観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • 豊岡演劇祭2025フリンジセレクション/たんしん演劇部『金庫よ、信用にあたれ!』@但馬信用金庫大開支店
    【2025/09/20 18:30〜19:20】

    実際の信金を会場に、銀行強盗ならぬ信金強盗と、強盗訓練にあたる職員の顛末をコミカルに描いた短編。演劇部以外の信金職員たちもエキストラとして出演するなど、但馬信用金庫が全面バックアップ。
    千穐楽公演ということもあり、当日券に長蛇の列ができて、開演が10分以上押す盛況ぶり。客席には、出演者の家族や友人と見られる人たちも多数駆けつけていたようだ。
    立ち見も出るほどで、急遽、シャッターで閉めていたATMコーナーにも立ち見客を入れていたが、機械の前に立ち見客を立たせたためか、上演の合間に時々、ATMの自動音声が流れるというハプニングも。しかし、そのハプニングを不条理に替えた演出のようにも思えた。

    強盗訓練にあたる信金職員たちと、本当に強盗しに来た男。アンジャッシュのすれ違いコント的な展開を見せる中、強盗男が再婚した「妻とその連れ子」が、信金職員の男の「元妻と実子」ということが判明。やって来る警察の目をごまかすために、突如、「演劇的」なミュージカルで警察の目を欺くというラストに。

    良い意味でくだらないストーリーを、3人で熱演し、客席も沸いていて面白く拝見した。
    ただ、プロットは良かったのだけど、セリフと展開が若干、説明的だったり、飛躍していたりした気もして、プロットを会話劇に落とし込む過程で、もう少し推敲があっても良かったのかもしれない。

    メインの3名もさることながら、エキストラの人たちの、芝居をするわけでもないのだけど絶妙な説得力をもった存在感が印象的。ラストでおもむろに立ち上がり、突然作品に参加するシュールな感じも良き。


  • 石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』@本多劇場
    【2025/9/17 14:00〜15:30(途中休憩なし)】

    コロナ禍の2020年に書かれたフィリップ・リドリーの一人芝居を、村井良大さんの出演で、本多劇場で。演出は、開幕ペナントレース主宰の村井雄氏。

    ゲイのカップルであるサーシャとチェット、2人がサーシャの姪の誕生日パーティーに出かけて帰ってくるまでの1日を描いた作品。登場人物は11名。それらを村井良大さんが1人で演じ分けていく。(個人的には、パーティーに来ていた配管工・ダギーのキャラが特に良かった)
    自己と他者の境界の曖昧さだったり、互いの記憶違いの答え合わせ的な描写があったりと、一人で演じるからこそ見えてくる「物事の相対化・対比」。自己肯定とか、他者への嫉妬とか、そういうものも盛り込まれている。
    タイトルの意図は、最後で種明かしされる。

    村井良大さんは確かに上手い(だからこそ、彼の巧みさ目当てで観に行ったわけだが)。飽きることなく観られたのだけど、戯曲が「一人で何役も演じ分ける」ことが目的として書かれている印象で、「演じ分けの技量」みたいなものありき、な感じもした。
    「結果的に一人で演じることで面白くなる」というよりは、「最初から一人で何役も演じる前提でキャラクターが書き分けられている感じ」と言えばよいだろうか。

    つまりは、「物語<演技」というか、「俳優のためのソルフェージュ」的な要素が感じられて、描かれている物語や心理描写は意外とあっさりとしていた印象。(もっとぶっちゃけると、戯曲そのものが自分にはちょっと物足りなく感じた)
    一人芝居作品の面白さ、という観点だけでいえば、ナショナル・シアター・ライブで観た『ワーニャ』のほうに軍配が上がる。

    舞台上に飾られた色々な小道具類や家具は、あくまで装飾であり、クライマックスで脚立が使われるだけで、そのほかのものは本当に「そこに置いてあるだけ」なのは、悪くはなかったのだけど、ちょっと飾り過ぎていた(物量が多すぎた)かもしれない。


  • 第36回全国高等学校総合文化祭 優秀校東京公演@新国立劇場中劇場

    2日間で4校の演劇部の上演。(このほかに、郷土芸能と日本音楽の、それぞれの優秀校の上演・演奏もある)
    演劇の公演は、今年の夏の全国大会での、最優秀校1校と優秀校3校からなり、今年は長野県松本美須々ケ丘高等学校が最優秀に選ばれている。
    各校とも、上演後に出演者のインタビュータイムがあって、その司会進行を城西大学附属城西高等学校の生徒が担っていた。2日とも同じ生徒が司会進行を務めていたが、ある意味では、彼女がこの2日間のMVPだったかもしれない。彼女は何者だろう?(放送部なのかな?)淀みのない、堂々とした、上手く観客を巻き込んでいく進行ぶりを忘れることができないw


    『キャベツはどうした?』兵庫県 神戸常盤女子高等学校
    【2025/8/23 14:30〜15:30】

    脚本は悪くないのだが、生徒たちのセリフ回しにちょっとクセがあり、いわゆる「いかにも高校演劇で上手いと言われそうなセリフ回し」なのが、終始気になってしまった。

    高校生にとっては少し難しい課題なのかもしれないが、「物理的な意味での相手に届けるセリフ(ボリュームとか滑舌とかエネルギーとか)」と、「相手の身体を意識しながら相手に伝えるセリフ」は、似て非なるものだ。今回の場合、「届いてはいるが、伝わってはいない感じの言い方」というか。
    設定にフィクション性があるならそれでも成立する可能性があるが、今回の戯曲の設定的には「進路に悩む女子高校生の日常」なので、セリフ回しにフィクション性は付きすぎないほうが良いと思われる。
    ただ、保護者の小池役は、存在に少しフィクション性がある設定なので、こちらについては、あの少し誇張したようなセリフ回しでも問題なく、これで生徒たちのセリフ回しが自然体だったなら、小池のキャラクターはもっと活きていただろう。

    ユーカ役の上半身の硬さ(肩が少し上がって若干猫背気味)も気になるところ。役柄の設定と実際の立ち姿に、ちょっと距離がありすぎたかも。

    トモエの母親の衣裳(割と派手な色の上下セットのパンツスーツ)と牧村先生の衣裳(膝上丈のタイトスカートのツーピース)が、大人感という意味では分かりやすくはあるのだが、リアリティという観点でいうと、あまり現実的ではなかったかも。
    特に母親は「キャリア感」みたいなものが出てしまって、「お金に苦労している家庭」感に乏しく、「こういう場合はむしろ、カーディガンとかではなかろうか」とも思う。
    (小池は、あの派手な緑のツーピースだからこそ成立しているのだけど)

    しかし、ラストのクレモンティーヌの「♪キャベツはどうした」に良くも悪くも、全てが回収されすぎてしまったような気が…しないでもない。


    『愛を語らない』長野県松本美須々ケ丘高等学校
    【2025/8/23 15:50〜16:50】

    もともとは2020年に創作された作品で、コロナ禍での上演中止などを経て、バージョンアップして再演に臨み、全国大会で最優秀を射止めたらしい。
    メインの役柄は数名存在するものの、コロス的に全員で語り継いでいくタイプの演出。舞台装置は、そう広くはない八百屋舞台といくつかの椅子と机のみで、小道具もペンと原稿用紙以外はほぼ使われず、無対象演技で見せていく。
    柴幸男の『わが星』や『あゆみ』あたりの作風に少し近い感じもある。

    昭和初期に活躍した文豪・柴山鉄山の娘・亜伊が、父について書いた自伝的小説「父・柴山鉄山」という作品を戯曲化。柴山鉄山のクズっぷりの半生を追いつつも、娘・亜伊がアイデンティティを確立していく過程や、家族や周囲の人間との確執みたいなものも描かれる。
    ただし。柴山鉄山もその娘も架空の人物なので、彼の半生自体フィクションであり、その意味では完全に創作された物語である…のだが、「柴山鉄山は実在する」というスタンスで終始上演され、種明かしもされないまま終幕となるので、何も知らずに観た観客は、柴山鉄山という作家の存在を信じてしまうと思う。その仕掛けっぷりが秀逸。
    (なお、劇中には、ほかの文豪や著名人、文芸作品なども出てきて、それらは実在するので、柴山鉄山にまつわる部分のみが巧妙にフィクション化されている)

