!w)、どこまでもナチュラルゆえに、去ったあとの「場の喪失感」が凄まじい。

    そして、何よりも、トム(佐藤滋)が良い。ヤラれた。
    冒頭、観客を見つめる眼差しに、慈愛と謙虚と少しの後悔が入り混じったように見え、朴訥に語り始める声のトーンと響き具合で、一気に『ガラスの動物園』の世界へ引き込まれる。冒頭のセリフに、泣ける要素なんてそんなに無いのに、佐藤さんの佇まいと語り口に泣かされる。儚く、美しい、語り。
    以降も、劇中のところどころで、トムだけが場面から抜け出した状態で会話が続いたりする(共演者は、その場にトムが居るというテイで会話が続く)のだが、その時の佐藤さんの、「役に入り込み過ぎない」、ある種「乾いた」感じのセリフの発し方も、作品に効いていた。(もちろん、その場に居るときは、その瞬間を生きるように演じている)
    ラストの、蝋燭が消えるところも良かったなぁ。
    (あと、当日配布物の挨拶文も、すこぶる良い。演劇を、仲間を、観客を、愛していることが伝わってくる)

    音楽も、照明も、良い。これはもう、百聞は一見にしかず、なのだが、闇が美しく、無音が雄弁で、そこへもっていくための音と光。こういう感覚は初めてに近いかも。


  • こまつ座 第135回公演『フロイス―その死、書き残さず―』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
    【2025/3/25 18:00〜20:35(途中15分の休憩あり)】

    作品の内容というよりも、スタッフや出演者に惹かれて観劇したところが大きいのだが、下地になっているものが井上ひさし氏の原作『わが友フロイス』であるとはいえ、やはり、井上ひさし作品とは肌ざわりが異なる。
    率直に言えば、「こまつ座作品感が乏しい」。

    作品のクオリティは悪くない。長田氏の脚本もよく書けていると思う。安定の栗山演出だし、出演者も好演している。
    だけど、こまつ座というよりは、新国立劇場あたりの新作という印象で、舞台そのものには問題はないのだが、「こまつ座として、仕上がりがこれで良かったのかな?」という疑問は残った。
    何をどうしたら井上ひさし的になるのか、上手く言えず申し訳ないが、「何かが違う」「何かが足りない」のだ。
    登場人物の機微を描き込みすぎてしまった…のかもしれないし、もう少しドライにまとめて物語を外側から見る視点が欲しかった…ような気もするし。
    舞台装置や照明も、少しぼんやりとした印象で、可もなく不可もなく。

    ルイス・フロイスが来日して、布教活動を進める中、将軍が信長から秀吉に替わり、キリシタン弾圧の憂き目に遭い、26聖人殉教に至るまでが描かれた作品。フロイスを慕った者たちも、それぞれに非業・無念の死を遂げ、フロイスだけが残される…

    当時の「布教」「改宗」が意味するものや、当時の日本人にとっての「神」や「楽園」のイメージ、キリスト教徒に対する世間一般のイメージ…そういった事も考えながら作品を味わう必要があるのだが、そのあたりのイメージを、劇中で上手く説明できているとはいえ、出演者6人だけで提示するのはちょっと高度すぎた気もする。
    逆に言えば、扱っているテーマが大きすぎて、しかも、時間軸に沿って物語を描くには、フロイスを主軸に据えざるを得ないので、異国人が主役となるわけで、なかなかその世界観に没入しにくく、出来事・事象の総覧にならざるを得ない作品だったようにも見えた。(テーマや内容のボリュームに対して上演時間が短い、ということかも)
    本作における正しいフロイスの造形については、おそらく、そのストライクゾーンはかなり狭く、「演じられるフロイスの印象によって作品の印象が大きく変わる」感じがした。

    そのフロイスを演じるのは風間俊介さん。難役を、丁寧に真摯に演じてはいたが、彼の俳優としての良さはあまり活きていなかったかも。(むしろ、彼がこういった役どころを演じると、かえって二面性があるように見えてしまう傾向あり)
    そして、明確な根拠はないのだけど、玉置玲央さんや亀田佳明さんあたりが演じたほうが、役柄的にはしっくりきたかもしれない。

    フロイスに感化され、自分の人生を自ら切り拓いていくことになる島の娘「かや」は川床明日香さん。朝ドラ『虎に翼』で寅子の娘役を好演していた時、「ポスト綾瀬はるかっぼい感じの女優だなぁ」と思っていたが、舞台での感じも若干、綾瀬はるか感。
    一方で、同じ「ニコラモデルオーディション出身者」だからというわけでもないのだが、岡本玲さんを彷彿とさせるような「真っ直ぐで無垢な熱演ぶり」が感じられ、舞台女優としての今後が気になる存在。

    出演者6人のなかでは、久保酎吉さんと増子倭文江さんだけが、こまつ座への出演歴があり、このふたりの存在感が、今回の舞台では大きな柱となっていたように思う。井上ひさし的な、シリアスとコミカルの使い分けや、演技の緩急が、このおふたりは心得ていらっしゃった。年齢的なものもあるかもしれないが、おふたりが出てくると、熟成とか重厚とか、そんな空気が漂う。
    (ほかの方々は、切れ味はシャープでスッキリしているのだが、青い果実という感じで、硬質で無臭な印象)

    決して悪くない。良質で、意欲的であり挑戦的な作品である。
    しかし、今回の上演にピンと来ない人がやはり多いためか、集客がいまひとつで、後方4分の1ほどが空席ではあった。

    あと、そもそも、この前後で観た『やなぎにツバメは』と『ガラスの動物園』が格段に良すぎたために、相対的にこの舞台がぼんやりと霞んだ印象になっただけ…という可能性も、ある。