観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • KAATキッズ・プログラム2025〈SPACのお芝居〉『鏡の中の鏡』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2025/7/27 14:00〜15:00(途中休憩なし)】

    30の短編からなる原作を、ギュギュッと60分の舞台作品に。こちらはKAATとは逆にかなり濃縮され、ある種「哲学的志向の舞台」と言える。
    「何も考えずに気楽に脱力系で観る」というよりは、「わりと集中して見入らざるを得ない」タイプの作品で、(今回の企画趣旨の場合)そのあたりの好みも分かれるところかも。

    いわば「夏目漱石の『夢十夜』のエンデ版」みたいな雰囲気もあるのだが、ひとつひとつのエピソードに分かりやすいストーリーや明確なオチが無いため、ともすると「難しかった」という印象にも。
    あと、60分で原作の全てのエピソードを取り入れているわけではないので、「エピソードの取捨選択」「演出面を含んだ全体の構成」については、好みが分かれるかもしれない。
    ただ、客入れからエピソード2つくらいまでの流れは、一般的な「子ども向き」とは少しかけ離れてはいるが、不気味で、神秘的で、とても良かった。(そのままラストまで突っ走るのは、なかなか難しいとは思うけど)

    衣裳や舞台美術のビジュアル的には、SPAC作品で言うところの『サーカス物語』『グスコーブドリの伝記』『グリム童話』あたりの系譜。
    美しいのだけど、タイトルにもある「鏡」をイメージさせるようなビジュアル(鏡面とかキラキラとか)や、鏡っぽい演出(鏡のように動きがシンクロするとか、合わせ鏡のように見える瞬間とか)があってもよかった気もする。(舞台装置や映像などにもっと予算があれば可能だったかも)

    客入れ時に、舞台前方にひらがなの小道具がいっぱい置かれ、それで遊べる仕掛けになっていて、子どもたちが自分の名前を作ってみたり、何かの言葉を作ってみたりするなど、子どもたちが「言葉」というものにすごく敏感になるような導入をしていたのだが、その「ひらがなの小道具」がそのあと、作品にあまり活かされておらず、少しもったいない。(各エピソードのタイトルやテーマをひらがなの小道具で表してみるとか、どこかの場面で子どもたちにひらがなの小道具を舞台上に投げ入れてもらうとか、もう少し活かしても良かったかも)

    エピソードとエピソードのつなぎが、意図的にシームレスになされていたように見えたが、シームレスになったことによって、かえってエピソードの繋ぎ目が分かりづらくなった面もあり、今回の場合はむしろエピソードごとに、演技スタイルや演出、ビジュアル面の色味などを、くっきりぱっきりと変化させても良かったかも。(それが段々混ざり合っていく…みたいな展開、とか)
    あるいは、シームレスに繋ぐのであれば、もう少し「迷路感」「迷宮感」が感じられる見せ方でも良かったかも。(今回はどちらかというと、絵巻物的というか、左右に出たり引っ込んだりが多く、奥行き感が少なかったために「スムーズな展開」に見え、「迷い込んでる感」に欠けたかも)

    出演者がもう少し多ければ違ったかもしれないが、4人だとどうしても前のエピソードと次のエピソードを兼ねる出演者が出てくるため、単純に「同じ役なのか違う役なのか」も少し分かりにくかったところもあった。

    音楽も美しい仕上がりだったが、BGM感ではなく、もう少し際立つような使い方でも良かったか。
    作品の仕上がり的には、(特に後半)ジャズとかブルースのような、弦楽器、トランペット、ハーモニカみたいな音色が、より似合いそうではあった。

    『鏡の中の鏡』に関しては、セリフやビジュアルでの明確な説明が少ないと思うので、あえて「音声ガイド」を聞きながら観るのは、かなり「アリ」な気がしている。


    KAATキッズ・プログラム2025
    〈SPACのお芝居〉『鏡の中の鏡』
    原作:ミヒャエル・エンデ「鏡のなかの鍵一迷宮一」
    訳:田村都志夫
    構成・演出:寺内亜矢子

    大高浩一
    榊原有美
    杉山賢
    舘野百代

    音楽:森山冬子
    美術デザイン:深沢襟
    照明デザイン:木藤歩
    衣裳デザイン:清千草
    音響デザイン:和田匡史

    舞台監督:小川哲郎
    演出部:土屋克紀
    美術製作:佐藤洋輔、森正吏
    衣裳製作:池田佑菜、塚本かな、石川光輝、清千草

    技術監督:村松厚志
    制作:計見葵、北堀瑠香

    アシスタントプロダクションマネージャー:雲田恵
    プロダクションマネージャー:平井徹
    広報:西原栄、三浦翔子
    営業:大沢清、安田真知子
    票券:小林良子
    制作:本郷麻衣、佐藤梓

    字幕タブレット制作:南部充央
    音声ガイド制作:大内智美(SPAC)
    社会連携ポータル課:中西享、小金井伸一、吉田舞雪

    宣伝美術:ABEKINO DESIGN
    彫刻・ドローイング:北浦和也
    ビジュアル撮影:中村寛史
    劇場広報アートディレクション:吉岡秀典

    チーフプロデューサー:笛木園子、伊藤文一
    事業部長:堀内真人
    芸術監督:長塚圭史

    企画制作:KAAT神奈川芸術劇場、SPAC-静岡県舞台芸術センター
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2025年7月21日〜27日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催:KAAT神奈川芸術劇場
    後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会
    2025年8月2日・3日 グランシップ中ホール・大地
    主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター
    共催:公益財団法人静岡県文化財団

  • KAATキッズ・プログラム2025〈KAATのお芝居〉『わたしたちをつなぐたび』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2025/7/27 11:00〜11:50(途中休憩なし)】

    イリーナ・ブリヌル原作の、「少女が自分の出生の秘密を探し求めて森の中を旅する」という内容の絵本を、大池容子氏の台本・演出で。上演時間は50分。

    物語としては、つまるところ「母子家庭で父親が不在だったのは、少女が生後まもなく捨てられた孤児で、それを動物たちが(孤児院から?)育ての親である母親のところへ運んできた」という内容。
    演出的にファンタジックな雰囲気で彩られ、「子ども向けの舞台作品だよ」と謳われている割には、「自分が養子であることを知った女の子のルーツさがしの旅」というのはなかなかにヘビー。

    歌あり踊りありコミカルシーンありと、子どもが鑑賞する事をかなり意識して演出され、ストーリーも(奥は深いけど)そこまで難解ではない。30分くらいにギュギュッと凝縮できなくはない感じだけど。(「無くてもよいのでは?」と個人的に感じたシーンがいくつか)

    主演の少女役の現役中学生・藤戸野絵さんが、嫌味のない溌剌さで、作品に清涼感と清潔感を添える。演技や歌も申し分ない。彼女の存在感が、本作の屋台骨と言えよう。

    少し気になったのは、台本かな。
    まず、少女の年齢設定が、藤戸さんの実年齢くらいだとすると妙に子供っぽすぎるし、小学校低学年くらいなのだとすると、現役中学生が演じたことで年齢設定に若干の混乱を招いている気も。
    母親は、娘が疑問を感じた時に、養子であることを伝えないといけないことへの葛藤とか覚悟がありそうなものなのだが、妙に清々しすぎるというか、能天気すぎるようにも見えるし。(演じる下司尚実さんが、ややアニメキャラっぽくもあるので、余計にそう感じたのかも)
    ルーツ探しの道中は、少女の内面変化とか、真相に近づいていく緊張感とか、そういうことが意外と感じられず、動物のキャラクターがちょっと変わってる設定だったりはするんだけど、オーソドックスな明るい「森の中の冒険もの」みたいになっているのも気にかかる。(場面の描き方とか演出面での見せ方で、もっと深められたようにも思う)

    「子ども向け」オブラートで、全体を包み込みすぎたかも。
    観終わって、少女の心の成長とか、母親の無償の愛情とかに思いを馳せつつも、結局は、リスのパペットの印象が大w


    KAATキッズ・プログラム2025
    〈KAATのお芝居〉『わたしたちをつなぐたび』
    原作:イリーナ・ブリヌル
    訳:三辺律子
    上演台本・演出:大池容子

    少女:藤戸野絵
    木こり:少路勇介
    母、サケ:下司尚実
    キツネ、シカ:山田茉琳
    リス、シカ:岩永丞威

    音楽:小林顕作
    振付:岩永丞威
    美術:中村友美
    照明:佐藤綾香
    音響:江口佳那
    衣裳:臼井梨恵
    ヘアメイク:高塚yoshico
    舞台監督:湯山千景
    音楽製作:遠藤ナオキ
    衣装製作:小山つかさ、西山梨香、山本ゆい

    運搬:マイド
    美術製作協力:株式会社東広
    マネジメント協力:グラート、松竹エンタテインメント、大人計画、JTK’s エンターテイメント
    制作進行:加藤夏帆(TASKO)、吉良穂乃香(TASKO)、下村美郷

    アシスタントプロダクションマネージャー:雲田恵
    プロダクションマネージャー:平井徹
    広報:西原栄、三浦翔子
    営業:大沢清、安田真知子
    票券:小林良子
    制作:本郷麻衣、佐藤梓