    「私生活の全てを作品に書く」という信条の鉄山が、唯一作品に書かなかったのが娘の亜伊で、それが「鉄山が娘を愛していた何よりの証拠」、というところから来ている『愛を語らない』のタイトル。上手い。
    ラスト、鉄山の遺稿が見つかるもエロ小説だと分かり、その原稿を舞台上にばら撒く。そのカタルシスたるや。そこへ持っていくまでの55分も素晴らしい。
    BGM的な音楽は流れるものの、効果音は基本的に全て俳優たちが音声化しており、そのチョイスや音色も非常に良い。

    高校演劇の範疇を軽々と超えた作品であり、エンタメ性もあって見応えのある作品なのだが、過去の最優秀作品、例えば昨年の徳島県立城東高等学校『その50分』と比較してみても、いわゆる社会派的なメッセージ性や、「高校生の等身大の現実」みたいなものはあまり描かれていない。こういう「娯楽性がクローズアップされるタイプの作品」が、今年の最優秀に選ばれたことに、少し意外性は感じた。良い悪いの問題ではなく。


    『はしれ、たくしぃ!』北海道網走南ヶ丘高等学校
    【2025/8/24 14:30〜15:30】

    今回観劇した4作のなかで(実は一番期待値は低かったのだけど)、最も印象に残り、素直に「いいなぁ」と心から思えた作品。間違いなく今年の個人的ベスト5に入ると思う。できればもう1回観たい!個人的最優秀。

    タクシーの中で生まれたという生い立ちを持つ「山本拓志」。舞台俳優の夢を追うも夢破れて地元に戻った拓志が、タクシー運転手になって間もないところからスタートして退職するまでを、12のエピソードで数珠つなぎ的に見せていく。
    オムニバス風でもある演出だが、「やりたい事を仕事には出来なかったけれど、誇りを持ってタクシー運転手を全うした、一人の男(と、相棒のタクシーと、拓志一家)の半生」をコメディタッチで描いた、「大河ドラマ風の壮大な作品」とも言える。

    高校生等身大の悩みでも、社会性の強いメッセージでもなく、ある意味では「高校演劇っぽくない」テイストなのだが、それを高校生たち(しかも達者)が演じてみせることに、とても意味&意義がある舞台だったと思う。
    少し抽象化された(それでも一目でタクシーと分かる)舞台美術やその多様な使い方、タクシーの車体の擬人化にも、拓志の中の天使と悪魔にも見える「タクシーA」「タクシーB」という役柄の設定、場面によって車の向きを変える構成、空間やシルエットの使い方。どれも良かった。
    もちろん、稚拙な部分も多少はあるのだが、それが些末に思えるほどの出色の演出で、演劇でしか表現できないこと、現役高校生だからこそ表現できることを、これでもかと見せつけてくれた。

    タクシー役の2人の身体表現が、大きな印象を残す。磨かれたあとのI字バランスや、掌でのウインカーの表現、ほかにも、座席になったりドアになったり車のトランクになったり。

    しかし、何と言っても、主役の拓志を演じた浮須くんが当たり役とも言えるハマりっぷりで、セリフ回し、表情、動き、どれをとっても素晴らしかった。わざとらしさを感じさせずに、ちゃんとインパクトのある演技が出来る。
    声質もすごく良くて、若者っぽくもあり、オジサン感もあり。雰囲気も、朴訥さがあるのに洗練さも感じさせる、希有な存在感。彼を主役に据えたことでこの作品が成功している、と言っても過言ではない。
    車の運転なんて未経験だろうに運転動作もよく研究されていたし、演じる上での役柄と本人の距離の取り方も、近すぎず遠すぎず抜群で。
    ひとつひとつのセリフや動きが、見ていて愛おしくなってくる感じで、観客のハートを掴む才能に長けている。愛すべきキャラクター性。
    その上、18歳なのに「もう人生2周目です」みたいな悲哀の表現とかどうなってるの?と問いたい。そして、年齢を重ねるにつれてちゃんとそれらしく年老いて見えてくるのも、高校生でなんでそこまでできるの?と問いたい。(終演後の幕間インタビューでの受け答えも、そこらの青年より大人だし)

    エンタメ色の強いコメディタッチなのに、後半からは涙が止まらず…。これは、自分がその分、人生を重ねているからというのもあるだろうけど。
    中でも、2回目のタクシーデートの場面では、その舞台上から溢れんばかりの多幸感と、それまでの場面の走馬灯感ゆえに涙腺決壊し、拓志とタクシーの別れ際では、タクシーの2人が、「さようならー!」ではなく「バイバーイ!(しかも大声でかすれ気味)」だったのも沁みた。あそこであえての「バイバーイ」の無邪気さは、切なさマックスだよ。今思い出して、また涙。

    「しっかり生きてかなきゃな」とか、「思い描いた人生と違ったとしても不幸になるわけじゃない」とか、観た人の人生をそっと励ましてくれるような、そんな作品だった。そんな舞台を高校生が見せてくれるなんて…とまた涙w
    いやー、ホントにいい舞台だったなぁ…(「青春舞台」で放送されないのがもったいない!)


    『あの子と空を見上げる』青森県立青森中央高等学校
    【2025/8/24 15:50〜16:50】

    鬼が住む島に人間・モモカが転校して来る。モモカは疎外されていたが、鬼のコスズと友達になる。時間をかけて交流を育み、鬼とか人間とか関係ないほどに、彼らは仲良くなる。しかし、ひとり、またひとりと、島に人間が増えるにつれ、鬼と人間の対立は激しさを増していき…というようなストーリーを、コミカルな場面も挟みながら描いていく。
    ただ、ベースに描かれているのが「笑えない問題」なので、時折訪れるコミカルな場面では、笑うことが非常にためらわれ、どう観たらいいのか迷ってさえしまう。「いっそコミカルさを排除してもらったほうが観やすいのに…」とも思う。
    ラストはほぼ戦争状態で、多くの犠牲者が出る中、モモカも犠牲となり、コスズが残され、空を仰ぐ場面で幕。

    作中の鬼と人間の、どちらが日本人なのか。桃太郎のエピソードのみならず、いじめ問題、人種差別、ホロコースト、植民地支配、奴隷貿易、移民問題、ウクライナやパレスチナの紛争など、様々な歴史や事実に置き換えながら見ざるを得ない。
    一方から見たもう一方は敵となり、それは立場によって逆転し、被害者と加害者の関係性はシーソーのように。誰かが対立を止めたくても、止められる時もあれば止められない時もあり、個と集団の問題にも。
    (ただ、個人的には、ちょっとやり過ぎというか、入り込みすぎな気もしていて、もう少しオブラートに包む感じの構成でも良かったのでは?とも思う)

    また、鬼は赤、人間は白のTシャツを着ているのをはじめ、全体的に描き方が直接的すぎる(分かりやすすぎる、とも言える)感じもあるため、そのあたりで観客の好みは分かれるだろう。
    とっても大事な問題だし、真剣に考えるべきメッセージでもある。それは間違いない。間違いないのだけど、悪い意味で道徳っぽくもあり、そのあたりが、本作が最優秀では無かった一因かもしれない。

    舞台装置を使わず、多くの出演者は何役か兼ねており、コロス的な群衆シーンも多く、相当練習を積んだと思われるが、その成果は発揮されていた。

    BGMをパートごとに声で表現したり、空襲警報っぽいサイレン音を声だけで表現したり、セリフ以外の声表現が印象的。


  • to R mansion presents『走れ☆星の王子メロス』@世田谷パブリックシアター
    【2025/8/10 14:00〜15:30(途中休憩なし)】

    昨年に続いての再演のようで、今年は世田谷パブリックシアターで上演。オリジナルは7人の出演者で構成されたバージョンだが、世田谷パブリックシアターでは40人近い出演者によるスペシャル版として上演。
    本編のみで1時間15分ほどだが、カーテンコールの撮影タイムやグッズ宣伝タイムなども含めると、上演時間1時間30分。(開演前と終演後のカーテンコールは写真撮影OK)

