観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • PARCO PRODUCE 2023/PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『桜の園』@日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
    【2023/09/13 13:00〜16:00(途中20分の休憩あり)】

    昨年の『セールスマンの死』の上演に続いてのショーン・ホームズ演出。今回も、独特の解釈の仕方で古典作品を蘇らせている。

    石棺を連想させる巨大な塊と、それを縛っている何本かの太いロープ。舞台奥には金網の柵。
    ザ・フォー・シーズンズの「シェリー」の替え歌(歌詞を「チェリー」に変えている)を口ずさみながらやってくる作業着姿の男(永島敬三)が合図をすると、石棺が上昇(石棺は終幕、横たわったフィールス(村井国夫)の上に降りてくるまで舞台上空に吊られたまま)。
    現れたのは、ビニールが掛けられた家財道具や人物(ドゥニャーシャ(天野はな)とロパーヒン(八嶋智人))。
    作業着姿の男がビニールを取り除き、柵の扉を開け、そこを施錠して立ち去ったところで、『桜の園』の物語が始まる。

    作品の中で死者に当たる人物(ラネーフスカヤの息子とか母親とか)の話になる時には、不穏な音が聞こえてくる。
    2幕の冒頭、家庭教師のシャルロッタ(川上友里)は、ビニールプールの中、水着姿でセリフを喋る。(その後、エピホードフ(前原滉)は躓いたはずみで、そのビニールプールに突っ込み、ずぶ濡れになる)
    浮浪者(永島敬三)は金網の外から、柵を飛び越えてやってきて、柵を飛び越えて去っていく。
    不気味な音が聞こえる場面では、観客にはその音は聞こえない。(代わりに、それまで鳴いていた蝉の音が高まってカットアウトされる)
    舞踏会の場面では、デジタルな音楽による仮装パーティーが催され、ピエロに扮したワーリャ(安藤玉恵)や、大きな蝶の羽を背負って体型ラインくっきりな姿のピーシチク(市川しんぺー)、熊の被り物を被ったエピホードフなどが登場する。

    登場人物は皆、わりと現代的な衣裳に身を包み、どちらかというと現代的な言葉遣いに寄せたセリフを喋る。サイモン・スティーヴンスによる英訳を使った意図はそこだろう。
    演技のトーンは、全体的にテンション高めな感じ(ハイテンションというわけではない)で、一般的な『桜の園』の上演でよく見られるような「気だるさ」とか「陰鬱さ」みたいなものは少なめ。わりと皆さん、ハキハキ喋るw
    誰に向けて喋っているのか、あえてハッキリさせないよう処理されているセリフが多々見られる一方で、明らかに観客に向けて語られるセリフも多く、新劇リアリズム風な演出とは一線を画す。
    また、パンフレットによると、演出テーマの1つに「亡霊」があるらしく、確かに、そのことを意識させる仕上がりにはなっていた。

    演出は確かに面白い。
    面白いのだが、演出意図が勝ってしまって、俳優が埋没してしまった印象も。「俳優が演出を体現する」という所までは行き切れてないようにも思えた。

    ラネーフスカヤ役の原田美枝子さんは、人物造形は成功していたと思うのだが、いかんせん声量が少なく、PARCO劇場では成立していたかもしれないが、日本特殊陶業市民会館ではちょっと厳しいものがあった。同様のことは、アーニャ役の川島海荷さんにも言える。その他がわりと、普段のフィールドが舞台の俳優たちだったので、余計に声量差が悪目立ちしてしまった。
    また、成河さんは、トロフィーモフ役では力量を持て余しているようにも見えたし、川上友里さん(シャルロッタ)、竪山隼太さん(ヤーシャ)、市川しんぺーさん(ピーシチク)あたりは、共にちょっとエキセントリックな感じの造形で、お互いを相殺し合ってしまったようにも感じられた。
    前原滉さんのエピホードフは悪くなかったのだが、朝ドラ『らんまん』で演じている波多野役にも見えてしまったので、もう少しバリエーションが欲しかったかな。

    安藤玉恵さんのワーリャと八嶋智人さんのロパーヒンは、個人的にはかなり好きだったのだけど、この2人だけでは作品全体の完成度に影響を与えるところまでは及ばず…
    村井国夫さんのフィールス、松尾貴史さんのガーエフ、天野はなさんのドゥニャーシャも良かったのだけど、もう少し違う方向性もあったのではないか?とも思う。

    幕開きの演出でグッと鷲掴みにされたものの、それ以降が息切れ気味になってしまったのが残念。
    どうせなら、冒頭、作業着姿の男以外の登場人物全員、石棺の中に入っていても良かった気もする。(そこから振り分けられ、1度舞台袖に退出させられる、とか)
    石棺とか金網の柵という仕掛けがありながら、ナチュラルに舞台袖から登退場するというのがちょっと解せず。しかも、4幕で屋敷を去る場面では、皆、金網の柵の向こうへ退場し、その扉の鍵をかけるのはロパーヒンで、石棺と柵の演出が「思いつき」程度に見えてしまったのも勿体ない。
    まあ、「桜の園のしがらみから解放される=柵の外へ出られる」ということなのだとは思うけど…

    ちなみに、チラシビジュアルのイメージで観劇すると、かなり違うw


    PARCO PRODUCE 2023
    PARCO劇場開場50周年記念シリーズ
    『桜の園』
    作:アントン・チェーホフ
    英語版:サイモン・スティーヴンス
    翻訳:広田敦郎
    演出:ショーン・ホームズ

    原田美枝子:リュボーフィ・ラネーフスカヤ
    八嶋智人:アレクサンドル・ロパーヒン
    成河:ピョートル・トロフィーモフ
    安藤玉恵:ワーリャ
    川島海荷:アーニャ
    前原滉:セミョーン・エピホードフ
    川上友里:シャルロッタ・イワーノヴナ
    竪山隼太:ヤーシャ
    天野はな:ドゥニャーシャ
    永島敬三:浮浪者ほか
    中上サッキ:招待客ほか
    市川しんペー:ポリス・シメオーノフ=ピーシチク
    松尾貴史:レオニード・ガーエフ
    村井國夫:フィールス

    美術・衣装デザイン:グレイス・スマート
    音楽:かみむら周平
    ステージング:小野寺修二
    照明:佐藤啓
    音響:井上正弘
    ヘアメイク:佐藤裕子
    衣裳コーディネート:阿部朱美
    美術コーディネート:岩本三玲
    通訳:時田曜子
    演出助手:陶山浩乃
    舞台監督:藤崎遊、田中直明

    ステージング助手:藤田桃子
    衣装コーディネート助手:柿野彩
    ヘアメイク助手:清水里恵
    ブロンプター:小石川桃子
    通訳:河井麻祐子
    演出部:田中政秀、瀬戸元哲、玉置敬子
    照明部:溝口由利子、伊賀康
    音響部:山本祥悟、佐々木結衣、北村夏主馬
    ヘアメイク部:森珠美
    衣装部:沼田千穂

    大道具製作:C-COM 舞台装置(伊藤清次)
    機構:村上舞台
    小道具:高津装飾美術(西村太志)
    小道具製作:土屋工房(土屋武史)
    電飾:イルミカ東京(原島いづみ)
    衣装製作:植田和子、斎藤恵子、吉田祐子、広野正道、柿崎紅花
    履物:アーティス(大石雅章)
    運送:マイド
    台本印刷:シナリオプリント
    版権コーディネート:シアターライツ
    ポスター貼り:ポスターハリス・カンパニー

    アーティストマネージメント:MY Promotion Inc.、シス・カンパニー、ブルー・ジュピター、マッシュ、レプロエンタテインメント、トライストーン・エンタテイメント、スタッフ・プラス、エフ・エム・ジー、レディバード、ゴーチ・ブラザーズ、古舘プロジェクト、トム・プロジェクト

    協力:Independent Talent Group Ltd、AHA Talent Ltd、カンパニー AZA、Aプロジェクト、ART CORE、オフィス新音、スタジオAD、カンパニーデラシネラ、文学座/世田谷パブリックシアター技術部、ハロースミス、木口充恵、原西忠佑、淺場万矢、原田理央、内田健介/ヴォートル、シグマコミュニケーションズ

    宣伝美術:榎本太郎
    宣伝写真:森崎恵美子
    宣伝写真スタイリスト:尾嶝恵里子
    宣伝写真ヘアメイク:CHIHIRO
    宣伝映像:尾野慎太郎
    宣伝:る・ひまわり(金井智子、秋山美優)
    パンフレット編集・宣伝テキスト:金田明子
    舞台写真:細野晋司

    制作協力:伊藤達哉
    制作:木村夏、山田紗綾
    制作助手:古城茉理
    プロデューサー:佐藤玄
    製作:宇都宮誠樹

    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(統括団体による文化芸術需要回復地域活性化事業(アートキャラバン2))、独立行政法人日本芸術文化振興会
    後援:ブリティッシュ・カウンシル
    制作協力:ゴーチ・ブラザーズ
    企画・製作:株式会社バルコ

    2023/8/7〜29 PARCO劇場
    後援:TOKYO FM、TBSラジオ
    東京票券:山本杏香、福村彩
    20239/2 東京エレクトロンホール宮城
    主催:キョードー東北
    後援:公益財団法人宮城県文化振興財団、公益財団法人仙台市市民文化事業団
    2023/9/6 上野学園ホール(広島県立文化芸術ホール)
    主催:TSSテレビ新広島、ピクニック、バルコ
    協力:広島バルコ
    運営協力:キャンディープロモーション
    2023/9/13 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
    主催・キョードー東海、サンライズプロモーション東京、バルコ
    協力:名古屋バルコ
    2023/9/16〜17 森ノ宮ピロティホール
    主催:関西テレビ放送、サンライズプロモーション大阪
    2023/9/20 高知県立県民文化ホール オレンジホール
    主催:テレビ高知、パルコ
    運営:デューク
    2023/9/23〜24 9.23 キャナルシティ劇場
    主催:九州朝日放送、サンライズプロモーション東京、ピクニック
    協力:福岡パルコ

  • EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』@新宿シアタートップス
    【2023/08/11 14:00〜15:40(途中休憩なし)】