    字幕タブレット制作:南部充央
    音声ガイド制作:大内智美(SPAC)
    社会連携ポータル課:中西享、小金井伸一、吉田舞雪

    宣伝美術:ABEKINO DESIGN
    彫刻・ドローイング:北浦和也
    ビジュアル撮影:中村寛史
    劇場広報アートディレクション:吉岡秀典

    チーフプロデューサー:笛木園子、伊藤文一
    事業部長:堀内真人
    芸術監督:長塚圭史

    企画制作:KAAT神奈川芸術劇場、SPAC-静岡県舞台芸術センター
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2025年7月21日〜27日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催:KAAT神奈川芸術劇場
    後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会
    2025年8月2日・3日 グランシップ中ホール・大地
    主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター
    共催:公益財団法人静岡県文化財団

  • 夏の劇場 世界をみよう!/ゼロコ『フラッグ』@座・高円寺1
    【2025/7/19 13:00〜13:45(途中休憩なし)】

    今回の『フラッグ』は、確か昨年に初演された作品で、昨年は観られなかったので今回初見。
    セリフの無いフィジカルコメディでおなじみのゼロコ…なのだが、この作品は、「明瞭に聞き取れるセリフはないけど、言葉らしきものをわりと発語する場面の多い作品」で、そこが少し好みが分かれるところかも。

    というのが、以前のゼロコの作品は、「言葉を発しない面白さ」とか「図書館とか舞台袖など、言葉を発することがためらわれる場所でのシチュエーション」が多く、「声は発するけど言葉は発さない」芸風で、言葉を補うように身体性で見せる側面もあり、そこが良かったと思っている。
    しかし今回は、たとえば「登山して『ヤッホー』的な叫びをして、(客席からの)やまびこを聞く」みたいな、「言葉を発しないことが却って不自然なシチュエーション」が多く、しかもその時に「デタラメ語」的な言葉を発していて、観客としては「あー、喋っちゃった」と思ってしまったり、「ならばいっそ、明確に言葉を喋っちゃえばいいのに」と思ってしまったりして、ちょっとモヤる。

    おそらくは「日本語が分からなくても楽しめる」ところを目指しているがために、そうしているところもあるのだろう。また、普通にセリフを発してしまうと、演劇要素が格段に強くなり、「俳優」としてのスキルも求められてしまう。そういうのもあって、今回のような構造になっているのだと思われる。
    ただ、そうなると中途半端さが残り、「彼らの世界観のクオリティー」は、少し下がってしまったような気もする。

    以前に拝見した『Silent Scene』なんかは、哲学的な感覚も加わっていて、僕としては大変好みな作品だっただけに、今回の『フラッグ』は、ちょっと「方向性が違うかな」という印象。コント的な要素も強すぎたのかもしれない。
    その分、小さなこどもが楽しめる要素が増えていることも確かで、そういう意味では、主催の意図に合致してはいる。
    パーツパーツのネタやアイデアも悪くないと思ったし、ゼロコのおふたりの身体性や感覚は見ていて飽きないので、組み合わせ方とか展開のさせ方とか全体の構造なんかを改良すると、もっと良くなりそうな気はする。

    それにしても、角谷さんのチャックの開閉音とか、ボケっぷりとか、濱口さんの驚いた時のリアクションとか、いたずら小僧っぽい微笑とか、妙に印象に残っていて、「ああ、面白かったー」と、その場だけでは終わらない、何らかの余韻を残してくれるパフォーマンスであることは確かだ。

    東京公演は終了したが、9月に高知でも上演。
    また、秋の静岡での大道芸ワールドカップにも出場されるようなので、未見の方はぜひ!


    夏の劇場 世界をみよう!
    ゼロコ
    『フラッグ』

    出演:ゼロコ(角谷将視・濱口啓介)

    舞台監督:西山みのり
    音響:吉田望(ORANGE COYOTE)
    照明:萩原賢一郎、野口りさ
    音楽:anata ensemble
    小道具:定塚由里香
    グッズデザイン:町田早季
    アドバイザー:LONTO
    スペシャルサンクス:清家未来、長岡岳大

    【座・高円寺】
    館長:樽川健司
    芸術監督:シライケイタ
    企画・制作・広報:和泉将朗(チーフ)、篠部洋介、石原直子、居石竜治、高須賀真之、松本菜保、本田千恵子(劇場創造アカデミー)、川島隼人、井上みなみ
    施設・票券:小南ひろ子(チーフ)、藤居千美、大澤麻衣、渡邊直子
    技術監督:黒尾芳昭
    機構:武井隆二、高木啓吾、香坂奈奈、 髙橋淳一、中野聡
    照明:黒澤直記、小野寺寿浩、水野梨奈子
    音響:島猛、勝見友理、芹澤悠
    総務:谷口真弓、鳥飼健太郎
    経理:千葉美香、三次佑果
    フロント・スタッフ:楢橋操(チーフ)、武井希未
    カフェ・アンリファーブル:加茂剛
    設備メンテナンス:松苗精一(株式会社アキテム)

    後援:杉並区、杉並区教育委員会
    企画製作:NPO法人劇場創造ネットワーク、座・高円寺
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金 劇場・音楽堂等機能強化推進事業(地域の中核劇場・音楽堂等活性化事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会 劇場デビューを誘うプログラム

    2025年7月19日〜21日 座・高円寺1

  • 世田谷パブリックシアター主催公演『みんな鳥になって』@世田谷パブリックシアター
    【2025/7/15 12:30〜16:00(途中20分間の休憩あり)】

    上演時間は休憩込み3時間半の、超絶社会派の大作。
    「ユダヤ人とアラブ人」という「民族版・ロミオとジュリエット」のような展開で始まり、第二次世界大戦でのホロコースト、中東情勢、民族紛争、自爆テロ、国家間の対立など、「民族というアイデンティティ」の問題が、深く、濃く、描かれていく。
    本作は、コロナにより招聘を断念したが、2020年にSPACが招聘予定だったワジディ・ムワワド(ワジディ・ムアワッド)作・演出『空を飛べたなら』の日本上演版。日本版で一連のムワワド作品を演出している上村聡史氏が今回も演出。翻訳は藤井慎太郎氏。
    (2020年かそのあとに、SPACが招聘できていたら良かったのに…とつくづく悔やまれるところ)

    ↓空を飛べたなら:ふじのくに⇄せかい演劇祭2020↓ https://share.google/c1MDRKa2tj0Ax9bml

    また、世田谷パブリックシアターで2017年と18年に上演された日本人版の『岸』についても、SPACではワジディ演出のオリジナル版を2010年に『頼むから静かに死んでくれ』という邦題で招聘している。
    ↓頼むから静かに死んでくれ:SPAC 春の芸術祭2010↓ https://share.google/VdAWKFLRS5HUvNlGo

    『みんな鳥になって』に話を戻すと、とても意欲的な作品だし、座組一同、真摯に取り組んで創作されたであろうことも伝わってくる。出演者もおそらく、演出の要求に十二分に応えている。作品としては充分及第点。

    でも…やはり「日本人で演じることの限界」も、感じずにはいられない。
    他民族(他国)が抱えてきた歴史というのは、当然ながら、知識で理解するだけでは及ばないところもあり、「当事者でないと醸し出せない部分」というのが少なからずある。
    (それはある意味では、能や歌舞伎なんかにも言えることだろうし、別の意味では、日本人であっても中東で生まれ育ったのなら醸し出せるものがある、とは思う。「血」の問題ではなく、「環境」の問題)

    それでも、『レオポルト・シュタット』とか『アンネの日記』のような、ある民族(ある一族)に焦点を絞った作品なら、日本人でも成立しやすいように思うが、今回の作品は、作品が扱おうとしている問題があまりにも広範囲で、(少なくとも)今の日本人が置かれている状況からは、相当に距離があると思う。
    (かつて、新劇が「西洋人の真似をしているだけ」と言われたことに、少し似ているかもしれない)

    従って、この作品を「一つの作品として観る」ことに限って言えば、「どうせならワジディ演出版で観たいよね」となるだろうし、オリジナル上演では、複数の言語、複数の民族が登場する作品を、全員日本人で上演するならば、やはり何らかの仕掛けや見せ方が必要と思う。

    もっと言えば、おそらくワジディとかなり近い関係であるはずのSPACではなく、世田谷パブリックシアターが日本版を上演していることに対して、いろいろと思うところはあるが、それについては割愛w

    戯曲に関しては、(これはまあ、僕個人がワジディ作品にあまり興味を持てないから、というだけかもしれないが)日本人で上演する「面白さ」「良さ」みたいなものを、ちょっと感じにくい作品のように思えた。
    そもそも論として、台本が、少し言葉で説明し過ぎな気もしていて、しかも、語られる言葉が少し自己陶酔気味で、極めて詩的であり、エモーションをのせすぎると却って耳に入って来づらく感じた。
    このあたりは、シェイクスピアの言葉の扱いに、少し似ているかもしれない。ヨーロッパの俳優は、そういうセリフの扱いはホントに上手いと思うが、日本人は日本語の文法が異なることもあって、やや不得手に感じられる。