    『走れメロス』と『星の王子さま』を掛け合わせた(そしてオリジナリティを加えた)ストーリー展開で、作・演出は、主演で出演している江戸川じゅん兵氏と上ノ空はなび氏によるユニット「スカンクスパンク」。
    生演奏や歌や踊り、さらには、エアリエルなどの現代サーカス要素もあちこちに詰め込まれ、文字通り「おもちゃ箱をひっくり返したような」作品。原作のもつ哲学的な側面も残しつつ、小さな子どもたちが表層的にも楽しめる仕掛けになっていて、客席の子どもたちも終始、前のめり気味で観ていた。

    アンサンブル的に多数の出演者が登場する(彼らはセリフはほぼ無い)が、ストーリー面で重要なポジションを担う部分は、6人の俳優陣だけで展開。

    『星の王子さま』の飛行士=サン・テグジュペリ=急いで地球に戻ろうとしているところを別の星に不時着してしまったメロス(江戸川じゅん兵)、という設定になっており、王子(上ノ空はなび)とセリヌンティウス(小早川俊輔)は、それぞれ単独で配役。
    メロス役の江戸川さんは、クドさの少ない大泉洋っぽい芸風の印象。王子役の上ノ空さんは、きゃりーぱみゅぱみゅさがありつつ、自分の関心がスイッチングするように変わっていく感じが子どもそのものな感じで、「星の王子さま」を体現。セリヌンティウス役の小早川さんは、役柄も本人も正統派イケメンキャラで、「特技じゃないのに事務所のプロフィールに書かれているオカリナ」を演奏させられる場面も面白かった。

    ここに、トリックスター的な扱いで、羊(丸本すぱじろう)と、悪魔(ぼくもとさきこ)が加わり、作品進行のお世話係的なポジションも担う。
    丸本さんは、客の懐への入り方が絶品で、カラテカの矢部さんっぽい印象もありつつ、ふにゃふにゃした存在感と喋り方は、作品における一服のお茶のよう。
    ぼくもとさんの、どこまでも素な感じも、この作品に合っていた。

    王ディオニス/バラ/キツネなどの、2作品の有名なサブキャラは、植本純米さんがひとりで演じ分け。バラでは女形の実力を遺憾無く発揮して麗しく、キツネでは「ホシノ三姉妹(コシノ三姉妹のパロディ)の母親である仕立て屋」という役割も。(娘たちである「ホシノ三姉妹」もその前に登場して、ひとネタ披露している)
    植本さんの出番が意外とあって、歌のパートも多く(もちろん上手い)、サックスも披露し、しかも、色々な役を演じているので、この作品の実際の主役は植本さんなんじゃ…?という感じw(少なくとも、植本さんの存在感が無いと、この作品は成り立たっていない気もする)

    メロスは刺繍が得意という設定で、羊の絵を書く時も「♪チクチク〜、チクチク〜」と歌いながら刺繍で表現し、クライマックスでは、メロスが頭に着けていたヘアバンドが刺繍枠となり、刺繍で星と星を繋げて星座を作るという展開に。(正直、なんでこんな展開なのかよく分からないのだけど、力技で半ば納得させられた感じw)
    しかも、そのクライマックスシーンには、王子の緑のコートを仕立てた本人として、キツネがホシノ三姉妹の母親として現れ、メロスと共に刺繍をするという場面に。

    そんな感じで、いわゆる「原作から脱線したシーン」もいくつかあるのだが、それはあまり気にならない。むしろ、そういう場面があることで、本筋がより際立っている印象。
    秀逸だなと思ったのは、『星の王子さま』の井戸の場面と、『走れメロス』の泉の場面を、オーバーラップするように構成していたこと。井戸の汲み桶がいくつも、上空から降りてきて、また昇っていて…みたいな絵も良かった。

    なお、東京公演ののち、春日井市と津市でも上演があるが、東京のみ大人数バージョンで、地方公演には、セリヌンティウスとアンサンブルは出演せず。

    (グッズとして販売していた、舞台の筋に沿った構成になっているという「走れ☆星の王子メロス すごろく」を、やはり買っておけばよかったなぁと、少し後悔しているw)


    to R mansion presents
    『走れ☆星の王子メロス』
    原作:太宰治「走れメロス」/サン=テグジュペリ「星の王子さま」
    作・演出:スカンクスパンク(江戸川じゅん兵×上ノ空はなび)

    江戸川じゅん兵:メロス
    上ノ空はなび:星の王子さま
    丸本すぱじろう:羊
    ぼくもとさきこ:ぼくちゃん、悪魔
    小早川俊輔:セリヌンティウス
    植本純米:王、鉄道保安検査員、バラ、キツネ

    イーガル:ピアノ
    こみてつ:チェロ&ギター
    村上慈:ヴァイオリン
    原田美英子:クラリネット
    阿部竜之介:トロンボーン

    金指喜春 (Chapter)
    サゴー
    長すみ絵
    冬木理森(オペラシアターこんにゃく座)
    領家ひなた
    柴田有希
    岩澤菜々夏
    大島翠(Theatre 劇団子)
    大森つばさ
    加古みなみ
    河村果音
    坂口友紀恵
    篠原和美(玄狐)
    薄田澄子(あくびがうつる)
    竹下倖穂
    田中来夢
    谷岡菜々子
    中山侑子
    nau
    福島悠斗
    増田美咲
    箕輪菜穂江(イッツフォーリーズ)
    山根萌花(悪夢倶楽部)
    あいあい
    ア・キーラ

    中島ひまり

    アフターゲスト:サンプラザ中野くん(9日)/増田明美(10日)

    音楽監督:イーガル
    舞台監督:杉田健介
    演出部:前田和香、上嶋葵
    演出助手:山田朋佳
    音響:佐藤こうじ(Sugar Sound)
    音響オペレーション:たなかさき(Sugar Sound)、日本有香(Sugar Sound)
    照明:國吉博文
    照明オペレーション:上山真輝、塩崎明香理
    照明プログラム:丸山武彦
    衣装:西川千明
    プロダクションマネージャー:杉山陽洋(ステージスタッフサルページ)
    当日運営:奥村優子、與田千菜美、塚原沙和、池谷真友子、池谷昌美、瀬尾未奈
    制作:野崎夏世、加藤じゅんこ
    制作補佐:大野洋子(ACC)、中原信貴
    制作協力:斎藤努
    美術協力:林周一(風煉ダンス)、奈賀毯子、野口維更、野中小鈴、Okk
    ラート指導:吉田望
    撮影:宮風呂享史
    収録:高平幸英
    スチール撮影:Masayo
    アフターイベント手話通訳:小原郁子
    パンフレットデザイン:中井重文
    アートディレクション:江戸川じゅん兵
    宣伝イラスト:しりあがり寿

    主催:合同会社ポトフ企画
    提携:公益財団法人せたがや文化財団、世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区
    協賛:大和ハウス工業株式会社、合資会社ベアードビールブルーイング、株式会社ワンダーエンポリウム、チャーリー石塚
    協力:公益社団法人大阪交響楽団、株式会社キューブ、株式会社ビーコン・ラボ、株式会社カクタス、株式会社enchante、放映新社、特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク、NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)
    スペシャルサンクス:演劇集団風煉ダンス、たちかわ創造舎、たちかわサイクルサッカークラブ、合同会社ステージスタッフサルベージ、J:COM 世田谷、竹井亮介、松嶋柚子
    助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成/東京芸術文化鑑賞サポート助成】

    2025年8月9日〜11日 世田谷パブリックシアター

  • サルメカンパニー第十回公演『サルメ版 黒い十人の女』@シアター風姿花伝
    【2025/8/10 18:00〜20:45(途中10分間、幕間転換とショーを兼ねた休憩あり)】

    市川崑監督の映画版をベースとした、サルメ版の『黒い十人の女』。ナイロン100℃や、テレビドラマ版などでもリメイクされているが、実はどれも未見。(でも内容は何となくは知っている)
    テレビ業界を舞台に、人たらし的な恋多きプロデューサー風松吉(石川湖太朗)と、彼をめぐる10人の女性(今回、うち1名はトランスジェンダー的なゲイの設定)の復讐劇。