    またひとり、見逃せない演劇人に出会ってしまった。そうなりそうな予感はしていたが、予想以上だった。EPOCH MAN、今後要注目だ。

    舞台からは、演劇の力や可能性をとても信じていることが伝わってきて、また本作では、デジタル(テクノロジー)とアナログ(人間)の融合というか采配のバランスが素晴らしく、個々の俳優も作品そのものも、両方を存分に味わえる舞台だった。
    古き良き小劇場でありつつ、それでいて、最先端な感覚もありつつ。そして、それが作品テーマのひとつである「宇宙」にピッタリで。壮大な内容を、ミニマムな形で示してくれたと言えよう。
    あと、「様々な幸福な出会いの結晶として、たどり着いた作品なんだろうな」という印象を受けた。

    事故死した、宇宙や星の話が好きだった父(小沢道成)。母(池谷のぶえ)からは「お父さんは星になった」と言われ、それ以降、口数は少なくなり、空ばかりを見るようになっていた少年・星太郎(しょうたろう)(人形操演:小沢道成)。ある日、星太郎は突然、父の行方を探るためにひとりで出かける。舞台は、星太郎がいなくなったところからスタートする。(その前にプロローグ的な抽象的な場面があるが)
    居なくなった星太郎の行方を必死に探す母は、星太郎が事故現場の道に落書きしていたという目撃証言とそこに描かれた絵を手がかりに、父親が事故の時に運ばれた病院を訪ねてみる。
    そこで星太郎と話をしたという看護師・早乙女(異儀田夏葉)と出会い、2人で、病院裏手にある、父親が荼毘に付された火葬場を訪ねてみる。
    そこでまた星太郎と話をしたという火葬場職員・鷲見(すみ)(渡邊りょう)と出会い、今度は3人で、星太郎の思い出の場所だと思われるプラネタリウムを訪ねる。そこに星太郎はいて、プラネタリウム職員の老婆・平家(ひらや)(ぎたろー)の星座や星の解説を聞いているうち、星太郎は、「父の行方」に対する自分なりの答えに辿り着く…
    というようなストーリー。

    物語に貫かれるテーマは「死生観」。主軸となる母と息子のストーリーに、看護師が語る「祖母の死」や、火葬場職員が語る「愛犬の死」、プラネタリウム職員が語る「夫の死や、自分が望む葬儀の話」などが、いい塩梅で絡んでいく。
    また、もう一つのテーマである「宇宙と星の話」も、「地球に隕石がぶつかった時に飛び散った欠片が集まって月が生まれた」とか、「遠い星に行く方法」とか、劇中に語られることが作品に大きく関わってくる。

    最終的に、「死んで焼かれた身体は煙になり、大気中に混じり合い、雨になっているかもしれないし、海になっているかもしれないし、魚や野菜になっているかもしれないし、色んなものに形を変えている。そう考えると、星になったというのも間違いではない」という結論にたどり着いた星太郎。広大な宇宙の中で、死んだら「塵」となり、宇宙を構成する物質となって存在し続ける…
    ファンタジーなんだけど、同時にすごく現実的というか、とてもしっくり来るゴール地点だった。タイトルの意味も、ラストに来て回収。

    そう大きくはない舞台には、巨大なLEDパネルが三辺をカーブ状に囲む形で立てられ、床面は光沢素材で、パネルに映し出された映像が床面にも反射して映るようになっている。
    最初に、満天の星空が映し出された瞬間、一気に物語の世界へ連れ込まれた感覚。その後も、手書きのイラストが動き出したり、プラネタリウムの場面で星座が浮き出てきたり、要所要所で上手く使われ、説明的になりすぎることなく、観客の想像力を補完してくれる。

    星太郎が、プラネタリウムから自宅へ駆け出した時、人形が客席に向かって走っているように俳優たち5人で動かしつつセリフも喋っている後ろでは、LEDパネルに、「一点透視図法」みたいな感じで描かれたたくさんの「直線」が流れているよう映し出され、これこそまさに「デジタルとアナログの融合の極致」であり、演劇の力の面白さも感じられた。
    また、ラストでは、それまでわりとモノクロだった映像に、色彩が付いていき、カラフルな風景に包まれたのも圧巻だった。星太郎の心の変化とリンクしても見えるし、登場人物たちの世界観が広がった感じにも見え、とても良かった。

    少年役の星太郎は、関節が動く人形で、愛らしくもあるが、少し不気味でもあり、何かを真剣に考えているような表情をしている。少し大人びた印象も。それを小沢さんが操作しつつ喋りつつ、時には星太郎の父親役も担いつつ。
    俳優5人はほぼ出ずっぱりで、メインの役以外の端役も演じたり、時には人形操演に加わったり。ちなみに、壁面はLEDパネルで囲まれているため、俳優たちの出入りは床からのみ。

    少年にも父親にも見える小沢さんが果たす役割も大きかったが、母親役の池谷さんがめちゃくちゃいい。シリアスで感情的な面の大きい役で、そういう池谷さんもとても良き。ホント、上手い俳優さんだなと思う。そして、シリアスな中に垣間見せる抜群のコメディセンス。爆笑するような場面は無いが、「泣けてくる場面なのにやり取りが笑える」みたいな感じで。

    看護師役の異儀田さんも、火葬場職員役の渡邊さんも、スマートだけどちょっとだけ個性的な演技で、人物造形も秀逸で、池谷さんとの声質のバランスもとても良く、池谷さんに見劣りすること無く渡り合う姿が良き。この舞台に欠かせない存在感を見せた。

    プラネタリウム職員の平家さん役のぎたろーさんは、飛び道具的な配置かと思いきや、職員の老婆役がとてもハマっていて、「狙いすぎず、さり気ないのに、可笑しい」のがとても良き。ラストで、平家さんが亡くなったあとの会話中に、片隅で座って、ほほ笑みながらその話を聞いている、穏やかなぎたろーさんの姿も印象的。

    漠然と「死んだらどうなるのかな」「明日の朝、この身体が死んでいたらどうしよう」とか、幼少期に考えていた身としては、星太郎の感覚もちょっと分かるし、大人になった今としては、そんな子どもとどう接していいか分からなくなる母の気持ちもちょっと分かる。

    大切な人を亡くした人や、宇宙に興味がある人、死んだらどこに行くのか考えたことがある人なんかに、オススメしたい作品。
    あと、昭和から平成のころの、古き良き小劇場の感じが好きな人にも。


    EPOCH MAN
    『我ら宇宙の塵』
    作・演出・美術:小沢道成

    宇佐美陽子(うさみようこ):池谷のぶえ
    鷲見昇彦(すみのりひこ)、少年2、町人3、配達人:渡邊りょう
    早乙女真珠(さおとめまみ)、少年3、町人2、伝聞人:異儀田夏葉
    平家織江(ひらやおりえ)、少年4、町人1、掃除人、斉藤:ぎたろー
    星太郎(しょうたろう)、少年1:小沢道成

    映像:新保瑛加
    音楽:オレノグラフィティ
    ステージング:下司尚実
    舞台監督:藤田有紀彦
    照明:奥田賢太
    音響:鏑木知宏
    パペット製作:清水克晋
    衣裳:西川千明
    ヘアメイク:Kazuki Fujiwara
    演出助手:相田剛志
    舞台監督助手:磯田浩一
    照明・映像操作:市野佑可子
    稽古場代役:椙山さと美

    宣伝美術:藤尾勘太郎
    写真:山岸和人
    宣伝ライター:横川良明
    メイキングディレクター:谷口恒平
    舞台・稽古場写真:小岩井ハナ

    制作:村田紫音、保坂麻美子、及川晴日
    制作協力:鳥谷規
    プロデューサー:半田桃子

    LEDビジョン:SPACEWA(辻貴大)
    映像協力:コローレ
    鑑賞サポート・字幕制作:Palabra(UDCastLIVE)
    鑑賞サポート:NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)

    後援:ニッポン放送
    主催:EPOCH MAN
    助成:芸術文化振興基金助成事業、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
    Special Thanks:安藤保佳、飯塚なな子、石川亞子、石川佳乃、板場充樹、伊藤優花、猪俣晏暖、猪又友理子、植村海月、近江谷悠衣、大熊望友、大下沙綾、黒澤たける、神谷大輔、古賀結夢、近藤茶、高羽彩、田中遥、鳥塚隼人、中尾莉久、渚まな美、野木怜那、浜田栞那、東迎昇史郎、藤木陽一、藤田輝、松島愛華、松嶋奈々夢、松原怜香、三國谷花、村田正純、村田夕奈、横室彩紀

    2023年8月2日〜13日 新宿シアタートップス

  • COCOON PRODUCTION 2021『物語なき、この世界。』@シアターコクーン
    【2021/7/30 13:30〜16:15(途中20分の休憩あり)】

    ポツドールの三浦大輔氏の新作。前回の藤ヶ谷太輔主演の『そして僕は途方に暮れる』は見逃しているので、三浦氏の演出作品を観るのはおそらく『娼年』以来。
    三浦氏特有のベッドシーンなどもあるものの、『娼年』などに比べると、今回の舞台ではその頻度も露出も少なめだが、岡田将生さんが風俗店で行為に及ぶ場面などは予想通り、ある。
    このあたり、基本的な路線はこれまでの作風と同じだが、今回は登場人物たちの独白が多くなっている気がした。何だかやたらとみんな語る。

    しかもその内容が作品テーマである「物語(ドラマ)」についてで、いわゆる「自己肯定」「自己実現」「自己顕示」への欲求とか、その裏返しとして感じる「虚無感」「うだつの上がらなさ」みたいなものを、「物語」という言葉を使って語るので、セリフそのものが「いかにもセリフです」的なあざとさも。「人生の主人公」とか「自分は脇役だ」とか「いまドラマみたいだった」みたいなフレーズ頻発。
    「そんなにみんな、しかも初対面同士で『物語』とか『主人公』って言葉を共通言語として会話する?」という感じで、シェイクスピアほどではないにしても、不自然な言い回しに聞こえる瞬間が多々あり、そういった「誰の言葉を喋ってるのかよく分からない感じ(役柄から自然に出てきた言葉というよりは、誰かに言わされてるような感じ)」が妙に気になってしまう。
    これは狙った上でのことなのか、各俳優のセリフ術の上手い下手によるものなのか…ということも分からずw
    皆が饒舌なだけに、余計にそこは引っ掛かる。