    セリフは、登場人物たちそれぞれに、長セリフがかなりあり、独白シーンや一方的に喋るシーンが多い。
    そうなると、対話による積み重ね的な分量より、個人落としの分量が増え、「自分で色々と組み立てる作業」が多くなるわけで、結果として、各俳優の経験やスキルが色濃く出やすくなる。しかし、当然ながら各俳優の演技観はプロデュース公演だとバラバラになりやすく、ここに、プロデュース公演の弊害が露呈してしまう。
    つまり、演出としては統一感があるのだが、各俳優の「言葉の扱い方」とか「感情の重ね方」みたいなものは、やっぱりどうしても俳優の個人差が見え隠れして、統一感に欠けてしまう。
    (ただし、これは、俳優の問題というよりは、戯曲選定やキャスティングをはじめとするプロデュース側・企画側の問題だと思う)

    本作の場合、もちろん色々な民族が登場するし、非常に強烈なレイシストの役柄もあれば、それに抗う立場の役柄もあるので、その点ではバラバラでも良いのだが、一般的なリアリズム作品とは違う言語感があり、「言葉(発語)をどう扱うか」が作品にかなり影響してくるはず。
    そのため、おそらく「発語における特殊性の共通見解」(「ワジディズム」とでも言おうか)が必要になる気がするのだが、そのあたりの物足りなさを感じてしまった。
    (ただ、各俳優単体で見た時の演技に対しては、不満はない)

    個人的には、エトガール役の相島一之さんが真実を告白する時ぐらいの、淡々とした感じのほうが、この戯曲には(そして日本人の演じ手には)合っているように思えた。
    エイタン役の中島裕翔さん、全体的には悪くなかったんだけれど、ラストの長セリフの前半は、もっと抑えても良かったか。その方が、後半の飛び立っていく感じが活きてくる気がする。
    ダヴィッド役の岡本健一さんは、アラブ人に対する侮蔑がもっと過剰に出ても良かったかも。言葉では強烈に罵っているのだけど、そこまで卑下・敵視している感じには見えず。

    松岡依都美さん演じる女兵士エデンの役は、なかなか難しい立ち位置というか、「ジェンダー」だったり「ボーダー」だったりを象徴する存在なのだろうけど、登場する理由の説得力や必然性が弱く感じてしまった。これって、僕が日本人だから(理解が及んでいないだけ)なのか、戯曲の書き込みが弱いからなのか、どっちだろう。

    舞台美術は、もっとシンプルでも良かったのかも。少し意味ありげな雰囲気を醸し出し過ぎた気がしなくもない。背景となる瓦礫っぽいシルエットも、説明しすぎてしまった。まあ、日本人には少し説明的な感じくらいでちょうどよいのかもしれないが。

    …というわけで、あくまで僕個人としては、なんとなく「帯に短し襷に長し」的な印象が否めない上演だったけど、出演者全員、「この人が出てるなら観てみたい」という俳優ばかりだったので、「各俳優を堪能する」という点ではたいへん満足。各出演者の推し活としての観劇ならば、不満はないと思う。

    …と、ここまで書いてみたけど、もしかするとこれは、「作品で語られている問題や悩みを、表層的にしか捉えることが叶わない、日本人としての自分に対しての不満」から来る感想なのかもしれない…とも思う。
    どうしたって「すごく理解する」ことはできない。そんな「すごく理解する」ことができない世界が、この地球上には確かにある。それに気づくための日本版上演…?

    東京公演のあとは、兵庫、愛知、岡山、福岡でも上演。
    ただし、正直なところ、東京以外の会場は、作品に対して小屋の空間が大きすぎる気がする。


    世田谷パブリックシアター主催公演
    『みんな鳥になって』
    作:ワジディ・ムワワド
    翻訳:藤井慎太郎
    演出:上村聡史

    エイタン(ユダヤ系ドイツ人の青年):中島裕翔
    ワヒダ(アラブ系アメリカ人の女性):岡本玲
    エデン/若いレア(エデン:イスラエルの女性兵士):松岡依都美
    レア(エイタンの祖母):麻実れい
    ノラ(エイタンの母):那須佐代子
    エトガール(エイタンの祖父):相島一之
    ダヴィッド(エイタンの父):岡本健一
    ワザーン/看護師/ウェイター/ラビ/医師/若いエトガール/テレビの声:伊達暁
    テレビの声:近藤隼

    [岡山・福岡公演]
    エデン/若いレア(エデン:イスラエルの女性兵士):渡邊真砂珠

    美術:長田佳代子
    照明:佐藤啓
    音楽:国広和毅
    音響:加藤温
    衣裳:半田悦子
    ヘアメイク:川端富生
    演出助手:渡邊千穂
    舞台監督:大垣敏朗
    プロダクションマネージャー:勝康隆
    ヒストリカル・アドバイザー:ナタリー・ゼモン・デイヴィス

    演出部:渡邉亜沙子、髙橋大輔、田辺雪枝、本村春子、山本有子
    照明部:溝口由利子、畠山聖、松本亜未、渡辺槙
    音響操作:遠藤瑞子
    ヘアメイク部:根布谷惠子
    美術助手:小島沙月、秋友久実
    制作助手:山下茜

    大道具:C-COM、伊藤清次、美術工房拓人、松本邦彦、大類弦
    小道具:高津装飾美術、西村太志
    被り物製作:窪田由紀
    電飾:コマデン、福冨健司
    照明:A PROJECT
    衣裳:東京衣裳、溝口貴之、小川和美、高坂絵莉香、丸山弥子
    衣裳製作:篠田利夫、佐藤美香
    履物:アーティス、萩原惇平
    運搬:マイド
    作家契約代理店:シアターライツ
    ヘブライ語指導:ディラ国際語学アカデミー

    協力:梅田芸術劇場、エヴァーグリーン・エンタテイメント、エンパシィ、COME TRUE、ゴーチ・ブラザーズ、シス・カンパニー、STARTO ENTERTAINMENT、文学座、UAM、吉住モータース

    宣伝美術:秋澤一彰
    宣伝写真:山崎伸康
    宣伝スタイリスト:ゴウダアツコ
    宣伝ヘアメイク:FUJIU JIMI、千葉友子
    宣伝:る・ひまわり(金井智子、関真恵、小越結)
    宣伝動画作成:和田萌、宝隼也
    記録写真:細野晋司
    記録映像:松澤延拓

    広報:宮村恵子、佐藤希
    営業:下島智子
    票券:竹澤由美子、上谷梨恵、松田聡子
    制作:田辺千絵美、豊島勇士、佐々木裕子
    プロデューサー:浅田聡子

    [世田谷パブリックシアター]
    芸術監督:白井晃
    劇場部長:滝口健
    技術部長:福田純平
    世田谷文化生活情報センター館長:高萩宏
    公益財団法人せたがや文化財団理事長:青柳正規

    主催:公益財団法人せたがや文化財団
    企画制作:世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区
    協賛:SIS company、東邦ホールディングス、TOYOTA
    協力:東急電鉄株式会社、ケベック州政府在日事務所

    2025年6月28日〜7月21日 世田谷パブリックシアター
    【主催:公益財団法人せたがや文化財団】
    2025年7月25日〜7月27日 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
    【主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター】
    2025年8月1日〜8月3日 東海市芸術劇場 大ホール
    【主催:メーテレ、メーテレ事業】
    2025年8月8日〜8月10日 岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場
    【主催:公益財団法人岡山文化芸術創造】
    2025年8月15日〜8月17日 J:COM北九州芸術劇場 大ホール
    【主催:サンライズプロモーション東京】

  • 2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3『消えていくなら朝』@新国立劇場 小劇場
    【2025/7/11 19:00〜21:00(途中休憩なし)】

    東京から6時間、田舎の海辺に立つ洒落た豪華な実家での、一夜の家族会話劇。「宗教二世問題」をも含んだ、家庭のひずみが描かれる。
    蓬莱竜太氏が2018年に新国立劇場での上演のために書き下ろした私戯曲的作品を、今回は自身の演出で、フルオーディション企画で上演。(2018年は宮田慶子氏が演出。未見)

    劇作家として東京で活動している次男の定男(関口アナン)が18年ぶりに、年下の彼女・レイ(坂東希)を連れて帰郷。「今度の舞台ではうちの家族のことを書こうと思う」と言ったことから、仲良さそうに振る舞っていた家族が、互いに罵り合い、暴露し合い、言葉によるバトルを繰り広げていく。
    その大元の元凶とも言えるのが、「母親(大沼百合子)が宗教にのめり込んでいる」ことなのだが、しかしそれは「父親(大谷亮介)が家庭を顧みず、義母の介護に縛られ、子育ても押しつけられ、救いとなるのは宗教しか無かった」ことから来たものでもあり、兄(松本哲也)と妹(田実陽子)は、いわば両親の関係性の被害によって、自分たちの生き方を拗らせてしまっていた。

    そんな家庭から逃れて、自分らしく生きてきた(ように見えた)定男だったが、終盤、被害者意識的な激しい思い込みによる誤解が判明し、「家族に対して、バカにするように斜め上から視ることで確立していた自己のアイデンティティ」が崩されてしまう。定男もまた、生き方を、家族観を、拗らせてしまっていたのかもしれない。
    単純に言えば、定男も含めてみな、「愛」に飢えているだけなのかもしれない。