    シアター風姿花伝をL字型に使い、段差を有効活用し、一部を2階建てにして1階部分に演奏スペースを確保。横長状の舞台をうまく住み分けながら、時にオーバーラップするように、場面転換の多い設定を巧妙に演出。
    テンポ感、メリハリ、空間フォーカスの大小、どれも絶妙で、それらは演出の力もあるのだが、この空間設定だからこそ生まれたところも大きいような気もする。

    俳優陣もいちいち魅力的で、10人の女性たちの描き分けも上手く、それぞれのキャラクターの個性がしっかりと見え、それぞれの背負うドラマに説得力があった。
    女性たち以外の脇の役柄も、それぞれに良い意味でクセがあり、群像劇としてもよく出来ていたと思う。

    風松吉役(映画版は船越英二)の石川さんは、飄々とした雰囲気の人たらし感が秀逸。決して自分からは突き進まないのに、相手が勝手に落ちてくれる。
    あと、セリフの音楽的な構成が非常に巧みで、もしセリフを譜面に起こしたとしたら、音符の展開のみならず、ブレス位置とか、どこまで伸ばすとかも含め、普通の俳優とはちょっと異なる楽譜が出来上がりそう。(それが、無意識なのか、意図して精巧に組み立てているのかは分からないけど、)あのセリフ術はちょっと学びたい。

    石ノ下市子役(映画版は岸恵子)の那須凜さんは、良い意味で、お母様である那須佐代子さんのセリフや演技に似ているところが折々で見られ、役柄と相まって大女優感満載。力強さとしなやかさとを使い分け、メリハリ感も。
    「少しキャラクターは違うけど、映画『Wの悲劇』で三田佳子さんが演った羽鳥翔とか似合いそうだな」などと思いながら観てたw

    松吉の妻・双葉役(映画版は山本富士子)の小黒紗耶さんも、感情を押し殺し(ているように観客に感じさせる巧みさ!)つつも、内面では嫉妬や愛情が渦巻いているような情熱的な感じの本妻を、しっとりと熱演。彼女の醸す空気感が、本作においてかなり重要だったように思う。
    意識していたのか、セリフ回しが「古き良き昭和の映画女優」っぽい感じ(若干早口で、感情をあまりのせすぎない感じの言い回し)だったのも功を奏していた。
    和装姿のまま、演奏スペースでピアノを弾くのも格好良き。

    トランスジェンダーである三岸三郎役(映画版は宮城まり子)の阿岐之将一さんは、男性姿は格好良く、女性姿は美しく、とにかく麗しい。
    この役を男性にしてスパイスを効かせたのは、上手く作用していたと思う。

    あと、エレベーターガールの八代役(映画版は有明マスミ)が、全体での出番はそこまで多くないのだけど、彼女が生い立ちを独白する場面が(語られる内容も相まって)、結構印象に残っている。

    休憩時間には、百瀬桃子(松原もか)による、オリジナル曲のメドレー歌唱タイムが挿入。出演者全員でのバックダンサー&コーラス&演奏も豪華で、気持ち的にはちっとも休憩にならずw
    歌の歌詞も、バックダンサーの動きも、かなり独創的だったと思うんだけど、その若干のミスマッチ感というか、ギャップ感が良かったんだろうな。
    「黒のハット&黒のタンクトップ」という、「体育会系ピンキラのキラーズ」みたいな男性バックダンサー&コーラスに至っては、ツッコミどころがあり過ぎて、そっちばかり観てしまった。
    そして、休憩も劇中も含め、何人か歌う場面があったけど、皆さん「ミュージカル俳優ですかい?」並の上手さで。

    開演前と終演後に客前で客入れやアナウンスをしていた、演出助手で幕間のダンサーも兼ねていた佐々木優樹さんも良かった。ちょっと声を酷使して枯れてしまった感じも。
    ほかの制作手伝いや受付の方など、関係スタッフもみな、お人柄が良さそうな人が多くて、とても幸せなカンパニーなんだろうなと思った。

    「重厚で品のあるエンタメ舞台」という感じで、娯楽性が強いのに安っぽくなりすぎないのが、サルメカンパニーの強みかも。
    結果的に「自分たちが楽しい」という所にとどまりがちなエンタメ舞台は多いけど、「いかに観客を楽しませるか、そのショーアップ加減の研究を楽しむ自分たち」みたいな境地で取り組んでいるように見えた。

    次回公演は来年3月、東京芸術劇場シアターウエストで、出演者オーディションも開催とのこと。楽しみである。


    サルメカンパニー第十回公演
    サルメ版『黒い十人の女』
    原作:和田夏十『黒い十人の女』(映画『黒い十人の女』監督 市川崑)
    上演台本・演出:石川湖太朗(サルメカンパニー)

    テレビ局プロデューサー 風松吉:石川湖太朗(サルメカンパニー/クリオネ)
    新劇女優 市ノ下市子:那須凜(劇団青年座)
    風松吉の本妻 風双葉/PIANO:小黒沙耶(サルメカンパニー)
    印刷会社跡継ぎ 三岸三郎:阿岐之将一(ワタナベエンターテインメント)
    コマーシャルガール 四村塩/BASS:井上百合子(演劇集団円)
    テレビ演出家希望のAD 後藤五夜子:西村優子(サルメカンパニー)
    テレビ局事務 虫子:投元ひかり
    テレビ局受付 七重:遠藤真結子(サルメカンパニー)
    エレベーターガール 八代:近藤陽子(劇団AUN/劇団晴天)
    テレビ局衣裳部 櫛子:鈴木彩葉
    脚本家 十倉十糸子:平佐喜子
    アナウンサー 花巻/BASS:遠藤広太(サルメカンパニー)
    劇団星屑の新人女優 百瀬桃子:松原もか(オールウェーブ・アソシエツ)
    脚本家 八幡:丸山輝
    テレビ局ディレクター 野上:柴田元
    テレビ局局長 本町:松戸デイモン(MADカンパニー)
    司会者/SAX:藤川航
    メーキャップ係/DRUM:河野梨花
    GUITAR:あいしゅん

    舞台美術:阿部一郎
    照明:鷲崎淳一郎(Lighting Union)
    音響:坂口野花(TEO)
    音響オペレーター:吉田拓哉
    舞台監督:新井和幸(箱馬研究所)
    振付・ステージング:宮河愛一郎
    映像:宇野雷蔵(サルメカンパニー)
    映像オペレーター:桒原唯那
    音楽(劇中歌):小黒沙耶(サルメカンパニー)
    衣裳:西村優子(サルメカンパニー)
    小道具:遠藤広太(サルメカンパニー)
    宣伝美術:かまだゆうや
    宣伝写真:坂本彩美(サルメカンパニー)
    イラスト・グッズデザイン:HATERUMOFUTO(サルメカンパニー)
    ヘアメイク:三浦光絵
    音楽監修:Tomoldei
    記録映像:澤田悠世
    演出助手:佐々木優樹
    演出助手・スタンドイン:鷲見友希
    制作:遠藤真結子(サルメカンパニー)
    制作協力:クリオネ
    当日運営:稲葉美穂・玉野紗江・阿南早紀・島村苑香

    協力:藤井美穂、丸山由生立、松原つよし、東宝舞台株式会社 衣裳部(久保田俊一)、大野亮太、クリオネ、劇団青年座、ワタナベエンターテインメント、演劇集団円、劇団AUN、劇団晴天オールウェーブ・アソシエツ
    助成:アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成(単年助成)]芸術創造活動
    共催:株式会社MADカンパニー
    主催:サルメカンパニー

    2025年8月7日〜8月13日 シアター風姿花伝

  • KAATキッズ・プログラム2025〈SPACのお芝居〉『鏡の中の鏡』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2025/7/27 14:00〜15:00(途中休憩なし)】

    30の短編からなる原作を、ギュギュッと60分の舞台作品に。こちらはKAATとは逆にかなり濃縮され、ある種「哲学的志向の舞台」と言える。
    「何も考えずに気楽に脱力系で観る」というよりは、「わりと集中して見入らざるを得ない」タイプの作品で、(今回の企画趣旨の場合)そのあたりの好みも分かれるところかも。