    新宿歌舞伎町の街並みが舞台上に再現され、居酒屋、銀行のATM、風俗店の入口、喫煙所などが立ち並ぶ。雑踏のシルエットがプロジェクターで投影され、リアルに出てくる登場人物たちの孤独感を浮き彫りにする。
    街並みは、回転すると店内に変わる仕組みで、いろんな店の外観と内観が目まぐるしく転換する。(1つの装置を3店舗くらいで共有しているものもあるので、内観の飾り替えが大変そう)
    「自分の人生に物語がない奴らが映画を見に行く=歌舞伎町を歩く奴らはそんな奴ばっかり」みたいなセリフがあって、つまり「自覚の有る無しに関わらず、物語を欲している人たちの話」なのだろう。そして、歌舞伎町や、歌舞伎町を拠り所として生きている人間たちは「物語が無い世界であり、自分の物語がない人たちである」と。

    前半45分、休憩20分、後半100分という、いびつな時間配分での上演なのだが、これも「物語」というテーマ上、意図的に設定されたものだろう。
    前半で、不可抗力による殺人事件(実は死んでないことが後半に判明する)が起きることでストーリーが展開していくため、その事件が起きるまでが前半、いわば序章であり、後半は事件を契機とした登場人物たちそれぞれの、「物語」をめぐる話へと発展していく。いわば本編は後半なのである。

    前半で厄介な酔っぱらいのオッサンを演じ、死んだと思い込まれてしまう、ほっしゃんこと星田英利さんが、後半、前半にとった行動のひとつひとつに意味があったことを感じさせる場面があり、悲哀を感じさせる良い芝居を見せる。(さらにその後、このオッサンは、理由がはっきりしないまま歌舞伎町のビルから飛び降り自殺をするという衝撃の展開!)
    一方、この舞台の主人公である岡田・峯田の同級生コンビ(といっても、この日に歌舞伎町の風俗店で高校卒業以来の再会をした、特別仲が良い訳でもない二人)は、「ドラマ」の主人公に憧れる売れない俳優と、人生に「ドラマ」を求める売れないミュージシャン、という設定だが、ひょんなことから殺人を犯してしまうことで、生を実感したような錯覚に陥ったものの、後半では、死んだと思っていたオッサンが生きていて、しかも偶然オッサンと再会して、オッサンがその日の出来事を振り返ってしみじみと語ることで、結局、岡田・峯田は主人公ではなく「ただオッサンの物語の脇役に過ぎなかった」ことを自覚させられてしまうあたりの展開が上手い。

    また、前半と後半を橋渡しする役割として登場する、寺島しのぶさん演じるスナックのママ(オッサンの元妻)が、商売トークの合間に巧妙に本音トークを織り交ぜる感じとか、適当にいい加減にあしらう感じも上手い。

    しかし、峯田さん演じる今井伸二の「売れないミュージシャン」はともかく、岡田さん演じる菅原裕一の「売れない俳優」は若干の無理があるだろう。
    それは「岡田さんのビジュアルで売れないってどういうことよ?」ということではなく、「あんなにクズ男な性格で、役作りとか勉強とか全くしてなさそうなのに、ちょい役で映画に出て3万もらうってあり得るの?日本の芸能界ってそんな感じなの?」と。

    あと個人的には、ドラマとして観ることを差し引いても、岡田さんはやっぱりキレイ過ぎる気がするし、逆に峯田さんは、ドラマとして観るには少し汚れすぎてるというか、リアルにクズ男すぎる気もする。顔とか演技とかだけじゃなくて、持ってる雰囲気とかも含めて。
    三浦作品はやっぱり、裸になる以上にさらけ出す感じなので、根っこの部分とか、普段の生活とかも、相当影響してくるわけで、そのあたりがベストキャスティングだったかどうか、疑問が残る。
    これは、バランスの問題なのかもしれない。岡田将生さんと峯田和伸さんでは、ちょっと釣り合いを取るのが難しいというか、岡田さん寄りでキャスティングするならば、今井役ももう少しキレイめなほうが良いし、峯田さん寄りでキャスティングするなら、岡田さんではキレイすぎる。
    二人とも、「ホントに空っぽで何も考えてないんだろうな」という虚無感は上手いし、岡田さんは新境地的な演技ではあるのだけど。

    菅田将暉の「まちがいさがし」(と、あいみょんの「マリーゴールド」)が、劇中でも歌われ(流れ)、作品テーマとオーバーラップする。
    また、ラストで、彼女にも捨てられ、自暴自棄になり歌舞伎町の路上で寝転がって暴れだす菅原の様子を、今井がスマホで撮影するのだが、その映像が舞台奥に大写しになるところは、メタシアターとかブレヒトを少し想起させ、「ドラマ」を求めるドラマ、という枠組みだったことが端的に表現されていた。

    客席は、緊急事態宣言以降チケット販売をストップしたためか、7割くらいの入りだった。そして圧倒的に女性客が多い。


    COCOON PRODUCTION 2021
    『物語なき、この世界。』
    作・演出 三浦大輔

    岡田将生 菅原裕一
    峯田和伸 今井伸二
    柄本時生 田村修
    内田理央 鈴木里美
    宮崎吐夢 風俗店 店長
    米村亮太朗 警察官
    星田英利 橋本浩二
    寺島しのぶ 橋本智子
    日高ボブ美 風俗嬢(キャバ嬢2)
    増澤璃凜子 キャバ嬢1・3
    仁科咲姫 キャバ嬢1・3
    有希 OL

    美術 愛甲悦子
    照明 三澤格史
    音楽 井筒昭雄
    音響 中村嘉宏
    衣装 小林身和子
    ヘアメイク 河村陽子
    映像 冨田中理
    擬闘 六本木康弘
    演出助手 山崎総司
    美術助手 岩本三玲
    舞台監督 齋藤英明
    演出部 小見山実侑、三上洋介、中瀬古靖、小野寺栞、渡辺純平、渡邊圭悟、畑久美子
    照明操作 前田奈都子、長野ちひろ、鳥居春歩、松井義之、橋野明智
    音響操作 佐藤こうじ、今里愛、野中祐里
    衣装アシスタント 岡田梢
    衣裳進行 伊藤優理、秋山友海
    ヘアメイク進行 野林愛
    ヘアメイク協力 小畑央
    映像操作 菊地沙耶
    制作助手 坂井加代子、加藤恵梨花
    大道具 C-COM舞台装置(伊藤清次)
    機構 美鈴工業(渡部貴浩)
    背景 美術工房拓人
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    電飾 コマデン(福富健司)
    運搬 マイド
    音響協力 Sugar Sound、高橋真衣

    楽器協力 三響社
    衣装協力 Zoff、ABC-MART、VANS、SUIT SELECT
    コスメ協力 チャコット、DaB
    映像協力 インターナショナルクリエイティブ(神守陽介)
    装飾協力 東宝映像美術(近藤紗子)
    協力 ライティングカンパニーあかり組、ワンミュージック、Vitamins、SELFiMAGE PRODUKTS、Roots、渋谷ステージセンター
    法務アドバイザー、骨董通り法律事務所(福井健策、岡本健太郎)
    宣伝美術 永瀬祐一
    宣伝写真 加藤アラタ
    宣伝スタイリスト 森保夫
    宣伝ヘアメイク 岩下倫之、千葉美智子
    宣伝広報 る・ひまわり

    東京公演主催 Bunkamura
    エグゼクティブ・プロデューサー 加藤真規
    チーフ・プロデューサー 森田智子
    プロデューサー 松井珠美
    制作 武内純子、青山恵理子
    制作助手 藤崎晃雅
    票券 青木元子
    劇場舞台技術 野中昭二、濱邉心太朗、仙浪昌弥
    京都公演主催 読売テレビ、サンライズプロモーション大阪
    企画・製作 Bunkamura

    2021年7月11日〜8月3日 Bunkamuraシアターコクーン
    2021年8月7日〜8月11日 京都劇場

  • KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『未練の幽霊と怪物 ―「挫波」「敦賀」―』@穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
    【2021/6/29 19:00〜21:05(途中15分間の休憩あり)】

    KAATでの公演は、キャパシティの小さい大スタジオだったこともあり早々に完売し、連日、当日券は3時間以上前から並ばないと買えないほどだったとか。
    リピート観劇の声も聞かれ、知人からの薦めもあり、豊橋公演ではまだチケットが買えたこともあり、こちらで観劇。
    上演時間は途中休憩込みの125分で、カーテンコールは盛り上がって4回。

    能の様式を取り入れた演出、というか、ほぼ「能」だ。ステージ中央に白いリノリウムで覆われた主舞台があって、下手側には主舞台と舞台袖をつなぐ「橋がかり」、主舞台の奥にはいわゆる「囃子方」である演奏者が数名いて、主舞台の上手には「ひとり地謡」である歌手。
    まずワキが登場して物語の概要を伝えると、前シテがやって来て、やがて「近所の人」であるアイと入れ代わり、最後には後ジテが登場してたっぷりと思いの丈の舞を披露…みたいな。
    なお、「挫波」も「敦賀」もほぼ同じ手法を繰り返すので、観客はいわば「同じ演出の2作品を続けて観る」ことになる。
    「挫波」はシテが森山未來、観光客であるワキが太田信吾、近所の人であるアイが片桐はいり。「敦賀」はシテが石橋静河、旅行者であるワキが栗原類、近所の人であるアイが片桐はいり。

    ステージにおける主舞台がそれほど広くないのだが、これはKAATの大スタジオサイズだからだろう。PLATの主ホールでは空間を少し持て余し気味で、その影響のためか音響環境はいまいち(小屋が大きすぎて残響がありすぎるのか、セリフと演奏のバランスが良くない箇所がいくつか)。
    主舞台上空には、主舞台と同じサイズとおぼしき天井が吊られ、天井は白い明かりを放っている。
    客電は基本的に点いたままで、暗転になるのは全てのラストの1回のみ。その時に非常灯をチカチカ点滅させたのが印象的。
    こういった、装置や色味がシンプルな演出は、個人的偏見もあると思うが、少しヨーロッパ的な匂いを感じる。(蛍光灯っぽい白い明かり、とか、ブラックボックスに白いリノリウム、とか)

    登場人物たちの動きはいわゆる「チェルフィッチュ」的なのだが、僕の目には、動きの質に2種類の違いがあるように映った。
    ひとつは、語る内容とは無関係の、その人の無意識の癖的な動きを増幅させたような質感。
    もうひとつは、語る内容の説明ではないのだけど、語る内容から連想されるような、セリフと共鳴するような質感。
    後者の場合は、宮城演出の二人一役時のムーバーの動きの質にかなり近いと言える。