    家族ってなんだろう。一番身近でありながら一番厄介で、一番愛しいはずなのに時に一番憎らしくなる存在、ということなのか。家族があることで救われる人もいれば、家族があることで地獄のような思いをする人もいる。
    こんなに罵り合って、こんなに傷つけ合って、こんなにやり切れないし、根本では何も解決していない、なのに、許し合える存在でもあり、朝が来れば帳消しになったようにまた振り出しに戻ってしまう。でも、それぞれが振りかざすそれぞれの正義は、一生分かり合えないかもしれない。
    この「自分の意思では選べない小さな社会」と、いかに付き合うべきなのか…みたいなことを考えるための、きっかけをくれるような作品。

    オーディションの参加を検討した時に戯曲は1度読んでいて(結局オーディションにエントリーはせず)、「めちゃくちゃエネルギーのいる作品だな」という印象だったが、まさしく、いや想像以上に、言葉のナイフで互いを傷つけ合うような、そして、身を削って演じることを強いられるような舞台だった。まるで、かさぶたを剥がすような芝居。
    ヒリヒリの連続や、息苦しさのような閉塞性は、モダンスイマーズの公演『夜光ホテル』にも通じるだろう。

    本音をぶちまけたり、秘密を暴露したり、ムキになって相手を攻撃したりと、家族5人とも(彼女役のレイは除く)が、声を荒らげて制御不能になるような瞬間があり、心身消耗が激しそう。
    彼らが本気になればなるほど、客観的に見ている観客の側としては、笑うしかないような状況の場面もいくつかあり、そういう意味での「ガス抜き」的な作劇も上手い。
    互いの腹の探り合いのような場面も多く、誰かを見ていると誰かの反応を見逃す。なので、演じる身としては、「6人それぞれの本音や想いをきちんと把握したうえで、改めて、それぞれの反応や表情や言葉の向かう先を、もう一度じっくり観察してみたいな」とも思った。(もう1回、Z席で観てみたい気はしている…)

    レイが声を荒らげる瞬間は無いが、良いことを言う瞬間が多く、レイの視点が本作においては意外と重要かもしれない。
    特に印象的だったのは、定男が「うちの家族は仲良さそうに取り繕っているだけ」みたいなことを言ったときに返答した、「それは努力だよ」というセリフ。
    逃れられない社会だからこそ、どうにかして傷つかずに済むように足掻く姿を、「努力している」と捉えるか、「取り繕っている」と捉えるか。

    登場人物の造形が、戯曲を読んだときに勝手にイメージしていた人物像と、良い意味で違っていて、「ああ、こういう演じ方もあるんだ」と驚き。
    なかでも、母親の役柄のアプローチは想像とかなり違っていて斬新だった。「おおらかで寛容、なのに、どこまでも頑固」で、宗教にハマるような危ない雰囲気は醸し出していない分、余計にたちが悪い感じ。そりゃ、子どもたちや父親もこうなってしまうよな…という感じで、説得力マシマシ。
    レイは、イメージだともう少し現代的で、ギャル気質もあるような人物だったけど、今回のレイは清楚系の物静かな感じ(清原果耶系)で、これもまた新鮮だった。

    薪ストーブ、システムキッチン、小上がりのリビング、大きなガラス窓…ショールームのような舞台装置は、間取り的にもオシャレで、ちょっと人工的すぎる印象でもあったが、物語が進行して、人間くさい泥仕合が露わになると、その人工的な感じでうまく中和されているようにも見えた。
    また、母親の「この広い家にたった一人で…」みたいなセリフも、このショールーム的な生活感のない妙な広さが効いていたし、こんなにゆとりある空間の家なのに、さらにDIYで増築することで癒しを求める父親のやり切れなさみたいなものも、真に迫ってきたように思う。

    あえて観客に背を向けて座ったり、背を向けて海を見るような設えだったが、それも観客からすると、「隣の家を覗き見ている」感じが増して、だからこそ笑えるし、だからこそ突き刺さってくる感じで、良かった。

    ラスト、呆然とする定男の、消えてなくなりたいような気持ちが、朝焼けの海に溶けていくようなエンディングが美しく、舞台装置が微妙にスケルトン(建具を全て建てこんであるわけではなく、舞台奥がやけに見えるよう、壁などが無い状態で設定されている)なのが、このエンディングでとても活きていたし、同時にとても納得。
    このエンディングにそれまでの2時間が集約されていたし、このエンディングのために2時間があったとも思える、個人的にはかなりお気に入りラストシーン。


    2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3
    『消えていくなら朝』
    作・演出 蓬莱竜太

    羽田定男(僕) 関口アナン
    羽田庄吾(兄) 松本哲也
    羽田可奈(妹) 田実陽子
    羽田君江(母) 大沼百合子
    羽田庄次郎(父) 大谷亮介
    才谷レイ(彼女) 坂東希

    美術 小倉奈穂
    照明 阪口美和
    音響 工藤尚輝
    衣裳 坂東智代
    ヘアメイク 田中順子
    演出助手 橋本佳奈
    舞台監督 下柳田龍太郎
    演出部 鈴木修、佐藤昭子、小島恵三子、多部直美、江原由夏
    ヘアメイク 多田香織
    プロンプ 山本毬愛
    大道具 俳優座劇場(井戸元洋)
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    衣裳 東宝舞台衣裳部
    衣裳製作 辻本麻里、河原菜月

    舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ、フリックプロ、本庄正和(舞台)、山中美和(照明)、伊藤花(音響)、高田浩行(大道具)
    制作助手 高橋凌
    制作 林弥生
    プロデューサー 中柄毅志
    芸術監督 小川絵梨子

    主催 新国立劇場

    2025年7月10日〜27日 新国立劇場 小劇場

  • 日本テレビ放送網株式会社『氷艶 hyoen 2025―鏡紋の夜叉―』@横浜アリーナ
    【2025/7/5 16:30〜19:25(途中25分間の休憩あり)】

    簡単に言うと、岡山に伝わるもうひとつの桃太郎「温羅(うら)伝説」を、アイススケートの世界でミュージカル化した作品。台本は末原拓馬氏、演出は映像でお馴染みの堤幸彦氏。

    温羅伝説というのは、吉備王国(桃太郎でいうと鬼ヶ島)と大和朝廷(桃太郎でいうと桃太郎と犬・猿・雉)の対立を描いていて、鬼(温羅)は悪者ではなく(渡来人という説もある)、大和朝廷が吉備王国を支配下にするために差し向けた刺客が、桃太郎にあたる「吉備津彦」と、犬・猿・雉にあたる3人の家臣…という、岡山人にとってはわりと馴染みのある物語。(今回はここに、「自分のなかの正義が逆転していく」要素も入れ込み、現代の社会情勢にも通じる世界観にアレンジがなされていた)
    これを、岡山出身の高橋大輔さんが演じ、しかも演劇としてスケートリンクでやるのだから、岡山人としても、フィギュアスケートファンとしても、まあ見逃せない。

    まず、LUNA SEAのギタリストでもあるSUGIZOさんの楽曲がとても良い。本作の世界観を見事に音楽面で立ち上げていた。サントラが売られていたら、間違いなく買っていたと思う。
    しかも、かなりの場面で、ギター、あるいは、ヴァイオリンを、舞台奥のバルコニー装置の上で生演奏し、もうほとんど裏の主役w
    カーテンコールではスケート靴を履き、ほかの出演者と共にリンク上へ。普通に難なく滑っていらした姿も良き。
    「呼ばれて来た大物特別ゲスト感」は皆無で、作品のコンポーザー、クリエーターとしての立ち位置感と作品への愛情に溢れており、SUGIZOさんが果たした役割はあまりに大きい。いやー、SUGIZOさん素晴らしすぎる。
    (出演者には、相当激ムズなメロディーを提供していたけれどw、皆、歌いこなせていたのもスゴい)

    照明は、もう少し演者を明るくしても良かった気もするけど、場面場面の雰囲気を演出するという点では、とても良かった。
    ぱっと見だとドローンのようにも見える、ワイヤーで吊られた球体のような無数のLEDライトが、蛍になったり、魂になったり。点き方や消え方もそれぞれの場面に合っていて。
    レーザービームも多用され、クライマックスでは火炎の特効もあり、音楽のコンサートやライブでは日常的な演出なんだろうけど、普段そういうものに一切出向かない身としては新鮮な体験w

    あと衣裳も、それぞれの役柄と衣裳がとてもマッチしていて、さらに演者も自分の衣裳を使いこなしていて、これまた良かった。中でも、犬(島田高志郎)・猿(田中刑事)・雉(財木琢磨)は色んなこだわりが衣裳から感じられ、素晴らしすぎた。
    メインの役だけでなく、アンサンブルや子役の出演者の衣裳もよく練られていたと思う。
    当然ながらスケートでなびくことも考慮されており、立っていても、動いていても、絵になる衣裳。

    インパクトのある登場退場には、フライングの演出。
    ただし、僕が観た回は、後半からはフライングの演出が取りやめになったもようで、増田貴久さんや高橋大輔さんのフライングは見られなかった。
    オペラグラスで見ていた限りでは、吉田栄作さん演じる影帝がフライングでの退場予定のとき、アンサンブルメンバーが吉田さんのハーネスにワイヤーを付けるのに手こずり、結果的に付けられず退場を急遽変更したように見えた。(衣裳をしきりにゴソゴソしていたので、ワイヤーを引っ掛ける所が見つからなかったのかも)