    いわば「夏目漱石の『夢十夜』のエンデ版」みたいな雰囲気もあるのだが、ひとつひとつのエピソードに分かりやすいストーリーや明確なオチが無いため、ともすると「難しかった」という印象にも。
    あと、60分で原作の全てのエピソードを取り入れているわけではないので、「エピソードの取捨選択」「演出面を含んだ全体の構成」については、好みが分かれるかもしれない。
    ただ、客入れからエピソード2つくらいまでの流れは、一般的な「子ども向き」とは少しかけ離れてはいるが、不気味で、神秘的で、とても良かった。(そのままラストまで突っ走るのは、なかなか難しいとは思うけど)

    衣裳や舞台美術のビジュアル的には、SPAC作品で言うところの『サーカス物語』『グスコーブドリの伝記』『グリム童話』あたりの系譜。
    美しいのだけど、タイトルにもある「鏡」をイメージさせるようなビジュアル(鏡面とかキラキラとか)や、鏡っぽい演出(鏡のように動きがシンクロするとか、合わせ鏡のように見える瞬間とか)があってもよかった気もする。(舞台装置や映像などにもっと予算があれば可能だったかも)

    客入れ時に、舞台前方にひらがなの小道具がいっぱい置かれ、それで遊べる仕掛けになっていて、子どもたちが自分の名前を作ってみたり、何かの言葉を作ってみたりするなど、子どもたちが「言葉」というものにすごく敏感になるような導入をしていたのだが、その「ひらがなの小道具」がそのあと、作品にあまり活かされておらず、少しもったいない。(各エピソードのタイトルやテーマをひらがなの小道具で表してみるとか、どこかの場面で子どもたちにひらがなの小道具を舞台上に投げ入れてもらうとか、もう少し活かしても良かったかも)

    エピソードとエピソードのつなぎが、意図的にシームレスになされていたように見えたが、シームレスになったことによって、かえってエピソードの繋ぎ目が分かりづらくなった面もあり、今回の場合はむしろエピソードごとに、演技スタイルや演出、ビジュアル面の色味などを、くっきりぱっきりと変化させても良かったかも。(それが段々混ざり合っていく…みたいな展開、とか)
    あるいは、シームレスに繋ぐのであれば、もう少し「迷路感」「迷宮感」が感じられる見せ方でも良かったかも。(今回はどちらかというと、絵巻物的というか、左右に出たり引っ込んだりが多く、奥行き感が少なかったために「スムーズな展開」に見え、「迷い込んでる感」に欠けたかも)

    出演者がもう少し多ければ違ったかもしれないが、4人だとどうしても前のエピソードと次のエピソードを兼ねる出演者が出てくるため、単純に「同じ役なのか違う役なのか」も少し分かりにくかったところもあった。

    音楽も美しい仕上がりだったが、BGM感ではなく、もう少し際立つような使い方でも良かったか。
    作品の仕上がり的には、(特に後半)ジャズとかブルースのような、弦楽器、トランペット、ハーモニカみたいな音色が、より似合いそうではあった。

    『鏡の中の鏡』に関しては、セリフやビジュアルでの明確な説明が少ないと思うので、あえて「音声ガイド」を聞きながら観るのは、かなり「アリ」な気がしている。


    KAATキッズ・プログラム2025
    〈SPACのお芝居〉『鏡の中の鏡』
    原作:ミヒャエル・エンデ「鏡のなかの鍵一迷宮一」
    訳:田村都志夫
    構成・演出:寺内亜矢子

    大高浩一
    榊原有美
    杉山賢
    舘野百代

    音楽:森山冬子
    美術デザイン:深沢襟
    照明デザイン:木藤歩
    衣裳デザイン:清千草
    音響デザイン:和田匡史

    舞台監督:小川哲郎
    演出部:土屋克紀
    美術製作:佐藤洋輔、森正吏
    衣裳製作:池田佑菜、塚本かな、石川光輝、清千草

    技術監督:村松厚志
    制作:計見葵、北堀瑠香

    アシスタントプロダクションマネージャー:雲田恵
    プロダクションマネージャー:平井徹
    広報:西原栄、三浦翔子
    営業:大沢清、安田真知子
    票券:小林良子
    制作:本郷麻衣、佐藤梓

    字幕タブレット制作:南部充央
    音声ガイド制作:大内智美(SPAC)
    社会連携ポータル課:中西享、小金井伸一、吉田舞雪

    宣伝美術:ABEKINO DESIGN
    彫刻・ドローイング:北浦和也
    ビジュアル撮影:中村寛史
    劇場広報アートディレクション:吉岡秀典

    チーフプロデューサー:笛木園子、伊藤文一
    事業部長:堀内真人
    芸術監督:長塚圭史

    企画制作:KAAT神奈川芸術劇場、SPAC-静岡県舞台芸術センター
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2025年7月21日〜27日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催:KAAT神奈川芸術劇場
    後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会
    2025年8月2日・3日 グランシップ中ホール・大地
    主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター
    共催:公益財団法人静岡県文化財団

  • KAATキッズ・プログラム2025〈KAATのお芝居〉『わたしたちをつなぐたび』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2025/7/27 11:00〜11:50(途中休憩なし)】

    イリーナ・ブリヌル原作の、「少女が自分の出生の秘密を探し求めて森の中を旅する」という内容の絵本を、大池容子氏の台本・演出で。上演時間は50分。

    物語としては、つまるところ「母子家庭で父親が不在だったのは、少女が生後まもなく捨てられた孤児で、それを動物たちが(孤児院から?)育ての親である母親のところへ運んできた」という内容。
    演出的にファンタジックな雰囲気で彩られ、「子ども向けの舞台作品だよ」と謳われている割には、「自分が養子であることを知った女の子のルーツさがしの旅」というのはなかなかにヘビー。

    歌あり踊りありコミカルシーンありと、子どもが鑑賞する事をかなり意識して演出され、ストーリーも(奥は深いけど)そこまで難解ではない。30分くらいにギュギュッと凝縮できなくはない感じだけど。(「無くてもよいのでは?」と個人的に感じたシーンがいくつか)

    主演の少女役の現役中学生・藤戸野絵さんが、嫌味のない溌剌さで、作品に清涼感と清潔感を添える。演技や歌も申し分ない。彼女の存在感が、本作の屋台骨と言えよう。

    少し気になったのは、台本かな。
    まず、少女の年齢設定が、藤戸さんの実年齢くらいだとすると妙に子供っぽすぎるし、小学校低学年くらいなのだとすると、現役中学生が演じたことで年齢設定に若干の混乱を招いている気も。
    母親は、娘が疑問を感じた時に、養子であることを伝えないといけないことへの葛藤とか覚悟がありそうなものなのだが、妙に清々しすぎるというか、能天気すぎるようにも見えるし。(演じる下司尚実さんが、ややアニメキャラっぽくもあるので、余計にそう感じたのかも)
    ルーツ探しの道中は、少女の内面変化とか、真相に近づいていく緊張感とか、そういうことが意外と感じられず、動物のキャラクターがちょっと変わってる設定だったりはするんだけど、オーソドックスな明るい「森の中の冒険もの」みたいになっているのも気にかかる。(場面の描き方とか演出面での見せ方で、もっと深められたようにも思う)

    「子ども向け」オブラートで、全体を包み込みすぎたかも。
    観終わって、少女の心の成長とか、母親の無償の愛情とかに思いを馳せつつも、結局は、リスのパペットの印象が大w


    KAATキッズ・プログラム2025
    〈KAATのお芝居〉『わたしたちをつなぐたび』
    原作:イリーナ・ブリヌル
    訳:三辺律子
    上演台本・演出:大池容子

    少女:藤戸野絵
    木こり:少路勇介
    母、サケ:下司尚実
    キツネ、シカ:山田茉琳
    リス、シカ:岩永丞威

    音楽:小林顕作
    振付:岩永丞威
    美術:中村友美
    照明:佐藤綾香
    音響:江口佳那
    衣裳:臼井梨恵
    ヘアメイク:高塚yoshico
    舞台監督:湯山千景
    音楽製作:遠藤ナオキ
    衣装製作:小山つかさ、西山梨香、山本ゆい