    今回の出演者では、片桐はいりさんと石橋静河さんはその「セリフ共鳴系」、森山未來さんはそこからの進化系で、よりコンテンポラリーダンスに振り切った「アートまっしぐら系」、ワキのふたりは「日常無意識の癖系」に映った。あくまで個人の主観だが。
    ただ、いずれの場合も、コトバとカラダが切り離される状態で、セリフを語りながら動いており、その意味では皆「ひとり二人一役(まぎらわしいw)」とも言える。そして、シテの動きが多様になる時、セリフはシテ自身から七尾旅人さんの地謡へとバトンタッチする印象で、ここはまさに「二人一役」。

    演奏は、もちろん現代的ではあるものの、音色などはどことなく鼓の音や笙の音などを連想させる、雅楽っぽさを醸し出す部分もあり。(すべてが生演奏というわけではなく録音と生演奏のジョイントなどもある。)
    七尾旅人さんの歌は、エフェクトをかけたり、フレーズを繰り返したりと、どことなくSPACのコロスセリフっぽく聞こえるところもあり。(SPAC関係者用語で言うと「ひとり対位法」「ひとりタペストリー」的なw)

    先に述べた動きのテイストや、聞こえてくるセリフのリズム感とかも相まって、なんだろう、作品全体としてすごく「SPACが(宮城演出が)やってることをもっと現代受けする感じの若い感覚でやると、こうなるのかも」と思えたのが印象的。
    (余談だが、『敦賀』で後ジテの石橋静河さんが遠心分離機のように回転するところなどは、SPAC『オセロー』でのラストで美加理さんが回転するようであり、作品のそこかしこから受ける既視感たるや!w)

    「挫波」とは「ザハ・ハディド氏が設計した、幻となった新国立競技場」であり、「敦賀」とは「一度も運転することなく廃炉への道を辿ることになった、敦賀市に建てられた高速増殖炉もんじゅ」のことであり、どちらも「日本の政治経済界のお偉方たちが見ていたであろう夢の、潰(つい)えた姿」と言える。
    成仏できることなく未練を残した、かつての夢が、どうして「志し半ば状態」を迎えなくてはならなかったのか、ということについての考察のような舞台。そしてその考察を、観客にも観劇しながら思考させるような、そういう余白の多い作品。

    日本から出された諸条件を元に設計したザハ案が、国際的にももてはやされ、それを目玉にオリンピック招致を勝ち取ったのに、いざというところでちゃぶ台返しにされてしまった経緯はなかなか興味深く、「ザハ案を反故にした日本への国際的評価と、ザハ案を実現させなかったもったいなさ」という点で考察しても非常に面白い。

    「もんじゅ」もまた、日本の技術力の不甲斐なさとか、夢を見させられて絶望させられた地元民の想いとか、エネルギー問題が抱える闇の深さとか、そういう視点から問題を捉え直した時にジワジワ来る後味の悪さも、興味深い。

    ただ、舞台作品としては個人的にはそこまでハマらず。
    しかし、扱った作品の題材、森山・石橋両氏の肉体の興味深い動き、演奏者とのセッション的な「即興風のセリフと動き」を見せた片桐はいりさんなど、作品全体に冴えは感じられた。

    また、能は夢うつつな感じで心地よく寝落ちしてしまう瞬間があるが、今回の舞台でもそういう「瞬間的に落ちてしまう」ことが何度かあり、それも含めてやはり「現代能体験」だったと言える。


    KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
    『未練の幽霊と怪物 ―「挫波」「敦賀」―』
    作・演出 岡田利規

    出演
    森山未來
    片桐はいり
    栗原類
    石橋静河
    太田信吾
    七尾旅人(謡手)

    演奏
    内橋和久
    筒井響子
    吉本裕美子

    音楽監督 内橋和久
    美術 中山英之
    照明 横原由祐
    音響 佐藤日出夫
    衣裳 Tutia Schaad
    衣裳助手 藤谷香子
    ヘアメイク 谷ロユリエ
    舞台監督 横澤紅太郎
    プロダクション・マネージャー 山本園子
    演出部 高梨智恵美、川上大二郎
    照明部 佐藤綾香、山森栄治
    音響部 稲住祐平、新妻佳奈
    衣裳部 秀島史子
    美術助手 三島香子、堀場陸
    大道具製作 オサフネ製作所、丸八テント商会
    背景 美術工房拓人
    面製作 ゼベット
    運搬 マイド
    宣伝美術 松本弦人
    宣伝写真 間部百合
    宣伝ヘアメイク 廣瀬瑠美
    広報 森明晞子
    営業:大沢清
    票券:金子久美子
    制作 林有布子、小田未希、小森あや
    プロデューサー 小沼知子

    機材協賛 Roland
    協力 precog、スターダストプロモーション、エヴァーグリーン・エンタテイメント、Plage、デューズ、スペースシャワーネットワーク、TASKO inc.、中山英之建築設計事務所

    企画製作 KAAT神奈川芸術劇場
    助成 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業) 、独立行政法人日本芸術文化振興会(豊橋公演)
    後援 横浜アーツフェスティバル実行委員会(神奈川公演)

    2021年6月5日〜6月26日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催 KAAT神奈川芸術劇場
    2021年6月29日・6月30日 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
    主催 公益財団法人豊橋文化振興財団
    共催 豊橋市
    2021年7月3日〜7月4日 兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール
    主催 兵庫県、兵庫県立芸術文化センター

  • KAAT DANCE SERIES 2020『星の王子さま―サン=テグジュペリからの手紙―』@KAAT神奈川芸術劇場 ホール
    【2020/11/11 19:00〜21:00(途中20分間の休憩あり)】

    声による表現と歌はあるが、セリフはなし。そのため、物語の展開が動きと音のみで表現される。
    たとえば「バラ」も、「花だということは分かるが、薔薇かどうかまでは舞台では分からない(もちろんパンフレットを買えば役柄も分かるし、あらすじやシーン構成も載っている)」みたいな感じではあるが、原作をよく知らなくても、たぶん楽しめる。僕も原作を読了していない身だけど、純粋に面白い舞台だった。

    生演奏を交えた阿部海太郎氏のエッジのある音楽、ヤワフワ(柔らかでフワフワ)感あふれるひびのこずえ氏の衣裳、抽象性でムダ無しの日比野克彦氏の舞台美術。「ザ・森山開次」的な、ある程度、舞台の様子をイメージし得る作品ではあるけれど、それがまた期待を裏切らない。それぞれの分野のプロフェッショナルによるマリアージュ。
    音楽の音色と構成、動き、衣裳…などなど、舞台上で繰り出されるものが全て、予想の斜め上を行く演出。とにかく、観ていて、聴いていて、楽しい。
    (そして、それはつまり、「予算があるってほんと素晴らしい」ってことw)

    あらゆるものが美しくカッコいい舞台。坂本美雨さんの声色、円形舞台の外周をピルエットしながら一周する酒井はなさんの軽やかさ、森山開次さんの身体のシルエット、ダンサーのアンサンブルの動き、などなど。挙げればキリなし。
    丸くカットされた紗幕もキレイだったし、夕日をイメージした球体風の小道具もキレイだったし。照明の色の使い方もキレイだったし。もう一度、細部を観たくなる。

    出演者は皆さんホントに良いのだけど、キツネの島地さんはやっぱり動きが秀逸。(新国立劇場での『イヌビト』のときの犬の動きもそうだったけど)
    あと、エンディングでポワントで踊り、そのまま緞帳が降りきるまでポワントで立ち、踊り続ける酒井さんも印象的。
    もちろん、蛇の森山さんは言わずもがな。動いているなかでのちょっとした静止の身体が素晴らしすぎる。

    上演時間は、途中休憩20分を含む2時間。客席は千鳥配置。客席の割合として子どもが多かったのが印象的。客入れと終演後に流れる、出演者によるものと思われるアナウンスがとっても良い。
    カーテンコールはトリプルで、最後は客席の半分くらいがスタオベ。コロナ禍で遠慮した客が多いと思われるが、若干、ブラボーの声も飛んでた。

    地下鉄最寄り駅の日本大通り駅では、出演者のビジュアルパネル展示も。森山さんの隣で、同じポーズで写ってみたい。

    ハードなスケジュールの合間にわざわざ行くべきか悩んでの観劇だったけど、でも良かった。たくさん刺激をもらった。
    あと、感染防止対策は移動時も含め、かなり注意したつもり。「これで感染するんなら、もう何やっても感染するよ」というほどにw


    KAAT DANCE SERIES 2020
    『星の王子さま―サン=テグジュペリからの手紙―』
    演出・振付・出演 森山開次

    出演
    アオイヤマダ 王子
    小尻健太 飛行士
    酒井はな バラ
    島地保武 キツネ、王様、他
    森山開次 蛇、地理学者、他
    坂本美雨 コンスエロ
    池田美佳 ヒツジ、渡り鳥、点灯夫、バラたち、他
    碓井菜央 ヒツジ、渡り鳥、バラたち、他
    大宮大奨 呑み助、飛行隊、他
    梶田留以 夕日、渡り鳥、バラたち、他
    引間文佳 ヒツジ、渡り鳥、点灯夫、バラたち、他
    水島晃太郎 うぬぼれ屋、飛行隊、他
    宮河愛一郎 実業家、飛行隊、他

    美術 日比野克彦
    衣裳 ひびのこづえ
    音楽 阿部海太郎
    演奏 佐藤公哉、中村大史
    照明 櫛田晃代
    音響 加藤温
    ヘアメイクプラン 赤松絵利 (ESPER)
    演出助手 美木マサオ
    振付助手 梶田留以
    舞台監督 鈴木康郎
    舞台監督補 仙谷昌洋
    舞台部 岸京子、熊木進、川上大二郎
    照明部 溝江郁、成久克也、若狭裕美子、奥出利重子、清水典子
    音響部 遠藤瑶子、竹田雄、中村香澄
    衣装デザイン助手 湯本真由美(ひびのこづえ事務所)
    衣裳部 奈須久美子、本田直美
    ヘアメイクプラン助手 伏屋陽子(ESPER)
    Scenic Art 美術工房拓人
    衣装製作 山本淳一、秋山芳江、粕谷真由美、山本明日香、川井歩実
    ヘアメイク協力 ESPER
    運搬 マイド