    出演者も総じて適材適所というか、もはやスケーターと俳優の差がほとんど気にならないレベルで、「演技の上手いスケーター」と「スケートの上手い俳優」が共演。

    吉備津彦役の増田貴久さん(まっすー)は、歌が文句なく上手いのは当然ながら(NEWSが3人になるくらいまではわりと拝聴していた)、スケートも、バックで滑ったり、急ブレーキをかけて身体の向きを変えたり、わりとスピーディーに滑ったりしていて、元々器用だったり、身体感覚が優れているところもあるんだろうけど、努力家なんだろうなと思えた。
    相手役となる温羅役の高橋大輔さん(大ちゃん)との、バランスや相性が良かったのも大きいかも。
    役柄上、饒舌に喋る設定ではないが、役柄の持つ悲哀みたいなものが身体から感じられ、歌声がちょっとかすれ気味な感じなのも役柄に合っていた。(役作りでかすれさせていたのか、乾燥で不本意にかすれてしまったのかは分からないけど)
    ちなみに、まっすーがアリーナの客席通路を歩きながら歌う演出があり、目の前に現れたまっすーを、驚きで口に手を当てて目を丸くして見ている観客(おそらく、まっすーファン)の様子も、ついオペラグラスで観察してしまったw

    一方の大ちゃん(トリノ五輪の選考くらいから大体のプログラムはテレビで拝見してた)、身体表現や表情、歌声(ソロ歌唱やまっすーとのデュエットも)、言葉にならない叫びなどは、文句無かったのだけど、いかんせん発声が厳しい。
    全体的にちょっとゴニョゴニョ喋りがちというのもあるかもしれないけど(元々滑舌はあまり良い方ではないと思う)、マイク付けてるのに声が聞こえない(拾えない)のは、おそらく、息が相当漏れてるというか、「全部の息を音声化に使えていないのでは?」という感じ。(あれだけ滑るのだから肺活量には問題ないと思う)
    長セリフがあったのもかえって悪目立ちしてしまった感もするし、「心優しい役柄=穏やかに喋る」みたいになっていたのも一因かも。
    たぶん本人の資質的に、今回みたいな「シリアスで、しかも鬼と化して葛藤するような役柄」ではなく、明朗なキャラクターの役のほうが合ってると思うんだよね…

    温羅の理解者である八雲役の福士誠治さんは、これまでのキャリアで培った実力をいかんなく発揮で、抜群の安定感。こういうステージでのセリフの発し方や聞かせ方も心得ている感じだし、スケートも普通に滑れるし、歌もいい。(もっとブレイクしていい存在なのに!)

    八雲の妹で、温羅の婚約者である阿曽媛(あぞめ)役は森田望智さん。中学生になるまでフィギュアスケートをやっていたそうなので、滑りは問題なく、なんなら大ちゃんとアイスダンス的なデュエットを披露するほど。
    惜しまれるのはセリフ。大ちゃんと同じく、吐息と一緒にセリフを喋りがちで、彼女の持ち味である柔らかい感じの発声が、まだ舞台向きではない感じ。
    だから大ちゃんとふたりのシーンだと、ふたりの雰囲気は良いのだが、語られている内容は漠然としか伝わらず…もちろんマイクは付けているのだが、吐息系の発声との相性は良くなく…

    雉こと留玉臣命(とめたまおみのみこと)役の財木琢磨さんもたいへん良かった。中性的なキャラで、吉備津彦の家臣のリーダーポジションで、観ていて飽きないというか、もっと観たくなる存在。
    演じ方がワンパターンにならないところが良い。セリフも明瞭だし、所作もキレイ。どことなく福士誠治さんっぽい感じ…というか、この役が少し福士さんっぽいのか。(福士さんが演じても違和感ない)

    その財木さんの影響か、犬こと犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)役の島田高志郎さんと、猿こと楽々森彦命(ささもりひこのみこと)役の田中刑事さん、このふたりの演技はスケーターの域を超えており、こんなに演じられると思っていなかったので、意外性もあってとても良かった。
    キャラクターを演じるのはもちろん、セリフも棒読みではなく聞き取りやすく(セリフに限って言えば大ちゃんより全然良い)、コミカルもシリアスもイケる。

    温羅の家臣、千秋(せんしゅう)役の青山凌大さんも好演。歌声も聴かせるし、滑りも魅せてくれた。
    なお、朝ドラ『虎に翼』では森田望智さんの息子・直人役だったので、朝ドラファンにはたまらないキャスティングw

    影帝の吉田栄作さんは、それほどは滑らなかったものの、まさかのソロ歌唱あり。しかもこれが、わりと難解なメロというか音取りで、「ラップか?」みたいな、演奏と歌が合っているのかズレているのか、よく分からないような楽曲。(たぶんズレてはいないw)
    歌手デビューからしばらくの間、CDを買っていた身としては、「まさか栄作の歌声をここで聞けるなんて!」という思わぬ感激ポイント。

    祈り女こと幽(かすみ)役の村元哉中さん、セリフは無く、白く発光する球体を持って、鎮魂しながら滑る。
    そういえば、如月小春作品に、こんな存在の、白い人が登場してたっけ…なんて思ってみたりw

    荒川静香さんは、スピンとかイナバウアーなども披露。最終的には大ちゃんを襲うような役柄で、いわゆるラスボスのひとり。戸田恵子さんの録音セリフに合わせて口パクするという、いわゆる「二人一役」的に言うとムーバーポジションで、別に口は動かさなくても成立するのに…とは思ったけどw
    あと、トリノの代表ふたりが20年後にこんな形で共演してるなんて…という、別の感動も。

    もうひとりのラスボス、闇呑神(やみどんのかみ)の市村正親さんは映像での出演。さすがの存在感なのだが、映像演出のせいか、いかんせんかなりクドい。(舞台演技をテレビで見る感じに近い)
    あんなに顔のアップを長々と投影し続けなくても良いだろうに。どうしたってモニター映像のほうが、リンク上の演者より大きいので、ずっと映し出されているとちょっと食傷気味に。

    まあそもそも、今回、映像演出はイマイチというか、大河ドラマのCG処理とかに比べると少し大雑把な(荒い)印象で、ほかの演出に比べて細部が若干チープだったかも。(予算か時間が足りなかったのかな?と思ってしまう感じ)

    グッズ売り場の「入国審査のパスポートコントロール」みたいなシステムとか、休憩時の女性用トイレ待ちの半端なく長蛇の列とか、館内の自販機の強気な値段設定とか、一目でまっすーファンと分かる「ネコます(まっすーの創作キャラクター)」を身に着けた人たちとか、初・横浜アリーナの身としては、色々と初めて目にするような光景も多く、実に興味深かった。(おかげで、空き時間についウロウロしてしまったよねw)

    そんな感じで、フィギュアスケートの現場にも、横浜アリーナにも行ったことがないのに、軽い気持ちだけで今回来てみたのだけど、なかなかどうして、見応えのある立派なステージに仕上がってた。
    フィギュアスケートファン、増田貴久ファン、SUGIZOファン、その他の出演者ファン、演劇ファン、それぞれが、推しの新たな一面を知り、推し以外の出演者の素晴らしい一面を知り、相互に自分の推しを誇りに思え、相手の推しを尊重できるような、そんな企画になっていたと思う。
    チケット代は高かったけれど、それだけのものは観られた。(ひとつの場面からの情報量がさすがに多すぎて、全ての要素を1回で咀嚼しながら観るのは大変だったけど)


    日本テレビ放送網株式会社
    『氷艶 hyoen 2025―鏡紋の夜叉―』
    脚本:末原拓馬(おぼんろ)
    演出:堤幸彦

    温羅:高橋大輔
    吉備津彦:増田貴久
    鉄の女神:荒川静香
    八雲:福士誠治
    幽:村元哉中
    楽々森彦命:田中刑事
    犬飼健命:島田高志郎
    留玉臣命:財木琢磨
    千秋:青山凌大
    阿曽媛:森田望智
    影帝:吉田栄作
    [スペシャルゲストアーティスト]演奏:SUGIZO
    [特別映像出演]闇呑帝:市村正親
    [特別音声出演]鉄の女神:戸田恵子

    アンサンブルスケーター:松橋浩幸、橋本誠也、小沼祐太(Prince Ice World)、吉野晃平(Prince Ice World)、松浦功、塚本啓司、大島光翔、木科雄登、佐々木晴也、佐藤由基(Prince Ice World)、門脇慧丞、小田垣櫻、西田美和、中西樹希(Prince Ice World)、占部亜由美
    アンサンブルキャスト:亀井翔太(BLUE TOKYO)、大舌恭平(BLUE TOKYO)、有木真太郎、松岡歩武(TOK¥O TRICKING MOB)、藤田朋輝(BLUE TOKYO)、松田陽樹(BLUE TOKYO)

    丹羽遥珂、日髙晴久、藤本東馬、渡邊由良

    音楽:SUGIZO
    クリエイティブ・ディレクター:モモナガシマ
    振付・所作指導:尾上菊之丞
    振付:宮本賢二、村元哉中
    ステージング:生島翔
    振付(尾上菊之丞)助手:五條珠太郎

    「氷艶」ネーミング:坂本愛
    「氷艶」題字:平野静暁

    演技指導(スケーター):福士誠治
    スケートアドバイザー:薄田隆哉
    スケート指導(俳優):橋本誠也、小沼祐太(Prince Ice World)
    歌唱指導:長谷川開、潤豊