    運搬:マイド
    美術製作協力:株式会社東広
    マネジメント協力:グラート、松竹エンタテインメント、大人計画、JTK’s エンターテイメント
    制作進行:加藤夏帆(TASKO)、吉良穂乃香(TASKO)、下村美郷

    アシスタントプロダクションマネージャー:雲田恵
    プロダクションマネージャー:平井徹
    広報:西原栄、三浦翔子
    営業:大沢清、安田真知子
    票券:小林良子
    制作:本郷麻衣、佐藤梓

    字幕タブレット制作:南部充央
    音声ガイド制作:大内智美(SPAC)
    社会連携ポータル課:中西享、小金井伸一、吉田舞雪

    宣伝美術:ABEKINO DESIGN
    彫刻・ドローイング:北浦和也
    ビジュアル撮影:中村寛史
    劇場広報アートディレクション:吉岡秀典

    チーフプロデューサー:笛木園子、伊藤文一
    事業部長:堀内真人
    芸術監督:長塚圭史

    企画制作:KAAT神奈川芸術劇場、SPAC-静岡県舞台芸術センター
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2025年7月21日〜27日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催:KAAT神奈川芸術劇場
    後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会
    2025年8月2日・3日 グランシップ中ホール・大地
    主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター
    共催:公益財団法人静岡県文化財団

  • 夏の劇場 世界をみよう!/ゼロコ『フラッグ』@座・高円寺1
    【2025/7/19 13:00〜13:45(途中休憩なし)】

    今回の『フラッグ』は、確か昨年に初演された作品で、昨年は観られなかったので今回初見。
    セリフの無いフィジカルコメディでおなじみのゼロコ…なのだが、この作品は、「明瞭に聞き取れるセリフはないけど、言葉らしきものをわりと発語する場面の多い作品」で、そこが少し好みが分かれるところかも。

    というのが、以前のゼロコの作品は、「言葉を発しない面白さ」とか「図書館とか舞台袖など、言葉を発することがためらわれる場所でのシチュエーション」が多く、「声は発するけど言葉は発さない」芸風で、言葉を補うように身体性で見せる側面もあり、そこが良かったと思っている。
    しかし今回は、たとえば「登山して『ヤッホー』的な叫びをして、(客席からの)やまびこを聞く」みたいな、「言葉を発しないことが却って不自然なシチュエーション」が多く、しかもその時に「デタラメ語」的な言葉を発していて、観客としては「あー、喋っちゃった」と思ってしまったり、「ならばいっそ、明確に言葉を喋っちゃえばいいのに」と思ってしまったりして、ちょっとモヤる。

    おそらくは「日本語が分からなくても楽しめる」ところを目指しているがために、そうしているところもあるのだろう。また、普通にセリフを発してしまうと、演劇要素が格段に強くなり、「俳優」としてのスキルも求められてしまう。そういうのもあって、今回のような構造になっているのだと思われる。
    ただ、そうなると中途半端さが残り、「彼らの世界観のクオリティー」は、少し下がってしまったような気もする。

    以前に拝見した『Silent Scene』なんかは、哲学的な感覚も加わっていて、僕としては大変好みな作品だっただけに、今回の『フラッグ』は、ちょっと「方向性が違うかな」という印象。コント的な要素も強すぎたのかもしれない。
    その分、小さなこどもが楽しめる要素が増えていることも確かで、そういう意味では、主催の意図に合致してはいる。
    パーツパーツのネタやアイデアも悪くないと思ったし、ゼロコのおふたりの身体性や感覚は見ていて飽きないので、組み合わせ方とか展開のさせ方とか全体の構造なんかを改良すると、もっと良くなりそうな気はする。

    それにしても、角谷さんのチャックの開閉音とか、ボケっぷりとか、濱口さんの驚いた時のリアクションとか、いたずら小僧っぽい微笑とか、妙に印象に残っていて、「ああ、面白かったー」と、その場だけでは終わらない、何らかの余韻を残してくれるパフォーマンスであることは確かだ。

    東京公演は終了したが、9月に高知でも上演。
    また、秋の静岡での大道芸ワールドカップにも出場されるようなので、未見の方はぜひ!


    夏の劇場 世界をみよう!
    ゼロコ
    『フラッグ』

    出演:ゼロコ(角谷将視・濱口啓介)

    舞台監督:西山みのり
    音響:吉田望(ORANGE COYOTE)
    照明:萩原賢一郎、野口りさ
    音楽:anata ensemble
    小道具:定塚由里香
    グッズデザイン:町田早季
    アドバイザー:LONTO
    スペシャルサンクス:清家未来、長岡岳大

    【座・高円寺】
    館長:樽川健司
    芸術監督:シライケイタ
    企画・制作・広報:和泉将朗(チーフ)、篠部洋介、石原直子、居石竜治、高須賀真之、松本菜保、本田千恵子(劇場創造アカデミー)、川島隼人、井上みなみ
    施設・票券:小南ひろ子(チーフ)、藤居千美、大澤麻衣、渡邊直子
    技術監督:黒尾芳昭
    機構:武井隆二、高木啓吾、香坂奈奈、 髙橋淳一、中野聡
    照明:黒澤直記、小野寺寿浩、水野梨奈子
    音響:島猛、勝見友理、芹澤悠
    総務:谷口真弓、鳥飼健太郎
    経理:千葉美香、三次佑果
    フロント・スタッフ:楢橋操(チーフ)、武井希未
    カフェ・アンリファーブル:加茂剛
    設備メンテナンス:松苗精一(株式会社アキテム)

    後援:杉並区、杉並区教育委員会
    企画製作:NPO法人劇場創造ネットワーク、座・高円寺
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金 劇場・音楽堂等機能強化推進事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会 劇場デビューを誘うプログラム

    2025年7月19日〜21日 座・高円寺1

  • 世田谷パブリックシアター主催公演『みんな鳥になって』@世田谷パブリックシアター
    【2025/7/15 12:30〜16:00(途中20分間の休憩あり)】

    上演時間は休憩込み3時間半の、超絶社会派の大作。
    「ユダヤ人とアラブ人」という「民族版・ロミオとジュリエット」のような展開で始まり、第二次世界大戦でのホロコースト、中東情勢、民族紛争、自爆テロ、国家間の対立など、「民族というアイデンティティ」の問題が、深く、濃く、描かれていく。
    本作は、コロナにより招聘を断念したが、2020年にSPACが招聘予定だったワジディ・ムワワド(ワジディ・ムアワッド)作・演出『空を飛べたなら』の日本上演版。日本版で一連のムワワド作品を演出している上村聡史氏が今回も演出。翻訳は藤井慎太郎氏。
    (2020年かそのあとに、SPACが招聘できていたら良かったのに…とつくづく悔やまれるところ)

    ↓空を飛べたなら:ふじのくに⇄せかい演劇祭2020↓ https://share.google/c1MDRKa2tj0Ax9bml

    また、世田谷パブリックシアターで2017年と18年に上演された日本人版の『岸』についても、SPACではワジディ演出のオリジナル版を2010年に『頼むから静かに死んでくれ』という邦題で招聘している。
    ↓頼むから静かに死んでくれ:SPAC 春の芸術祭2010↓ https://share.google/VdAWKFLRS5HUvNlGo

    『みんな鳥になって』に話を戻すと、とても意欲的な作品だし、座組一同、真摯に取り組んで創作されたであろうことも伝わってくる。出演者もおそらく、演出の要求に十二分に応えている。作品としては充分及第点。

    でも…やはり「日本人で演じることの限界」も、感じずにはいられない。
    他民族(他国)が抱えてきた歴史というのは、当然ながら、知識で理解するだけでは及ばないところもあり、「当事者でないと醸し出せない部分」というのが少なからずある。
    (それはある意味では、能や歌舞伎なんかにも言えることだろうし、別の意味では、日本人であっても中東で生まれ育ったのなら醸し出せるものがある、とは思う。「血」の問題ではなく、「環境」の問題)

    それでも、『レオポルト・シュタット』とか『アンネの日記』のような、ある民族(ある一族)に焦点を絞った作品なら、日本人でも成立しやすいように思うが、今回の作品は、作品が扱おうとしている問題があまりにも広範囲で、(少なくとも)今の日本人が置かれている状況からは、相当に距離があると思う。
    (かつて、新劇が「西洋人の真似をしているだけ」と言われたことに、少し似ているかもしれない)