    広報 森明晞子、雪原渚
    営業 大沢清
    票券 金子久美子
    制作 小森あや(TASKO inc.)、佐藤梓、加藤夏帆(TASKO inc.)
    プロデューサー 小沼知子
    プロダクション・マネージャー 安田武司、山本園子
    事業部長 堀内真人
    アーティストマネージメント オフィスルウ、OiP、長岡文子、FMG
    宣伝美術 サン・アド (AD ナガクラトモヒコ、Pr 守屋その子、Ph 上原勇)

    2020年11月11日〜11月15日 KAAT神奈川芸術劇場 ホール
    主催 KAAT神奈川芸術劇場
    後援 横浜アーツフェスティバル実行委員会
    2020年11月21日 まつもと市民芸術館 主ホール
    主催 一般財団法人松本市芸術文化振興財団、MGプレス
    後援 松本市、松本市教育委員会
    2020年12月5日・5日 京都芸術劇場 春秋座
    主催 学校法人瓜生山学園 京都芸術大学 舞台芸術研究センター(旧名称:京都造形芸術大学)
    2020年12月12日 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
    主催 兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
    文化庁文化芸術振興費補助金(劇場、音楽堂等機能強化推進事業)
    独立行政法人日本芸術文化振興会

  • 鳥公園♯15『終わりにする、一人と一人が丘』@東京芸術劇場 シアターイースト
    【2019/11/23 14:00〜15:45(途中休憩なし)】

    例に挙げる作家や劇団をそこまで詳しく知らないので、本当に、全くのイメージでしかないが、「ウィリアム・バトラー・イェイツ」と「チェルフィッチュ」を足して2で割り、そこに「マームとジプシー」風味をちょっとまぶしたような、そんな舞台だと思った。上演時間は休憩なしの1時間45分。

    とりあえず、一般的な演劇とは異なる作風で、「心象風景」というか、「自分の頭の中を覗く別の存在がいる」というか、「誰が私で、誰が私じゃないのかが曖昧」というか。とにかく非常に散文詩的。
    日常的な会話も出てくるのだが、モノローグもかなりの頻度で出てきていて、そこに関しては、もはやセリフというよりはポエムに近い。いや、もっと理系的なイメージだ。
    そして、かなり緻密に練られて書かれた台本が存在するのだろうけど、観ている側からすれば「かなり書き散らした戯曲」という印象。それも、広告の裏だったり、ノートだったり、砂の上だったり……みたいに、あっちこっちに書き散らしている印象。「思い浮かんだときに、思い浮かんだことを、その場の何かにメモしている、自分だけが分かればいい書き方で」、そんな感覚に近い。

    言葉を発する主体もまた、実態があるのか無いのか……みたいな感じで、たぶんわざと、不確実・不確定な要素を盛り込んでいて、いろんなことが確証を得られないまま観劇している感じ。もはや、眼前の舞台を、ただただ、眺めているしか術はない。
    うーん、作品世界をうまく形容できない(笑) いちおう、話の本筋はある。ただそれが、一筋縄では展開していかない感覚。

    出演者たちの衣裳は、ストッキングのような透け素材の全身タイツ風なもの。ただし、その下には、アンダーウェアなどを身に着けている。一人だけ(男性)普通の洋服(ただし、下半身はアンダーウェアに靴下という間抜けな感じ)。
    劇の後半、「ひとりの女性が全身タイツ風なものも、アンダーウェアも全て脱ぐ」という場面があって、全てを脱ぐことが、作品において重要な要素を担っており、その女性は舞台上で全裸になる。

    もちろん、それはいいのだが、僕が気になったのは、先のパンツ男性だ。彼は、劇の冒頭から2〜3回、入浴場面があったのだが、その場面では全部脱ぐし、それ以外では全身タイツ風衣裳を着ることはない。彼は作品世界において、ほかとは違う異質な存在であることを印象づけられていた。
    ただ、腑に落ちないのは、彼は、全部脱ぐときは常に、局部だけは自分が着ていたTシャツでしっかりと隠していたことだ。これは、女性が全裸になったときでさえも。
    男性も一糸まとわない姿になるべきじゃないかと思うのだが。 その方が、演出意図が明確になる気がする。なまじ隠していたために、別の意味が付いてしまったように思う。男性が、女性に対して「脱いでないじゃん」的なセリフで、女性は全身タイツ風な衣裳を脱ぎさる(ことができる)のだが、そこで男性は隠したままだと、「脱ぐ」ことの意味が違ってくるように思う。「さらけ出す」という意味合いなら、男性は劇の最初から「さらけ出せる」存在だったと思うのだが。
    あるいは、「男性は、全身タイツ風なものは身に着けていないので、一見するとさらけ出しているように見えるが、やっぱり出しきれない部分があって、その意味では一番、往生際が悪い存在。一方、女性の方が、きっかけさえあれば、いとも簡単に自己を解放することができた」という意味なのか。

    出演者は、それぞれに別の活動拠点がある人たちと思われ、つまりは「身に着けてきた演技観」がバラバラなのであるが、そのことが、この作品においてはあまりプラスには働いていないのかな、という気がした。「俳優と言葉の距離の取り方」、別の言い方をすれば、「発語するときの身体性」が、揃っているか、もしくは、感覚が近しい俳優で創るほうが、演出家のやりたい事を体現しやすいタイプの作品だと思った。そもそも、俳優に要求されていると思われる事が高度で、それに特化した俳優を育てて、作品を創るべきではなかろうか。
    おそらくは、演出家が一本釣りで俳優たちに声をかけて集めたのだと思うが、やはり俳優の素地の違いが、舞台でのたたずみ方や、発語の仕方に出る。例えば、語尾を若干伸ばして喋る俳優と、きっちり言葉を置くように語る俳優と。リアルな日常会話が得意な俳優と、それが不得手な俳優と。フォーカスの取り方が甘い俳優と、しっかりと定める俳優と。
    こうなってくると、なんだか様式が違っているように感じられ、作品の性質上、そのことが気になって仕方なかった。同じ場面で会話してるのに、ふたりが別の演技スタイルだと違和感しかない(そこまで大きくは違わないのだが、それぞれの優先順位が違うんだろうな、という気はする)。

    実は観劇中、ずーっと作品世界に入っていけなくて(役というより作品に、共感できる感覚が皆無で)、ただただ眺めているしかなかったのたが、ラストシーンで、なぜかは分からないが、しっくりきた。収まりが良かったというか、相変わらず分からないんだけど、腑には落ちた。
    全裸になった女性は、普通のワンピースを着て、もう全身タイツ風衣裳は身に着けていない。表情もこころなしか晴れ晴れとしている。そこで語り出す。正直、語った内容は覚えていない。でも、自信を持って語ることが出来るその姿勢、というか、脱皮したような感覚には、説得力があり、それだけは強く印象に残った。(ただ、それを見せるためだったとしたら、1時間45分は、少し長く感じられた)


    鳥公園♯15『終わりにする、一人と一人が丘』
    作・演出 西尾佳織

    石川修平(劇団俳優座)
    菊沢将憲
    鳥島明(はえぎわ)
    花井瑠奈
    布施安寿香(SPAC)
    和田華子(青年団)

    舞台美術 中村友美
    音響 中村光彩
    音響操作 秋田雄治
    照明 中山奈美
    照明アシスタント 須賀谷沙木子
    衣裳 清川敦子(atm)
    舞台監督 熊木進
    ドラマトゥルク 朴建雄
    演出助手 島村吉人(人の味)
    宣伝美術 鈴木哲生
    制作 古川真央、谷陽歩、神林遥(syuz’gen)

    当日運営協力 菅井一輝(officecassini)、久保田紗生、藤田侑加、syuz’gen
    提携 公益財団法人東京都歴史文化財団、東京芸術劇場
    助成 公益財団法人セゾン文化財団
    協力 城崎国際アートセンター(豊岡市)、劇団俳優座、はえぎわ、エスアーティスト、SPAC-静岡県舞台芸術センター、青年団、六尺堂、atm、人の味、officecassini

    本公演
    2019年11月21日〜24日 東京芸術劇場 シアターイースト
    試演会
    2019年10月20日 城崎国際アートセンター (KIAC)

  • KUNIO15『グリークス』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2019/11/21 11:30〜21:40】
    〈第1部〉11:30~14:30(途中10分間休憩2回あり)
    〈第2部〉15:00〜17:35(途中10分間休憩2回あり)
    〈第3部〉18:30〜21:40(途中10分間休憩2回あり)

    10本のギリシャ悲劇を、時系列に沿って、ひとつの長大な物語に再構成した、全三部構成の舞台。イギリスの演出家ジョン・バートンと、翻訳家ケネス・カヴァンダーの共作。日本では、2000年に蜷川幸雄演出で上演されたものが有名(手元に当時の公演パンフレットも戯曲もあるが、舞台は未見)。
    上演時間は、各部とも3時間前後で、通しだと10時間超になる。今回は11時30分に第一部が開演で、終演は21時40分。(一部と二部の間は休憩が短く、二部と三部の間が50分の休憩になっていて、このタイミングで夕食を摂れるようになっている。)
    ちなみに、10本のギリシャ悲劇の内訳は順に、アウリスのイピゲネイア(エウリピデス作)/アキレウス(ホメロス作)/トロイアの女たち(エウリピデス作)/ヘカベ(エウリピデス作)/アガメムノン(アイスキュロス作)/エレクトラ(ソフォクレス作)/ヘレネ(エウリピデス作)/オレステス(エウリピデス作)/アンドロマケ(エウリピデス作)/タウリケのイピゲネイア(エウリピデス作)。

    元々のギリシャ悲劇に比べ、まず、女性の視点で再構成されているために「女性たちの物語」になっている。さらに、元のギリシャ悲劇の戯曲よりもコロスの様式性が弱まり、「まわりくどい感じ」や「重厚さ」は無くなっている。
    この2点を、どう演出に組み込んでいくか、というのが、『グリークス』を上演する際のポイントになるかと思われる。

    今回の舞台は、その2点を考慮した演出になっていたと思う。特に、ギリシャ悲劇における様式性とは別のアプローチでの様式(歌やラップ、女子会的なノリでのおしゃべり、など)を、コロスのセリフに持ち込み、それがハマっていたと思う。それらひとつひとつの選択が、好きかどうかは別として。
    そして、そのコロスたちの女性陣が、とても良かった。かなり出番が多く、場面の状況を見守るような、喋らず、ただ居るだけの場面も結構多いのだが、そこでの絵の作り方や、場での反応、もちろんセリフも含め、大変よく稽古された跡がうかがえ、生半可なプロデュース公演とは異なる感じがした。
    ギリシャ悲劇はやはり、どんなにメインの役者が良くても、コロスが残念だと作品の質がガタ落ちする。逆に、多少メイン級がイマイチでも、コロスが一定のクオリティを保っていれば、充分に観ていられる。そういう意味で、今回のコロスを担う女性陣は、作品の完成度を底上げするのに、大きな役割を担っていたように感じられた。