    衣裳デザイン:三浦洋子(アトリエ88%)
    衣裳製作進行:堀内真紀子、川島加菜果
    衣裳製作:堀内真紀子、中埜愛子、金子里華、泉田まゆみ、春木里華、佐藤瑤子、梅津佳織、上原絵里奈、中川明香、加藤澄江、鶴岡真奈美、塚本かな、富永美夏、アトリエ88%
    ヘッドドレス:金子里華
    染色・テキスタイル:三浦洋子
    衣裳進行:梅田和加子、伊藤優理、種本依里子、近藤知子、懸樋抄織、小林瑞穂、大窪真
    衣裳協力:小川峰株式会社、サトーサンプリングルーム、サンプリーツ、STP factory、羽美
    髭協力:プロピア
    スパイクシューズ:SECESSION

    アートディレクション・デザイン:原島直子 (RAM)
    ヘアアーティスト:INOMATA, KOO SATO(&’s management)
    メイクアップアーティスト:Mio (SIGNO)、sachi
    ヘアメイクアップアーティスト(アンサンブル):栢木進
    ビジュアル制作コーディネイト&マネジメント:稲冨美紀 (SECESSION)

    映像ディレクター:髙橋洋人
    音楽制作プロデューサー:茂木英興
    音楽制作協力:植田能平
    マニュピレーター:d-kiku
    舞台美術ビジュアルデザイン:小林直貴(日本ステージ)
    照明プランナー:高橋邦裕(東京舞台照明)
    音響デザイン:佐藤日出夫、中尾憲嗣(SCアライアンス)
    映像協力:ジャパンアクションエンタープライズ
    収録技術:小林宏義、船越正道、佐々木賢(日テレ・テクニカル・リソーシズ)

    演出助手:竹内彩(H9 plus)、松森望宏
    舞台監督:神力謙(MOMOX)
    舞台監督補:柏本詩帆、渡邉野乃花、田中倫子、山田和希、並木勝道、三川順、片山徳三、斎藤幹
    舞台制作:田島大志
    舞台制作補:中林彩
    衣裳制作進行:吉元あおい、茶畑由紀、小野涼子

    アクションコーディネーター:諸鍛冶裕太
    アクションコーディネーター助手:東慶介、宮川連
    フライングコーディネート:B.O.S-FLYING
    フライングコーディネーター:下川真矢、岩上弘数

    スケートリンク設営:パティネレジャー
    トラス施工・美術:日本ステージ
    会場設営、装飾、備品:パンセイ
    映像制作・出力:レイ
    PREVIS:team VisCOM
    小道具:高津装飾美術
    照明:東京舞台照明
    DOTIMAGE:ISA
    音響・音響効果:SCアライアンス
    レーザー:FUN WINGS
    フライング:B.O.S-Entertainment
    マーカーライト:新光企画
    特殊効果:HOTSHOT
    トランポ:SCUD Inc.
    電源:三穂電機

    製作協力:福冨薫(オフィスクレッシェンド)
    制作協力・運営:徳永美樹、岡野孝宏、大木武史、小田遥香、 内田夕香子、江口航平(セイムトゥー)
    制作協力:吉越萌子、児玉奈緒子(MAパブリッシング)、山内未央、間宮春華、長浜あかね
    リハーサル協力:エフ・オー・ビー企画
    警備:協栄

    主催:日本テレビ放送網株式会社(関川悦代、遠藤正累、松村英幹、福井雄介、錦織早都美、関谷亜希、片山知香子/澤桂一)
    主催・企画・製作:株式会社ユニバーサルスポーツマーケティング(豊原絵梨子、間瑛子、大濱航至、原田雄介、大橋加苗)
    後援:公益財団法人日本スケート連盟
    特別協賛:日本郵政株式会社
    協賛:スカイコート株式会社、株式会社アペックス

    2025年7月5日〜7日 横浜アリーナ

  • iaku『はぐらかしたり、もてなしたり』@シアタートラム
    【2025/7/4 19:00〜20:45(途中休憩なし)】

    横山拓也氏による作・演出のiakuの新作公演は、狭い人間関係での様々な恋愛模様が描かれ、チラシで「ラブコメディー」と銘打っているのだが、恋愛モノと言うよりは、「ひと癖ある人たちしか登場しない、恋愛要素も含んだ人間関係の悲喜こもごも」と言ったところ。
    ある意味ではだらしなくもあり、ある意味では煮え切らない、ダメダメなんだけど憎めない、そんな人たちばかり。

    鈴木勇(瓜生和成)と鈴木鈴香(竹田モモコ)の、妻の家出による別居状態な夫婦関係を軸に、一人娘・愛(高橋沙良)と梨伊雅[りいが](井上拓哉)による若い二人の恋の始まり、勇の元妻・晴野充(小林さやか)とその部下・蔵田(近藤フク)による年の差恋愛、鈴香の友人・真美(異儀田夏葉)と真美の死んだ友人・智子の夫の浩輔(富川一人)のこれから進展しそうな関係、などが同時進行的に描かれていく。
    ここに、鈴香の2年間家出していた具体的な真相(元上司の介護・看取りのためだったのだが、周りは勝手に元上司を男性と思い込んでいたが実は女性だった、とか)や、妻が家出中に勇と充が復縁して不倫関係にあったとか、生前の智子が蔵田と浮気していた、などの新事実も判明していき(観客にのみ明かされるものと、登場人物たちにも知らされるものとに分かれる)、かなり複雑な関係となっていく。

    この複雑極まりない関係を、面白味を交えて、しかも分かりやすく物語を紡いでいける横山氏は、やはりさすがである。客席も、後半になるに従って笑いが起き、前のめり気味で観ている客も多かった印象。(観客はまさしく老若男女という感じで、客層の幅広さもiakuの特徴かも)
    ただ、(iakuにしては)わりと性を感じさせる生々しい描写がいくつかあり、その意味では大人向けかも。

    僕がiakuに「良いなあ」と思っている部分は、「少しだけ突飛な設定なのに、妙に現実に起こりそうな説得力がある感じ」や「極めて演劇的な演出手法で演技もリアリズムとはまた少し違うのに、とても現実味が感じられるところ」なのだが、ただ今回は、そのバランス感覚が少しだけ不均衡に感じられてしまった。
    ちょっとあざと過ぎた感じもあり、「物語」としてのフィクション性・ファンタジー性が勝ってしまったかも。

    たとえば、梨伊雅が本を読んでいる設定なのだが、そこで語られる内容は舞台の進行(誰かの物語)になっていて、要は、梨伊雅が物語を外から見ているストーリーテラー的な役割にも見えるのに、一方で物語そのものにも登場人物として関わっているので、「え?じゃあ彼が読んでる本は何なの?」と思ってしまったり。

    あと、僕は、周りの観客ほどには笑えなかったのだが、それはきっと、登場人物たちがひどく気の毒に見えたというか、笑って済ますのが憚られるというか、そんな感覚だったからかもしれない。(勇が元妻と(最終的には再び別れたけど)寄りを戻してたこととか鈴香は知らないままだし…)

    とは言え、出演者はそれぞれにキャラクターの具現化が上手く、座組的にも良い組み合わせだと思った。

    真美役の異儀田夏葉さんが醸し出す、気風の良さと、セリフ感皆無の嘘のないセリフは相変わらず良かったし。
    あまりに独特な人間性である蔵田役の近藤フクさんも、多くの観客の印象に残ったと思う。あの間の取り方と、人を馬鹿にしたような言い回し(褒め言葉)は素晴らしい。
    浩輔役の富川一人さんの、欲望を理性で抑えているようなキャラや、周囲の人たちからの振り回され具合も素敵。(今回わりと共感できた役は浩輔かもしれない)
    梨伊雅役の井上拓哉さんの、無垢で真っ直ぐな、眩しい感じも良かった。(どこかで見たことがあると思ったら、『虎に翼』の寅子の同僚裁判官!)