    従って、この作品を「一つの作品として観る」ことに限って言えば、「どうせならワジディ演出版で観たいよね」となるだろうし、オリジナル上演では、複数の言語、複数の民族が登場する作品を、全員日本人で上演するならば、やはり何らかの仕掛けや見せ方が必要と思う。

    もっと言えば、おそらくワジディとかなり近い関係であるはずのSPACではなく、世田谷パブリックシアターが日本版を上演していることに対して、いろいろと思うところはあるが、それについては割愛w

    戯曲に関しては、(これはまあ、僕個人がワジディ作品にあまり興味を持てないから、というだけかもしれないが)日本人で上演する「面白さ」「良さ」みたいなものを、ちょっと感じにくい作品のように思えた。
    そもそも論として、台本が、少し言葉で説明し過ぎな気もしていて、しかも、語られる言葉が少し自己陶酔気味で、極めて詩的であり、エモーションをのせすぎると却って耳に入って来づらく感じた。
    このあたりは、シェイクスピアの言葉の扱いに、少し似ているかもしれない。ヨーロッパの俳優は、そういうセリフの扱いはホントに上手いと思うが、日本人は日本語の文法が異なることもあって、やや不得手に感じられる。

    セリフは、登場人物たちそれぞれに、長セリフがかなりあり、独白シーンや一方的に喋るシーンが多い。
    そうなると、対話による積み重ね的な分量より、個人落としの分量が増え、「自分で色々と組み立てる作業」が多くなるわけで、結果として、各俳優の経験やスキルが色濃く出やすくなる。しかし、当然ながら各俳優の演技観はプロデュース公演だとバラバラになりやすく、ここに、プロデュース公演の弊害が露呈してしまう。
    つまり、演出としては統一感があるのだが、各俳優の「言葉の扱い方」とか「感情の重ね方」みたいなものは、やっぱりどうしても俳優の個人差が見え隠れして、統一感に欠けてしまう。
    (ただし、これは、俳優の問題というよりは、戯曲選定やキャスティングをはじめとするプロデュース側・企画側の問題だと思う)

    本作の場合、もちろん色々な民族が登場するし、非常に強烈なレイシストの役柄もあれば、それに抗う立場の役柄もあるので、その点ではバラバラでも良いのだが、一般的なリアリズム作品とは違う言語感があり、「言葉(発語)をどう扱うか」が作品にかなり影響してくるはず。
    そのため、おそらく「発語における特殊性の共通見解」(「ワジディズム」とでも言おうか)が必要になる気がするのだが、そのあたりの物足りなさを感じてしまった。
    (ただ、各俳優単体で見た時の演技に対しては、不満はない)

    個人的には、エトガール役の相島一之さんが真実を告白する時ぐらいの、淡々とした感じのほうが、この戯曲には(そして日本人の演じ手には)合っているように思えた。
    エイタン役の中島裕翔さん、全体的には悪くなかったんだけれど、ラストの長セリフの前半は、もっと抑えても良かったか。その方が、後半の飛び立っていく感じが活きてくる気がする。
    ダヴィッド役の岡本健一さんは、アラブ人に対する侮蔑がもっと過剰に出ても良かったかも。言葉では強烈に罵っているのだけど、そこまで卑下・敵視している感じには見えず。

    松岡依都美さん演じる女兵士エデンの役は、なかなか難しい立ち位置というか、「ジェンダー」だったり「ボーダー」だったりを象徴する存在なのだろうけど、登場する理由の説得力や必然性が弱く感じてしまった。これって、僕が日本人だから(理解が及んでいないだけ)なのか、戯曲の書き込みが弱いからなのか、どっちだろう。

    舞台美術は、もっとシンプルでも良かったのかも。少し意味ありげな雰囲気を醸し出し過ぎた気がしなくもない。背景となる瓦礫っぽいシルエットも、説明しすぎてしまった。まあ、日本人には少し説明的な感じくらいでちょうどよいのかもしれないが。

    …というわけで、あくまで僕個人としては、なんとなく「帯に短し襷に長し」的な印象が否めない上演だったけど、出演者全員、「この人が出てるなら観てみたい」という俳優ばかりだったので、「各俳優を堪能する」という点ではたいへん満足。各出演者の推し活としての観劇ならば、不満はないと思う。

    …と、ここまで書いてみたけど、もしかするとこれは、「作品で語られている問題や悩みを、表層的にしか捉えることが叶わない、日本人としての自分に対しての不満」から来る感想なのかもしれない…とも思う。
    どうしたって「すごく理解する」ことはできない。そんな「すごく理解する」ことができない世界が、この地球上には確かにある。それに気づくための日本版上演…?

    東京公演のあとは、兵庫、愛知、岡山、福岡でも上演。
    ただし、正直なところ、東京以外の会場は、作品に対して小屋の空間が大きすぎる気がする。


    世田谷パブリックシアター主催公演
    『みんな鳥になって』
    作:ワジディ・ムワワド
    翻訳:藤井慎太郎
    演出:上村聡史

    エイタン(ユダヤ系ドイツ人の青年):中島裕翔
    ワヒダ(アラブ系アメリカ人の女性):岡本玲
    エデン/若いレア(エデン:イスラエルの女性兵士):松岡依都美
    レア(エイタンの祖母):麻実れい
    ノラ(エイタンの母):那須佐代子
    エトガール(エイタンの祖父):相島一之
    ダヴィッド(エイタンの父):岡本健一
    ワザーン/看護師/ウェイター/ラビ/医師/若いエトガール/テレビの声:伊達暁
    テレビの声:近藤隼

    [岡山・福岡公演]
    エデン/若いレア(エデン:イスラエルの女性兵士):渡邊真砂珠

    美術:長田佳代子
    照明:佐藤啓
    音楽:国広和毅
    音響:加藤温
    衣裳:半田悦子
    ヘアメイク:川端富生
    演出助手:渡邊千穂
    舞台監督:大垣敏朗
    プロダクションマネージャー:勝康隆
    ヒストリカル・アドバイザー:ナタリー・ゼモン・デイヴィス

    演出部:渡邉亜沙子、髙橋大輔、田辺雪枝、本村春子、山本有子
    照明部:溝口由利子、畠山聖、松本亜未、渡辺槙
    音響操作:遠藤瑞子
    ヘアメイク部:根布谷惠子
    美術助手:小島沙月、秋友久実
    制作助手:山下茜

    大道具:C-COM、伊藤清次、美術工房拓人、松本邦彦、大類弦
    小道具:高津装飾美術、西村太志
    被り物製作:窪田由紀
    電飾:コマデン、福冨健司
    照明:A PROJECT
    衣裳:東京衣裳、溝口貴之、小川和美、高坂絵莉香、丸山弥子
    衣裳製作:篠田利夫、佐藤美香
    履物:アーティス、萩原惇平
    運搬:マイド
    作家契約代理店:シアターライツ
    ヘブライ語指導:ディラ国際語学アカデミー

    協力:梅田芸術劇場、エヴァーグリーン・エンタテイメント、エンパシィ、COME TRUE、ゴーチ・ブラザーズ、シス・カンパニー、STARTO ENTERTAINMENT、文学座、UAM、吉住モータース

    宣伝美術:秋澤一彰
    宣伝写真:山崎伸康
    宣伝スタイリスト:ゴウダアツコ
    宣伝ヘアメイク:FUJIU JIMI、千葉友子
    宣伝:る・ひまわり(金井智子、関真恵、小越結)
    宣伝動画作成:和田萌、宝隼也
    記録写真:細野晋司
    記録映像:松澤延拓

    広報:宮村恵子、佐藤希
    営業:下島智子
    票券:竹澤由美子、上谷梨恵、松田聡子
    制作:田辺千絵美、豊島勇士、佐々木裕子
    プロデューサー:浅田聡子

    [世田谷パブリックシアター]
    芸術監督:白井晃
    劇場部長:滝口健
    技術部長:福田純平
    世田谷文化生活情報センター館長:高萩宏
    公益財団法人せたがや文化財団理事長:青柳正規