    一方、名のある役を演じる俳優たちには、個人的には少々不満が残った(特に男性陣)。全体的に「わめく」「叫ぶ」「吐き出す」系のセリフが多く、言葉があんまり生きていないように感じた。「呼吸と言葉が一体化しすぎている」というか、「言葉が肉体化されすぎている」というか、つまりは、「言葉」や「響き」の可能性が、殺されすぎているように思った。コロスたちのほうが、言葉の世界が豊穣だったし、耳にも入ってきやすかった。
    おそらく、感情や気迫を乗せて喋るほうが、たぶん本人は充実感があって、より語っている気分になる。それに、そうしないと、身体の中も、場の空気も、空虚に感じられるのかもしれない。特にギリシャ悲劇なんか、長いセリフが多いし、状況が特異なことが多いし、そんなわけで、感情の起伏をつい、必要以上に付けてしまいがちだ。
    でも、たぶんそれは違っていて、本人が何かで満たされているからといって、舞台上も満ちるとは限らない。本人の感覚とは裏腹に、場は空虚になっている可能性も、意外と捨てきれない。だから、「もっと『虚しさ』を感じながら演じていてもいいのにな」と、思いながら観ていた。
    それは別に「力を抜け」ということではなく、「感情MAXの全身全霊で語るには、相当の力量が要る」というか、やみくもに、声を荒げたり、感覚を吐き出しながら言葉を乗せても、そんなに観客には響かない、ということだ。もちろん、「熱演しかない」という場合もあるのだけど、それは「感情・感覚任せでいい」ということとは少し違う気がする。そういう瞬間もあっていいけど、今回は全体的に、その割合が多すぎた。
    僕はもっと「言葉を聴きたかった」のだと思う。「語ること、から脱却する」のが演出意図だったのかもしれない。が、だとすると、見せ方に、もうひと工夫欲しかったかな、と。

    あと、衣裳(特に男性の)が、全体的に生地が薄くて安っぽいのはいいのか、と。サテンとかレーヨンとかビニール系が多く、ツルツルペラペラで、軽くて動きやすいのだろうけど、重厚感皆無だし、動きのシルエットや、ドレープの分量もあんまり綺麗じゃない。女性たちの衣裳が割と成功しているだけに、余計惜しまれる。
    照明は非常に凝っていて、当て方ひとつにしても、面白かったり、キレイだったり、なかなか良かった。ムービングの多用も、効果的だったと思う。

    演出に関しては、オープニングの茅ヶ崎とか、時々、「ん?」というところもあったが、総じて集中力高めの、エネルギーを感じる舞台だったと思う。
    第一部は、割りと現代的な感覚が多く、物語の始まりだからか、お祭り感もある。第二部は、内容的にヘビーになる分、憎悪渦巻く系のセリフが多くなり、演出的にはややオーソドックスで、若干ネタ切れ感も。第三部は、紙芝居的な場面の切り替えや、ラストの大団円など、個人的には最も見どころがあるように感じたが、それまでを観ていてこその第三部なので、第三部だけを観ても楽しめるかどうかは怪しい。
    あと、ある程度のギリシャ悲劇知識があっても、やはり膨大な人物や神が(セリフ中に)出てくるので、やや詳細なあらすじを、頭に入れてから見るほうが、「それって誰だっけ?」とか考えなくて済む。(人物相関図は配布物に入っているが、詳細なあらすじは無い)

    そして、最後まで観て思うのは、「壮大な前フリによる、イピゲネイアとオレステスの再会物語」だな、と。この姉弟の再会がクライマックスというか、「ここを見せるための9時間」というか。へカベの嘆きとか、クリュタイムネストラとエレクトラの対立とか、ヘレネとメネラオスの再会とか、観ているときは、なかなかドラマティックに感じていたのだが、「イピゲネイアとオレステスの再会」がすべてをかっさらっていく(笑) まあ、そもそもの物語の発端が「生贄として殺された(と思わせる)イピゲネイア」にあるので、そりゃそうなんだが。
    それにしても、オレステスはいい役だなー、と。『エレクトラ』単体でのオレステスって、そこまで魅力を感じないけど、ラストまでの流れで観ると、オレステスって演じ甲斐があるというか、役者冥利に尽きる役だなと、個人的には思う。

    最後に、SPAC関係の見どころを(個人的観点だが)。
    本多さんは確かに、第一部が1番出番が多いのだが、第三部のテティスは短いながらも非常に好演技だし、第二部のコロスは、ある意味「コロスの長」的なポジションで、他の共演者より頭1つ抜け出ていて見逃せない。おそらく、他の出演者より勝る「コロス経験の豊富さ」が、いかんなく発揮されている。
    河村さんは、コロスでの出番がほとんどだが、「ちょっと低めのアルトっぽい声質」が、コロスの中で非常に生きていて、埋没することなく、いい意味で目を引く。何より、コロス全体が良いので、「そこに入っている河村さん」というのが、俳優仲間としては非常に誇らしい。第三部の彼女の持つ小道具は、各方面で反響を呼ぶことだろう(笑)

    休憩の過ごし方に関しては、食事は、外に出かけて食べるにはややタイト。あらかじめ持っていくか、当日予約でホットサンドを事前注文できるので、それにするか。飲み物は、贅沢を言わなければ、ロビーに用意されている(水、お湯、ティーバッグなど)。

    しかし、第三部でしかカーテンコールが無いのは、いいのかな? 通しで観劇することが前提のカーテンコールで、第一部と第二部は、終演後に出演者が登場しないまま、あっさりと終演。一瞬、戸惑う。


    KUNIO15
    『グリークス』
    編・英訳 ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー
    翻訳 小澤英実
    演出・美術 杉原邦生

    第1部
    アガメムノン 天宮良
    老人 小田豊
    クリュタイムネストラ 安藤玉恵
    メネラオス 田中佑弥
    イピゲネイア 井上向日葵
    タルテュビオス 森田真和
    アキレウス 渡邊りょう
    パトロクロス 福原冠
    テティス 本多麻紀
    クリュセイス 河村若菜
    オデュッセウス 池浦さだ夢
    ブリセイス 藤井咲有里
    プリアモス 外山誠二
    ヘカベ 松永玲子
    ポリュクセネ 中坂弥樹
    カッサンドラ 森口彩乃
    アンドロマケ 石村みか
    アステュアナクス 山口光/仲野絵真
    ヘレネ 武田暁

    第2部
    ヘカべ 松永玲子
    ポリュクセネ 中坂弥樹
    オデュッセウス 池浦さだ夢
    タルテュビオス 森田真和
    アガメムノン 天宮良
    カッサンドラ 森口彩乃
    ポリュメストル 箱田暁史
    ポリュメストルの幼い息子 山口光/仲野絵真
    クリュタイムネストラ 安藤玉恵
    老人 小田豊
    アイギストス 箱田暁史
    エレクトラ 土居志央梨
    クリュソテミス 永井茉梨奈
    オレステス 尾尻征大

    第3部
    ヘレネ 武田曉
    メネラオス 田中佑弥
    エウクレイア 河村若菜
    テオクリュメノス(エジプトの王) 箱田暁史
    老兵 外山誠二
    エレクトラ 土居志央梨
    ヘルミオネ 毛利悟巳
    オレステス 尾尻征大
    テュンダレオス 森田真和
    ピュラデス 福原冠
    老人 小田豊
    ニテティス 井上夕貴
    アポロン 天宮良
    アンドロマケ 石村みか
    プシッタラ 森田真和
    クリュソテミス 永井茉梨奈
    テティス 本多麻紀
    アンドロマケとネオプトレオスの息子 山口光/仲野絵真
    ペレウス 小田豊
    イビゲネイア 井上向日葵
    トアス(タウリケの王) 池浦さだ夢
    アテナ 安藤玉恵

    コロス 岩本えり、三方美由起、天宮良、安藤玉恵、本多麻紀、武田暁、石村みか、箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、藤井咲有里、 池浦さだ夢、土居志央梨、河村若菜、毛利悟巳、森口彩乃、井上夕貴、永井茉梨奈、中坂弥樹、 井上向日葵、松永玲子、外山誠二
    兵士ほか 箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、福原冠、森田真和、池浦さだ夢、尾尻征大、安藤玉恵、松永玲子

    音楽 Taichi Kaneko、西井夕紀子
    振付 白神ももこ[モモンガ・コンプレックス]
    照明 高田政義[RYU]
    音響 稲住祐平*
    衣裳 藤谷香子[FAIFAI]
    作詞協力 板橋駿谷
    演出助手 大原渉平、木之瀬雅貴、西岳
    京都公演舞台コーディネイト 大鹿展明
    舞台監督 藤田有紀彦*
    プロダクション・マネージャー 山添賀容子*
    技術監督 堀内真人*
    演出部 石橋侑紀、浦本圭介
    音響操作 江口佳那*
    照明操作 青山恵理子、葭田野浩介
    衣裳協力 臼井梨恵、山道弥栄、永瀬泰生、笹海舟
    大道具製作 C-COM舞台装置
    美術製作 美術工房拓人
    衣裳製作 秀島史子、小山つかさ、中西康子、野澤麻衣子
    運搬 マイド

    宣伝美術 加藤賢策[LABORATORIES]
    文芸 稲垣貴俊
    版権コーディネイト 株式会社シアターライツ
    票券 長川原秀美*
    広報 村上具子*
    制作 河野理絵、前田明子、加藤仲葉、つくにうらら
    KAAT神奈川芸術劇場制作 澤藤歩、鈴木収
    制作統括 横山歩*

    協力 アクトレインクラブ、ウィーズカンパニー、FMG、エンパシィ、岡村本舗、男肉 du Soleil、オフィスPSC、キューブ、魚灯、劇団しようよ、劇団ひまわり、さいたまネクストシアター、CEDAR、シラカン、SPAC-静岡県舞台芸術センター、芹川事務所、てがみ座、ナイロン100℃、中野成樹+フランケンズ、PAPALUWA、範宙遊泳、ファザーズ・コーポレーション、プリッシマ、文学座、MASH、夢工房
    プロデューサー 小林みほ、千葉乃梨子*(神奈川公演)、井出亮(京都公演・京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)
    企画・製作 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc. KAAT神奈川芸術劇場