    また、セリフ中でしか出てこない、鈴香が看取った元上司と、浩輔の死別した妻・智子、このふたりの存在感が結構大きく、登場しないけど印象に残る。
    存在感と言えば、「オムライス」「巻き寿司」「コンビニ限定スイーツ」もw(観てないと、何のことだか全く分からないだろうけど)

    舞台装置はスキップフロアを組み合わせたような、おしゃれな抽象セット。それぞれの場での使い方や設定が、巧みで見事。階段が多いので、出演者の運動量は地味に多そうではある。


    iaku
    『はぐらかしたり、もてなしたり』
    作・演出 横山拓也

    鈴木勇 瓜生和成
    鈴木鈴香 竹田モモコ
    鈴木愛 高橋紗良
    真美 異儀田夏葉
    浩輔 富川一人
    梨伊雅 井上拓哉
    蔵田 近藤フク
    晴野充(蔵田の上司) 小林さやか
    声の出演 伊藤えりこ

    舞台美術 柴田隆弘
    照明 葛西健一
    音楽 山根美和子
    音響 星野大輔
    衣裳 中西瑞美
    演出助手 須藤黄英
    ドラマトゥルク 上田一軒
    演出部 伊藤えりこ
    舞台監督 青野守浩
    舞台美術助手 白坂奈緒子
    音響オペ 堤ゆりえ
    照明オペ 久津美太地
    宣伝 吉田プロモーション
    宣伝美術 下元浩人(EIGHTY ONE)
    宣伝写真 井手勇貴
    宣伝ヘアメイク 田沢麻利子、高橋のりこ
    舞台写真 木村洋一
    映像収録 堀川高志(kutowans studio)
    鑑賞サポート 舞台ナビLAMP(音声ガイド 藤井佳代子/バリアフリー字幕作成 浅井由美子)
    制作協力 吉乃ルナ、三國谷花、中川拓也、市川羽菜、米田マナ海
    アソシエイトプロデューサー 渡辺信也(TBSテレビ)
    ラインプロデューサー 笠原希

    協力 エンパシィ、大沢事務所、オフィスPSC、小松台東、トローチ、ニベル、劇団はえぎわ、ばぶれるりぐる、ファザーズコーポレーション、ペンギンプルペイルパイルズ、吉住モータース、ワタナベエンターテインメント

    提携 公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアター
    後援 世田谷区
    主催 一般社団法人iaku
    助成 文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2025年6月27日〜7月6日 シアタートラム
    2025年7月12日・13日 吹田市文化会館メイシアター 中ホール
    2025年7月20日 四日市市文化会館 第2ホール
    2025年8月2日・3日 穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース

  • 名取事務所『燃える花嫁』@岡山芸術創造劇場ハレノワ 小劇場
    【2025/6/24 19:00〜21:10(途中休憩なし)】

    川口市に生きるクルド人の現実に着想を得た、「そう遠くない未来の日本の、移民問題」を描いた作品。(ちなみに、「日本に着いたらワラビのマックに行け」という合言葉があるらしい)

    「テロ」「難民と移民」「共生」「差別」「出自とアイデンティティ」などが盛り込まれた骨太な社会派作品で、外国人労働者としてやって来た人たちだけでなく、子世代の「厳密には日本国籍ではないが、もはや日本しか知らない世代の、でも外国人扱いされてしまうような人たち」も描かれている。このあたり、戯曲では直接的に描かれてはいないが、いわゆる「在日」と呼ばれる人たちにも通じる部分かと。
    また、移民側の視点もかなり盛り込まれ、特に「なぜ日本に来たのか」の理由が切実で、彼らが母国について語る場面によって、作品の深みがグッと増した気がした。
    現実でも、「日本に憧れを抱いて母国から逃れるようにやって来て、でも実際はそんなに甘くなくて、でも国に帰ることは考えられなくて、行き場を失い、しがみつくように日本で暮らしている」…そんな人たちもきっと多いのだろう。

    重苦しくなりすぎないよう、ポップな演出や、コミカルなやり取りも挟み込みつつ、でもガツンとやるところはガツンと斬り込む、そんな作品だった。
    観客に宿題を色々と持ち帰らせるような作品でもあり、「移民国家」となるであろう日本に向き合う「覚悟」について、そして、「彼らとどう共生していくのが良いのか」、「彼らと我々と何が同じで何が違うのか」、そんなことも考えさせられてしまう作品でもあった。

    ただ、主人公でもある、移民のユウスケ(みのすけ)が捕らえられたあたりからの戯曲の書き込みが少し飛び飛びの印象で(結果的に、さらに10年後まで飛ぶ)、ラスト近くで、母国でのテロで死んでしまったマキ(森尾舞)が魂としてアカリ(平体まひろ)の元へ戻って来たファンタジー設定とか、アカリの叔母でありユウスケの姉であるカナエ(鬼頭典子)が派手な装いになってるのは民族衣装なのかとか、いい加減だったあのノリオ(山下瑛司)がどうやってミスドの店長に就いたのかとか、分かりにくい所もあり、そこは想像で補うにしても、物語が端折られてしまっているようにも感じられて少しもったいなかったか。

    一方で、タイトルの「燃える花嫁」の回収の仕方が絶妙で、「何気ないプリクラの場面での花嫁姿が、そこに繋がってくるのかー」と感心。

    出演者のなかでは、テロリストの肉体派な側面を持ちつつも、周囲に強要して仲間に引き入れるようなことはせず、慕われる姉さん的存在でありながら同時に孤高の存在でもあるマキを見事に体現していた、森尾舞さんが文句なく良い。
    そして、マキとは違う方向性での姉さん的存在の、カナエ役の鬼頭典子さんも良すぎた。さすが文学座。
    なかでも、マキとカナエが母国のことを語り合う場面は、その語り口だけで、2人の幼かった頃の様子がありありと浮かんでくる良い場面。(同時に切ない場面でもあるが)

    なお、本公演の企画発案者は、岡山芸術創造劇場ハレノワのプロデューサー・渡辺弘氏らしく、それを名取事務所の名取敏行氏がプロデュースする形で、脚本をピンク地底人3号氏に、演出を生田みゆき氏に依頼したようだ。
    その意味では、岡山公演こそがメインの公演会場とも言える。(ということを当日配布のパンフレットで知ったのだが)

    来年の10月には、名取事務所×横山拓也で「移民」シリーズの第二弾が上演されるもよう。見逃せない。


    名取事務所公演
    『燃える花嫁』
    作 ピンク地底人3号
    演出 生田みゆき

    出演
    キリノアカリ(ユウスケの娘) 平体まひろ
    キリノユウスケ(アカリの父/キリノ工業社長) みのすけ
    キリノカナエ(コウスケの姉/アカリの叔母) 鬼頭典子
    近藤健人(拓也の父/近藤工業社員) 清水明彦
    近藤拓也(健人の息子/従業員) 西山聖了
    筒井昌美(弁護士) 松本紀保
    サカモトノリオ(従業員) 山下瑛司
    ミドリカワマキ(トラック運転手) 森尾舞

    美術 杉浦充
    照明 桜井真澄
    照明操作 廣田恵理
    音響 藤平美保子
    音響操作 北野さおり
    衣裳 樋口藍
    擬闘 栗原直樹
    演出助手 岩佐美紀
    舞台監督 八木澤賢
    宣伝デザイン 柳沼博雅
    制作担当 栗原暢隆、佐藤結、鍋嶋大輔
    企画 渡辺弘(岡山芸術創造劇場ハレノワ劇場長 兼 プロデューサー)
    プロデューサー 名取敏行
    製作 名取事務所

    協力 川口茂人、松本光史、今井優香里、(有)東京舞台企画、NPO舞台21、NPOグローバルプランナーズ、オフィスK2、有限会社マッシュ、株式会社シアター・ナインス、文学座、ももちの世界、NPO文化政策ネットワーク、NPO法人SSG、東京舞台照明、山北舞台音響、スタジオ・ポラーノ、株式会社ゴート、大澤広告事務所、(株)ワイズ

    2025年6⽉11⽇〜15⽇ 吉祥寺シアター【主催 有限会社名取事務所】
    2025年6⽉20⽇・21⽇ ロームシアター京都ノースホール【主催 ロームシアター京都(公益財団法⼈京都市⾳楽芸術⽂化振興財団)、京都市】
    2025年6⽉24⽇・25⽇ 岡⼭芸術創造劇場ハレノワ⼩劇場【主催 岡⼭芸術創造劇場ハレノワ、(公財)岡⼭⽂化芸術創造】
    2025年6⽉28⽇・29⽇ J:COM北九州芸術劇場⼩劇場【主催 (公財)北九州市芸術⽂化振興財団】

  • 2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.2『ザ・ヒューマンズ―人間たち』@新国立劇場 小劇場
    【2025/6/18 14:00〜16:00(途中休憩なし)】

    スティーヴン・キャラムが描く、ある移民系アメリカ人一家の、感謝祭での団欒の物語を、桑原裕子氏の演出で。
    観劇回は地元高校生の演劇鑑賞回を兼ねていて、客席の大半を高校生が占めていたが、集中して、細かいところまで観ている生徒が多かった印象。

    ニューヨーク・マンハッタンのチャイナタウンにある、老朽化したメゾネット風アパートが舞台で、上階と下階はらせん階段(もしくは外廊下にあるエレベーター)で繋がる。上階が地上一階で、下階は地下階という設定。
    上階の窓には鉄格子があり、日当たりはすこぶる悪いのだが、その分、広さは抜群で、上階が玄関ホールとバス・トイレ、下階がリビング・ダイニングとキッチン(と奥まって見えない寝室?)という間取り。

    作品に散りばめられたモチーフとしては、「アイルランド系移民(感謝祭の祝い方もアイルランド風にこだわる)」、「認知症」「就職難」「うつ病」「病気の悪化による人工肛門」「同性愛」「過食症」「不眠症」「不倫問題」「隣人の騒音問題」「9.11」「差別問題」「難民問題」などなど。
    「それぞれがそれぞれに問題を抱えている」ということはとてもよく分かるのだが、解決策の糸口は見えてこないまま、不穏な空気をまとって終幕を迎える。
    ある意味では、(演技の質感的には普通のリアリズム風ではあるが)教訓や感動の演出のないドキュメンタリーを見ているようでもあり、テーマ的に刺さるところが無い観客の場合、「演技面における評価」以外では作品を語りにくい気もする。