    主催:公益財団法人せたがや文化財団
    企画制作:世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区
    協賛:SIS company、東邦ホールディングス、TOYOTA
    協力:東急電鉄株式会社、ケベック州政府在日事務所

    2025年6月28日〜7月21日 世田谷パブリックシアター
    【主催:公益財団法人せたがや文化財団】
    2025年7月25日〜7月27日 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
    【主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター】
    2025年8月1日〜8月3日 東海市芸術劇場 大ホール
    【主催:メーテレ、メーテレ事業】
    2025年8月8日〜8月10日 岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場
    【主催:公益財団法人岡山文化芸術創造】
    2025年8月15日〜8月17日 J:COM北九州芸術劇場 大ホール
    【主催:サンライズプロモーション東京】

  • 2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3『消えていくなら朝』@新国立劇場 小劇場
    【2025/7/11 19:00〜21:00(途中休憩なし)】

    東京から6時間、田舎の海辺に立つ洒落た豪華な実家での、一夜の家族会話劇。「宗教二世問題」をも含んだ、家庭のひずみが描かれる。
    蓬莱竜太氏が2018年に新国立劇場での上演のために書き下ろした私戯曲的作品を、今回は自身の演出で、フルオーディション企画で上演。(2018年は宮田慶子氏が演出。未見)

    劇作家として東京で活動している次男の定男(関口アナン)が18年ぶりに、年下の彼女・レイ(坂東希)を連れて帰郷。「今度の舞台ではうちの家族のことを書こうと思う」と言ったことから、仲良さそうに振る舞っていた家族が、互いに罵り合い、暴露し合い、言葉によるバトルを繰り広げていく。
    その大元の元凶とも言えるのが、「母親(大沼百合子)が宗教にのめり込んでいる」ことなのだが、しかしそれは「父親(大谷亮介)が家庭を顧みず、義母の介護に縛られ、子育ても押しつけられ、救いとなるのは宗教しか無かった」ことから来たものでもあり、兄(松本哲也)と妹(田実陽子)は、いわば両親の関係性の被害によって、自分たちの生き方を拗らせてしまっていた。

    そんな家庭から逃れて、自分らしく生きてきた(ように見えた)定男だったが、終盤、被害者意識的な激しい思い込みによる誤解が判明し、「家族に対して、バカにするように斜め上から視ることで確立していた自己のアイデンティティ」が崩されてしまう。定男もまた、生き方を、家族観を、拗らせてしまっていたのかもしれない。
    単純に言えば、定男も含めてみな、「愛」に飢えているだけなのかもしれない。

    家族ってなんだろう。一番身近でありながら一番厄介で、一番愛しいはずなのに時に一番憎らしくなる存在、ということなのか。家族があることで救われる人もいれば、家族があることで地獄のような思いをする人もいる。
    こんなに罵り合って、こんなに傷つけ合って、こんなにやり切れないし、根本では何も解決していない、なのに、許し合える存在でもあり、朝が来れば帳消しになったようにまた振り出しに戻ってしまう。でも、それぞれが振りかざすそれぞれの正義は、一生分かり合えないかもしれない。
    この「自分の意思では選べない小さな社会」と、いかに付き合うべきなのか…みたいなことを考えるための、きっかけをくれるような作品。

    オーディションの参加を検討した時に戯曲は1度読んでいて(結局オーディションにエントリーはせず)、「めちゃくちゃエネルギーのいる作品だな」という印象だったが、まさしく、いや想像以上に、言葉のナイフで互いを傷つけ合うような、そして、身を削って演じることを強いられるような舞台だった。まるで、かさぶたを剥がすような芝居。
    ヒリヒリの連続や、息苦しさのような閉塞性は、モダンスイマーズの公演『夜光ホテル』にも通じるだろう。

    本音をぶちまけたり、秘密を暴露したり、ムキになって相手を攻撃したりと、家族5人とも(彼女役のレイは除く)が、声を荒らげて制御不能になるような瞬間があり、心身消耗が激しそう。
    彼らが本気になればなるほど、客観的に見ている観客の側としては、笑うしかないような状況の場面もいくつかあり、そういう意味での「ガス抜き」的な作劇も上手い。
    互いの腹の探り合いのような場面も多く、誰かを見ていると誰かの反応を見逃す。なので、演じる身としては、「6人それぞれの本音や想いをきちんと把握したうえで、改めて、それぞれの反応や表情や言葉の向かう先を、もう一度じっくり観察してみたいな」とも思った。(もう1回、Z席で観てみたい気はしている…)

    レイが声を荒らげる瞬間は無いが、良いことを言う瞬間が多く、レイの視点が本作においては意外と重要かもしれない。
    特に印象的だったのは、定男が「うちの家族は仲良さそうに取り繕っているだけ」みたいなことを言ったときに返答した、「それは努力だよ」というセリフ。
    逃れられない社会だからこそ、どうにかして傷つかずに済むように足掻く姿を、「努力している」と捉えるか、「取り繕っている」と捉えるか。

    登場人物の造形が、戯曲を読んだときに勝手にイメージしていた人物像と、良い意味で違っていて、「ああ、こういう演じ方もあるんだ」と驚き。
    なかでも、母親の役柄のアプローチは想像とかなり違っていて斬新だった。「おおらかで寛容、なのに、どこまでも頑固」で、宗教にハマるような危ない雰囲気は醸し出していない分、余計にたちが悪い感じ。そりゃ、子どもたちや父親もこうなってしまうよな…という感じで、説得力マシマシ。
    レイは、イメージだともう少し現代的で、ギャル気質もあるような人物だったけど、今回のレイは清楚系の物静かな感じ(清原果耶系)で、これもまた新鮮だった。

    薪ストーブ、システムキッチン、小上がりのリビング、大きなガラス窓…ショールームのような舞台装置は、間取り的にもオシャレで、ちょっと人工的すぎる印象でもあったが、物語が進行して、人間くさい泥仕合が露わになると、その人工的な感じでうまく中和されているようにも見えた。
    また、母親の「この広い家にたった一人で…」みたいなセリフも、このショールーム的な生活感のない妙な広さが効いていたし、こんなにゆとりある空間の家なのに、さらにDIYで増築することで癒しを求める父親のやり切れなさみたいなものも、真に迫ってきたように思う。

    あえて観客に背を向けて座ったり、背を向けて海を見るような設えだったが、それも観客からすると、「隣の家を覗き見ている」感じが増して、だからこそ笑えるし、だからこそ突き刺さってくる感じで、良かった。

    ラスト、呆然とする定男の、消えてなくなりたいような気持ちが、朝焼けの海に溶けていくようなエンディングが美しく、舞台装置が微妙にスケルトン(建具を全て建てこんであるわけではなく、舞台奥がやけに見えるよう、壁などが無い状態で設定されている)なのが、このエンディングでとても活きていたし、同時にとても納得。
    このエンディングにそれまでの2時間が集約されていたし、このエンディングのために2時間があったとも思える、個人的にはかなりお気に入りラストシーン。


    2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3
    『消えていくなら朝』
    作・演出 蓬莱竜太

    羽田定男(僕) 関口アナン
    羽田庄吾(兄) 松本哲也
    羽田可奈(妹) 田実陽子
    羽田君江(母) 大沼百合子
    羽田庄次郎(父) 大谷亮介
    才谷レイ(彼女) 坂東希

    美術 小倉奈穂
    照明 阪口美和
    音響 工藤尚輝
    衣裳 坂東智代
    ヘアメイク 田中順子
    演出助手 橋本佳奈
    舞台監督 下柳田龍太郎
    演出部 鈴木修、佐藤昭子、小島恵三子、多部直美、江原由夏
    ヘアメイク 多田香織
    プロンプ 山本毬愛
    大道具 俳優座劇場(井戸元洋)
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    衣裳 東宝舞台衣裳部
    衣裳製作 辻本麻里、河原菜月

    舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ、フリックプロ、本庄正和(舞台)、山中美和(照明)、伊藤花(音響)、高田浩行(大道具)
    制作助手 高橋凌
    制作 林弥生
    プロデューサー 中柄毅志
    芸術監督 小川絵梨子

    主催 新国立劇場

    2025年7月10日〜27日 新国立劇場 小劇場