    *はKAAT神奈川芸術劇場

    2019年11月1日・2日 森下スタジオ【東京プレビュー公演】
    主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.
    助成 公益財団法人セゾン文化財団、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京、芸術文化振興基金

    2019年11月10日 京都芸術劇場 春秋座
    主催 京都造形芸術大学舞台芸術研究センター
    共催 KUNIO/合同会社KUNIO,Inc.
    助成 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会、公益財団法人セゾン文化財団

    2019年1月21日〜30日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.、KAAT神奈川芸術劇場
    助成 公益財団法人セゾン文化財団、芸術文化振興基金

  • 学習院女子大学パフォーミングアーツフェスティバル2019「演出とはなにか」(上演作品『わたしを見つめるもう一人のわたし』)@学習院女子大学やわらぎホール
    【2019/11/3 14:00〜15:00(途中休憩あり/終演後にシンポジウムあり)】

    「同じ戯曲を二人の演出家が競演して、演出という仕事について考えてみる」という企画。ユニークポイントの山田裕幸さんが、企画の趣旨を考慮した上で書き下ろした新作『わたしを見つめるもう一人のわたし』を、青年団/隣屋の三浦雨林さんと、第七劇場の鳴海康平さんが、それぞれ別の俳優(オーディションを開催して選んだとのこと)を起用して競演。上演時間は20分✕2。

    書き下ろされた作品は、場所や人物設定をあまり限定しない、自由度の高い抽象的なもので、企画の趣旨には合っているが、その分、かなり難解で、実験的とも言える作品。
    戯曲というのは、それ単体で作品としての強度や完成度が求められるのが普通だと思うのだが、そう考えると、ちょっと今回の作品は実験色が強すぎたというか、企画に寄り添い過ぎたような気も。「もう少し、企画と関係なく、普通に上演されることを前提に書かれた作品のほうが良かったのではないか」という疑問も少し残る。
    作品は、演出の仕方によって、別役実のような不条理劇にも、北村想やベケットのような脈絡のない会話劇にも、如月小春のようなイメージの連鎖によるポエティック劇にも、どうとでもなり得るような作風。交わされる言葉のやり取りも、会話として成り立っていながら、その真偽は定かでなく、捉えどころのない印象。

    そんな手強い作品に対し、三浦演出は「戯曲でどう遊ぶか」に重きを置いたように見え、音楽的・視覚的な要素でアプローチ。感覚重視な感じ。
    一方の鳴海演出は「会話をどう成立させるか」に重きを置いたように見え、登場人物の言動の動機や目的を、丁寧に積み重ねていた。理屈重視な感じ。
    この差はとっても興味深かった。

    鳴海演出はかなり手堅い仕上がりで、戯曲の魅力を最大限に活かしているかどうかは別としても、「なるほどな」と思わせる説得力があった。観ていて「腑に落ちる」演出。
    三浦演出は、トータルでの説得力にはやや欠けるものの、言葉が立っていて、瞬間瞬間では鳴海演出を上回る部分もあったように思う。響きだったり、イメージだったり、「使われている言葉の面白さ」という点では、三浦演出の勝利か。

    個人的には、鳴海演出のほうが好きかな。明かりの明暗の周期的な変化や、会話に参加していない人物の処理の仕方も良かったし、空飛ぶ船のくだりの処理の仕方や、冒頭の釣竿の音、女1を盲人に設定したのも、「さすが!」という感じ。

    2作品の上演後の、内野儀氏の進行によるトークでは、思いの外「鈴木忠志」や「SPAC」といったキーワードが飛び交い、「普段自分のいる場所がやはり特別な場所であること」を再認識。「日本の演劇を語る上で外すことのできない場所に立っているんだな」と、なんだか、妙なプレッシャーを感じた時間だった。

    ここからはちょっと余談だが、「高校時代に、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』という絵本を、演劇部の男性チームと女性チームに分かれて戯曲化して演出してみる」ということをしたのを、今回、思い出したのだった。

    このとき、男性チームの作・演出を担当したのが僕なのだが、演劇部に置き換えた等身大リアリズム作品になって、くさい青春演劇のような仕上がりになってしまった(笑)
    一方の女性チームは、抽象世界に置き換え、魂の輪廻をめぐる作品に仕上げた。学校の階段を舞台に、「階段を上がってくる/降りてくる」を上手く使った素敵な上演だった。完敗だと思った。

    そのあと、両作品を交換して、別の演出でもう1度仕上げることになった。(ここまでを想定した上で、顧問が提案した企画だった)
    男性チームは、女性チームが書いた抽象世界を、少しリアリズム風の演出も混ぜながら処理した。高校の中庭で、交差点という設定で自転車に乗りながら会話させた。「女性チームとはまるで違う見せ方で別の作品になっていた」と、なぜか褒められた。
    一方の女性チームは、男性チームのリアリズム作品にえらく苦戦したようで、「男性チームで上演されたものと大差ない」と評価された。
    もちろん、一概に男女差は論じられないのだが、今回の企画を見ていて、ふと、そんなことも、思い出した。


    学習院女子大学パフォーミングアーツフェスティバル2019
    「演出とはなにか」
    (上演作品『わたしを見つめるもう一人のわたし』)
    作:山田裕幸
    演出:鳴海康平(第七劇場)/三浦雨林(隣屋・青年団)

    鳴海演出版
    女1:小林愛(第七劇場)
    女2:原田理央(柿喰う客)
    男:森下庸之(TRASHMASTERS)

    三浦演出版
    女1:千葉りか子
    女2:鈴木真理子(SPAC)
    男:鹿野祥平(劇団東京乾電池)

    照明:島田雄峰、佐伯香奈
    舞台監督:古市裕貴
    オーディションヘルプ:水田由佳、吉田雅人

    実行委員長:内野儀
    プログラムディレクター:山田裕幸
    制作進行:一般社団法人ユニークポイント
    当日運営:国際文化交流演習(演劇)履修者

    主催:学習院女子大学

    2019年11月3日 学習院女子大学やわらぎホール

  • カンパニー ルーブリエ/ラファエル・ポワテル『When Angels Fall / 地上の天使たち』@世田谷パブリックシアター
    【2019/10/18 19:30〜20:40(途中休憩なし)】

    機械化されたディストピアを舞台に、希望を求めて立ち上がろうとする人々を描いた作品。日本語の「七転び八起き」ということわざに触発されて生まれた作品だそう。
    アクロバティックな、いわゆる「ヌーヴォー・サーカス」的な舞台。セリフは無し。出演者6名の身体で見せる。上演時間70分。
    客席は老若男女さまざまだが、後方には空席が目立つ。東京でこの良作品やっても埋まらないんだったら、日本の文化に未来は無いと思いますけど……

    個人的には、チラシやタイトルから勝手に想像していた、ファンタジックでほんわかしたイメージのものとは違い、コンテンポラリーダンス要素が強く、大掛かりなアクロバティック作品だったのだが、これはこれでとても面白かった。要所要所で、ニヤカムさん的だったり、小野寺さん的だったり、近い身体感覚の動きもある。
    作品としては、1つのストーリーがあって、そこにちょっと笑えるような小ネタが挿入されたり、ちょっと脱線したり、でも、メインのストーリーのドラマはしっかり展開していく、という構成。

    ラストは、中心を支点に吊り下げられた巨大な一本のトラスが、出演者の動きによって舞台上空をグルグル回り、そこに人が乗って更に回り、シーソーよろしくグッと片側を押し下げ、乗っていたディストピアからの脱出者が天に昇っていく……みたいな終わり方。
    まあ、いろいろな場面が見ものなのだけど、ラストのトラスが、前方客席には風圧が来る分「おおーっ……!」ってなる(笑)

    出演者の中に1名、衣裳スタッフの年配女性がいるのだが、この人が入っていることもすごく良かった。決してメイン級の扱いではないのだが、他の身体が効く5人と同じようにアンサンブルの動きをしていて(もちろん、派手な動きの時には入っていない)、それがちゃんと成立している演出。

    1つ惜しい点は照明か。見たいところが、綺麗に見えない場面がいくつかあり、やたらと影が出るのがちょっと気になった。ディストピア設定だからこれでもいいんだろうけど、たぶん、光源の場所や向きを変えるだけでだいぶ変わる気がするのだが……もしかしたら、装置的に、灯体の吊り場所や置き位置が限定されて、仕方ないのかもしれないけど。
    あと、誤って、客電が点いちゃったりするし……


    カンパニー ルーブリエ/ラファエル・ポワテル
    世田谷アートタウン2019関連企画
    フェスティバルトーキョー19連携プログラム
    『When Angels Fall / 地上の天使たち』
    演出・振付:ラファエル・ポワテル

    マリー・トリブイロイ
    ロイック・ルヴィエル
    エミリー・ズーケルマン
    リルー・エラン
    トリスタン・ポドワン
    ニコラ・ルーデル
    クラハ・アンリ

    アーティスティックコラボレーション・照明・セットデザイン:トリスタン・ポドワン
    音楽:アルチュール・ビゾン
    衣装:リルー・エラン
    リギング・セットデザインアシスタント:ニコラ・ルーデル

    プロダクションマネージャ:勝康隆
    プロダクションマネージャー助手:齋木理恵子
    ステージマネージャー:大塚聖一
    照明コーディネーター:西倉淳
    音響コーディネーター:阿部史彦
    舞台:橋本迅矢
    照明:野木芙侑
    音響:高塩顕
    衣裳:多部直美
    通訳:加藤リツ子
    法務アドバイザー:福井健策、北澤尚登(骨董通り法律事務所)
    宣伝デザイン:秋澤一彰
    広報:荒木ゆうみ、齋藤加耀、中野剛志
    営業:竹村竜
    票券:川口瑞江

    制作アシスタント:永田景子、山口佳子、小山遥子
    制作:酒井淳美、三上さおり

    主催:公益財団法人せたがや文化財団
    企画制作:世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
    助成:アンスティチュ・フランセ パリ本部、アンスティチュ・フランセ/ボルドー市/ボルドー・メトロポール、アンスティチュ・フランセ/ヌーヴェル・アキテーヌ地域圏