    家族だけど、大半が、「家族に対して愛情を持っている反面で、家族に対して鬱陶しさも感じている」風にも見え、それぞれが互いの何気ない言動に対して、勝手に興奮したり、勝手に怒ったり、勝手に盛り上がったりと、忙しい家族w
    なので、「この人たち、どうやってこれまで暮らしてきたんだろう」「なんで、わざわざ家族団欒をやろうとしたりするのか」という疑問も。
    仲良かった家族が感謝祭を機にほころび始めるというよりは、もともと少しだけギクシャクしてた家族が感謝祭を機にさらにヒートアップした印象なのだが、でも決裂して終わるわけではなく、何となく「ま、いっか」的にウヤムヤなまま終わるので、「結局、何だったんだ?」感も残り…

    アメリカにおける社会構造やら様々な差別問題などが散りばめられていて、そのあたりが実感を伴って理解できないと、日本に住む者にはあまりピンと来ない戯曲なのかもしれない。

    全編を通して、平田オリザばりの同時多発会話が繰り広げられる瞬間が多く、しかも、相手が言い終わらないうちに喋り始める人が多いので、「対話する」というよりは「主張する」という感じで、「人の話を聞かない家族だなー」という印象w(「悲劇喜劇」に掲載された戯曲によると、原作がそういう風に書かれているようだ)
    のっぺり演出されるよりは、忙しなくサクサク進むほうが観やすくて良かったとは思うが、余韻を感じられる演出が施される瞬間がもう少しあっても良かったのかも。

    長女のエイミーを演じた、「南海キャンディーズ」のしずちゃんこと山崎静代さんが好演。体型とか声質が独特ではあるのだが、それが特異キャラになることなく、上手く役柄の個性として昇華されていて良かった。(エイミーという役柄自体が、ちょっと特異キャラの設定ではあるけど)
    電話の受け答えの演技も、おそらく一人芝居でやっていると思うのだが、反応とか、自分のセリフの遮られ方とか、めちゃ自然で、すごく勘が良い人なんだと思う。


    2024/2025シーズン
    シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.2
    『ザ・ヒューマンズ―人間たち』
    作 スティーヴン・キャラム
    翻訳 広田敦郎
    演出 桑原裕子

    エリック・ブレイク 平田満
    ディアドラ・ブレイク 増子倭文江
    エイミー・ブレイク 山崎静代
    ブリジッド・ブレイク 青山美郷
    「モモ」・ブレイク 稲川実代子
    リチャード・サード 細川岳
    年配の中国人女性 きし朱紗

    美術 田中敏恵
    照明 佐藤啓
    音響 藤田赤目
    音楽 久米大作
    衣裳 半田悦子
    ヘアメイク 高村マドカ
    演出助手 和田沙緒理
    舞台監督 川除学
    演出部 满安孝一、小山内ひかり、山中麻耶、平石尚子
    プロンプ きし朱紗
    大道具 東宝舞台(高畑七海)
    小道具 高津装飾美術(西村太志)
    電飾 イルミカ東京(堀加奈)
    衣裳 松竹衣裳(清水崇子、柿沼薫、井上裕子)
    履物 アーティス(中尾舞)
    観劇サポート イヤホンガイド、篠原初実、彩木香里(音声ガイド)、文化庁委託事業「令和7年度障害者等による文化芸術活動推進事業」

    舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ、フリックプロ、鈴木芳幸(舞台)、吉田信夫(舞台)、鈴木かおり(照明)、仲田竜太(音響)、 NAKADA Ryuta (Sound)、押井敏明(大道具)
    制作助手 坂井加代子
    制作 七字紗衣
    プロデューサー 伊澤雅子
    芸術監督 小川絵梨子

    主催 新国立劇場

    2025年6月12日〜29日 新国立劇場 小劇場
    2025年7月5日〜6日 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
    2025年7月19日 茨木市文化・子育て複合施設 おにクルゴウダホール(大ホール)

  • 第67回 静岡県中部高等学校演劇公演(静岡会場/15日のみ)@しずぎんホール・ユーフォニア
    【2025/6/15 13:00〜18:00(1校ごとに10分程度の休憩挟む)】

    清水南の上演を観劇するにあたり、せっかくなので同日の他校の上演も観劇。15日の静岡会場の5作品について簡単に感想を。

    13:00 静岡県立静岡東高等学校
    『ロマンティックがキマラナイ!』
    作・佐藤柚理子、伴野なつ美
    生徒創作の脚本で、やりたい事を詰め込んだ感じの作品なのだが、ちょっと統制が取れてないというか、仕上がりのバランスが「自己満足」の域で留まってしまっているのがもったいない。もう少し、創作の過程で顧問(もしくは大人の視点)が介入すれば良いのに(すでにしてるのかも、だけど)。
    冒頭からしばらく劇中劇が演じられるのだが、「演劇部の稽古」であることが明かされるタイミングがちょっと遅すぎるし、唐突な歌パート自体はまだ良いとしても、その歌の内容が聞き取りにくい&歌うことに照れが見える出演者がいるし、プロットに対して書かれている会話の練度が緩いというか書き込みが甘い感じだし、無駄な身振り・手振り・抑揚がとても気になるし、「劇中劇の男役を演じる男子演劇部員役(それを演じているのは女子部員)」みたいにジェンダー設定が複雑すぎるし。
    「もっとこうしたら良くなるんじゃない?」みたいなアドバイスが入るだけで随分良くなりそうな印象はあるだけに、全体的に惜しい。

    14:00〜静岡市立高等学校
    『新・下剋上大作戰』
    作・長谷川千夏
    スクールカーストを題材に、自分の居場所を見つけていく物語。顧問による当て書きと思われ、それぞれの出演者と演じるキャラクターがハマっているし、物語の筆運びもスムーズ。カースト上位の生徒と下位の生徒の違いが、もう少し明確だとリアリティが増す気がする。(下位の生徒たちが下位にラベリングされている説得力が弱いというか、言うほど地味に見えないというか、上位の生徒たちのキラキラ感が足りないというか…)
    教室の壁に見立てたパーテーションが、セッティングや取り扱いが楽そうで、でもチープにならずに空間づくりに貢献していて、良かった。
    やたらと正面を向いて会話をするのが気にはなったが、まあご愛嬌の範囲か。

    15:00〜静岡県立静岡城北高等学校
    『CLOSED』
    作・ダニエル藤井/脚色・静岡城北高校演劇部
    経営難で閉店し、明日、建物が取り壊される、海が見える喫茶店が舞台。そこにたまたまやって来て、結果的に閉じ込められてしまった人たち(女子高生、ヤクザの若衆、教師と教え子、喫茶店のオーナー)の一夜のドラマ。
    なかなか面白い筋書きだったのだが、動物たちが登場する劇中劇のプロットや、その劇中劇と本筋とのリンクの仕方が、個人的にあまりしっくり来ず。
    出演者は総じて手堅く上手い演技。なかでも、喫茶店のオーナー役の生徒は、派手さはないが、セリフの語り方が上手く、感情や感覚の乗せ方の匙加減が絶妙。声質も良き。

    16:00〜静岡県立清水南高等学校
    『天守物語』
    作・泉鏡花
    「宮城聰演出の『天守物語』の完コピ」ということで、演出はおおよそ宮城聰(直接の演出はしていないけど)。ただ、本家とはまた違う趣きもあるため、「完コピ」というよりは「カバーヴァージョン」というほうが近く、「完コピ」と自称することには少し疑問も残る。
    演技の技術面においては、他校より頭ひとつ抜きん出ているのは確かなのだが、清水南に関しては「演劇部」=「演劇専攻」なので、それを踏まえて比較するか否かで、評価が変わるだろう。個人的には、もっと実験的・挑戦的な作品のチョイスでもよかったような気も。
    図書之助ムーバーが、前髪で顔が隠れてしまっていたのが残念。

    17:00〜静岡県立静岡高等学校
    『このままでは終われない 〜空き巣注意報〜』
    作・新堀浩司/潤色・静岡高校演劇部
    廃部が決まっている上でのラスト舞台。新堀浩司氏の戯曲を劇中劇として使い、いまの自分たちの演劇部の状況をリアルに舞台化した作品。劇中劇部分のクオリティも悪くはなく、『空き巣注意報』だけを最後まで観てみたい気も。
    上演の大トリということもあり、静岡高校がこの日の実質的な主役で、「これで終わり」という「1回だけ使うことができる最後の切り札」を最大限に利用した舞台。絵づくり、演技、演出、どれをとっても平均レベル以上であり、弱小演劇部ならともかく(いや、それもどうかとは思うけれど)、彼らがどうして活動を諦めなくてはいけないのか、いろいろと本当に残念でしかない。

    ところで、同日に2会場で同時上演だとどちらかしか観られず、他地区同士ならまだしも、2会場とも「中部地区」なわけで、この方針が個人的にはスゴい違和感。
    いっそのこと、中部は2つ(コンクール参加派とノンコンクール派)に分けてしまって、もうそれぞれが独立して運営すればいいのに…と思ってしまうのだが、やはりそれは難しいのだろうか。せめて、6月公演くらい仲良く1つの会場で上演したらいいのに…


    令和7年度 静岡県高校総合文化祭演劇部門
    第67回 静岡県中部高等学校演劇公演


    主催:静岡県中部高等学校演劇協議会、静岡県教育委員会、静岡県高等学校文化連盟


    2025年6月14日(土)・15日(日) 島田市プラザおおるり
    2025年6月14日(土)・15日(日) しずぎんホール・ユーフォニア