    2019年10月18日〜20日 世田谷パブリックシアター

  • 東京芸術祭2019(フェスティバル/トーキョー)/芸劇オータムセレクション レッドトーチ・シアター『三人姉妹』@東京芸術劇場プレイハウス
    【2019/10/18 13:00〜17:15(途中10分か15分の休憩3回あり)】

    全編手話(フェラポント役のみ台詞を喋る)。途中で、10分、10分、15分と休憩が入り、上演時間4時間15分の全幕上演。
    スマホが出てきたり、音の響きをスピーカーの振動で共有して踊ったり、現代の設定になっている。また、三人姉妹の家への来客の知らせはランプが点くことで認知しているなど、ろうあ者設定もきちんと守られている。

    東京公演にもかかわらず、残念ながら客席が空いている。静岡でやってももうちょっとは入るんじゃないか?というくらい。まあ、金曜の日中だし、観たいと思う層が少ない作品だとは思うけど……

    しかし。実際の舞台は、かなり冴えていたと思う。手話になったことにより、「盗み聞きする」「誰ともなく喋る」的な要素が排除され、「どのセリフは誰に向かっているのか」がとても明瞭になっている。

    また、セリフの音が無くなったことで舞台上の生活ノイズが際立ち、「声がなくても生活ってこんなにうるさいの?」という愕然とした驚きがある。普段、いかに我々が「言葉」だけを都合よく聞き分けているかがよく分かる。もちろん、今回の舞台上の生活ノイズは相当計算された上で発せられていると思うが。

    あと、とても意外だったのが、「芝居を観ている気がしなくなる」こと。ドキュメンタリーとも違うんだけど、「まるでチェーホフの三人姉妹のようなことを繰り広げている、現代のロシアの田舎に住む人たち」を見ているような、セミドキュメント的な空気が、いつの間にか舞台を支配している。「あるロシア人の生体観察」的な。その点においては、ポツドールの「夢の城」の感じに少し近い(内容は全くかすりもしないけど)。

    これは多分、舞台の使い方によるところが大きい。あまり客席が意識されていないというか、例えば、皆で食卓につく場面では背中を向けて座る登場人物もいるし、各自の個室が客席から少し見にくい位置にあったりするのに、そこでも普通に演技が繰り広げられているし。(当日配布物には、舞台上の部屋の間取り図&各人物の解説が入っている)
    ただ、そのおかげで、中だるみっぽい瞬間や、「この時間、長いな」みたいな場面も、確かに少しはあった。でも、そのあたりも余計に、「観察している」感を強める要因になったのかもしれない。

    もうひとつ意外だったのが、登場人物たちの「心の閉塞感」というか、「やりきれなさ」「孤独」「絶望」「現状への不満」が、すごく我がごとのように迫ってくる瞬間が多々あったこと。セリフは字幕で提示されるため、「下手な感情まかせの言葉を聞かなくてよくなり、言葉がスッと入ってくる」という理由もあるだろう。

    しかし、きっと一番の要因は、手話の場合、「独り言ならわざわざ手話でやらない」ということだ。手話言語を発するときは、必ず誰かに訴えたり、聞かせたいためだ。独り言なら頭の中で思っていればいいわけだから。
    いや、本来なら口に出す言語もそのはずなのだが、演劇においては「心の声をつぶやく」ということに、あまりに慣れすぎてしまっているように思う。
    「繰り出される言葉は、必ず自分以外の誰かに伝えるためのもの」。その当たり前のことが、舞台上で徹底されることになるから、非常に観やすいし、「音が聞こえない彼ら」という境遇と相まって、彼らの息苦しさが切々と響いてくるのだ。

    つまり、今回の舞台は「誰もつぶやかないチェーホフ」と言える。「ボンヤリしたセリフが出てこないチェーホフ」って、実は初めて観たかも。

    あと、ちょっと細かい話だが、「モスクワへ!モスクワへ!モスクワへ!」は、日本語の文法では面白味に欠けることが、今回よく分かった(笑)
    「イリーナがノートに書きつける」という体裁で、上の言葉が字幕に1文字ずつ表示されるのだが、英語字幕は当然「To Moscow!」で、先にToと出ることで、「向かいたい、モスクワ!」「行きたいの、モスクワ!」みたいなニュアンスになるけれど、日本語は「モ」から表示されていくので、既にネタバレ的っていうか、何の情緒も無いな、と(笑)

    さて、演出は4幕それぞれ、趣向が少しずつ異なっており、各幕のテーマ…というか主題に合わせたものになっているように感じた。
    3幕が、ほとんど停電している設定で、懐中電灯で手話が浮かび上がるのも良かったし、4幕の、家具を全部片隅にやって半透明のシートを掛け、舞台を庭先の設定にして、時折、登場人物たちを絵画のように配置するのも良かった。

    ラストシーンでは、突如、三姉妹の耳に楽隊の音楽が聞こえてきたのかと思わせる、奇跡が起きたかのような設定(いや、実際は幻聴が聞こえている設定なのかもしれないし、音楽のビートだけが体感で聞こえている設定なのかもしれない。いずれにせよ、ちょっとよく分からないというか、どうとでも解釈できる設定ではあった)も、悪くはなかった。

    なお、出演者は本当のろうあ者はひとりもおらず、2年間手話を勉強した健常者とか!いやー、どう見ても、皆さん手話でしか会話しない人のように見えましたけど!?やはり、2年くらいかけないと、極めることは難しいのね(笑)

    そして、この舞台は「コンテンポラリーダンス」のように観て楽しむことができる作品かと。手話がほんとに、ダンスの振り付けのように見えてくる瞬間がいっぱいあった。
    時間とお金に余裕がある方は、ぜひ観ておくと、何か新しい発見があるように思う。


    東京芸術祭2019(フェスティバル/トーキョー)
    芸劇オータムセレクション
    レッドトーチ・シアター
    『三人姉妹』
    作:アントン・チェーホフ
    演出:ティモフェイ・クリャービン

    アンドレイ:イリヤ・ムジコ
    ナターシャ:ワレリア・クルチニナ
    オーリガ:イリーナ・クリヴォノス
    マーシャ:タリア・イェメリャノワ
    イリーナ:リンダ・アフメジャノワ
    クルィギン:デニス・フランク
    ヴェルシーニン:パヴェル・ポリャコフ
    トゥーゼンバフ:アントン・ヴォイナロヴィッチ
    ソリョーヌイ:コンスタンティン・テレギン
    チェブトィキン:アンドレイ・チェルニフ
    フェドーチク:アレクセイ・メズホフ
    ローデ:セルゲイ・ボゴモロフ
    フェラポント:セルゲイ・ノヴィコフ
    アンフィーサ:エレーナ・ドリネフスカヤ

    ●ツアースタッフ
    美術デザイン:オレグ・ゴロヴコ
    照明デザイン:デニス・ソルンツェフ
    演出助手:ナタリア・ヤルスキナ
    手話インストラクター:ガリーナ・ニシュク
    ろう者文化監修:ヴェロニカ・コポソワ、タマラ・チャトゥラ
    字幕操作:イリヤ・クカレンコ、オルガ・フェディアニナ

    ツアーマネージャー・通訳:ルスタム・アフメドシン
    制作:アレクサンドル・クリャビン
    国際・特別プロジェクト主任:イリーナ・クリャビナ
    小道具:リリア・ゴンチャレンコ
    音響:ティモフェイ・パストゥホフ
    照明操作:アンナ・コレスニコワ
    舞台監督:アレクサンドル・ベロウソフ
    ビデオ操作:ラロスラフ・キセレフ
    舞台:イーゴリ・ソロキン、アンドレイ・シェルバコフ、ヴラディスラフ・ストロゴフ
    照明:ヴァシリー・フィリップチュク
    衣装:ラニナ・ステペンコ
    かつら・メイク:リディア・イグナトヴィッチ

    ●日本公演スタッフ
    舞台監督:武藤信弥
    照明:西嶋竹春、まえだへとし(株式会社ライトウェイブ)
    音響:高山勝己(Nutrocker)
    映像:中野一幸(株式会社アルゴン社)
    衣裳:竹ノ子博子

    通訳:樟山由美、瀬川和子、鈴木庸子
    技術コーディネート:株式会社フラワートップ
    制作:株式会社インプレサリオ東京

    ●東京芸術劇場技術・制作アソシエイツスタッフ
    技術統括:白神久吉
    舞台:奥野さおり、桑原利明、藤田満、加藤唯、坂田有希枝、中村友香
    照明:新島啓介、志賀正、高山智弘
    音響:石丸耕一、齋藤泰邦、小島慎司

    宣伝美術:M!DOR!
    記録撮影:後藤敦司
    法務アドバイザー:福井健策、岡本健太郎(骨董通り法律事務所)
    協力:日向寺康雄、大杉豊

    東京芸術祭 芸劇オータムセレクションディレクター:内藤美奈子
    広報:前田圭蔵、久保風竹、安田裕美、横川京子、小西萌子
    票券:井上由姫、中里史絵
    制作助手:橋本奈々美、結城ゆりえ、松岡大貴(アーツアカデミー研修生)
    プロデューサー:立石和浩

    ●東京芸術劇場スタッフ
    芸術監督:野田秀樹
    館長:荻田伍
    副館長:高萩宏
    管理課長:鈴木倫之
    舞台管理担当課長:白神久吉
    事業企画課長:鈴木順子
    制作担当課長:内藤美奈子
    運営担当課長:島啓之
    舞台技術:石丸耕一、新島啓介、奥野さおり、井上武憲、末廣友紀、渡邊武彦、松島千裕、横山萌、安藤達朗
    制作:鶴岡智恵子、立石和浩、吉田直美、木村美恵子、古田佳代、黒田忍、小田切寛、橋本奈々美
    広報営業:前田圭蔵、久保風竹、奥村和代、井上由姫、安田裕美、中里史絵、小西萌子
    経理:山室あまね、中溝慶一
    インターン:結城ゆりえ、松岡大貴、大川智史

    主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場、東京芸術祭実行委員会[豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、フェスティバル/トーキョー実行委員会、公益財団法人東京都歷史文化財団 東京芸術劇場・アーツカウンシル東京]
    助成:令和元年度 文化庁 国際文化芸術発信拠点形成事業(豊島区国際アート・カルチャー都市推進事業)
    制作:インプレサリオ東京
    協力:ロシア文化フェスティバル組織委員会

    2019年10月18〜20日 東京芸術劇場プレイハウス