観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • 鳥公園♯15『終わりにする、一人と一人が丘』@東京芸術劇場 シアターイースト
    【2019/11/23 14:00〜15:45(途中休憩なし)】

    例に挙げる作家や劇団をそこまで詳しく知らないので、本当に、全くのイメージでしかないが、「ウィリアム・バトラー・イェイツ」と「チェルフィッチュ」を足して2で割り、そこに「マームとジプシー」風味をちょっとまぶしたような、そんな舞台だと思った。上演時間は休憩なしの1時間45分。

    とりあえず、一般的な演劇とは異なる作風で、「心象風景」というか、「自分の頭の中を覗く別の存在がいる」というか、「誰が私で、誰が私じゃないのかが曖昧」というか。とにかく非常に散文詩的。
    日常的な会話も出てくるのだが、モノローグもかなりの頻度で出てきていて、そこに関しては、もはやセリフというよりはポエムに近い。いや、もっと理系的なイメージだ。
    そして、かなり緻密に練られて書かれた台本が存在するのだろうけど、観ている側からすれば「かなり書き散らした戯曲」という印象。それも、広告の裏だったり、ノートだったり、砂の上だったり……みたいに、あっちこっちに書き散らしている印象。「思い浮かんだときに、思い浮かんだことを、その場の何かにメモしている、自分だけが分かればいい書き方で」、そんな感覚に近い。

    言葉を発する主体もまた、実態があるのか無いのか……みたいな感じで、たぶんわざと、不確実・不確定な要素を盛り込んでいて、いろんなことが確証を得られないまま観劇している感じ。もはや、眼前の舞台を、ただただ、眺めているしか術はない。
    うーん、作品世界をうまく形容できない(笑) いちおう、話の本筋はある。ただそれが、一筋縄では展開していかない感覚。

    出演者たちの衣裳は、ストッキングのような透け素材の全身タイツ風なもの。ただし、その下には、アンダーウェアなどを身に着けている。一人だけ(男性)普通の洋服(ただし、下半身はアンダーウェアに靴下という間抜けな感じ)。
    劇の後半、「ひとりの女性が全身タイツ風なものも、アンダーウェアも全て脱ぐ」という場面があって、全てを脱ぐことが、作品において重要な要素を担っており、その女性は舞台上で全裸になる。

    もちろん、それはいいのだが、僕が気になったのは、先のパンツ男性だ。彼は、劇の冒頭から2〜3回、入浴場面があったのだが、その場面では全部脱ぐし、それ以外では全身タイツ風衣裳を着ることはない。彼は作品世界において、ほかとは違う異質な存在であることを印象づけられていた。
    ただ、腑に落ちないのは、彼は、全部脱ぐときは常に、局部だけは自分が着ていたTシャツでしっかりと隠していたことだ。これは、女性が全裸になったときでさえも。
    男性も一糸まとわない姿になるべきじゃないかと思うのだが。 その方が、演出意図が明確になる気がする。なまじ隠していたために、別の意味が付いてしまったように思う。男性が、女性に対して「脱いでないじゃん」的なセリフで、女性は全身タイツ風な衣裳を脱ぎさる(ことができる)のだが、そこで男性は隠したままだと、「脱ぐ」ことの意味が違ってくるように思う。「さらけ出す」という意味合いなら、男性は劇の最初から「さらけ出せる」存在だったと思うのだが。
    あるいは、「男性は、全身タイツ風なものは身に着けていないので、一見するとさらけ出しているように見えるが、やっぱり出しきれない部分があって、その意味では一番、往生際が悪い存在。一方、女性の方が、きっかけさえあれば、いとも簡単に自己を解放することができた」という意味なのか。

    出演者は、それぞれに別の活動拠点がある人たちと思われ、つまりは「身に着けてきた演技観」がバラバラなのであるが、そのことが、この作品においてはあまりプラスには働いていないのかな、という気がした。「俳優と言葉の距離の取り方」、別の言い方をすれば、「発語するときの身体性」が、揃っているか、もしくは、感覚が近しい俳優で創るほうが、演出家のやりたい事を体現しやすいタイプの作品だと思った。そもそも、俳優に要求されていると思われる事が高度で、それに特化した俳優を育てて、作品を創るべきではなかろうか。
    おそらくは、演出家が一本釣りで俳優たちに声をかけて集めたのだと思うが、やはり俳優の素地の違いが、舞台でのたたずみ方や、発語の仕方に出る。例えば、語尾を若干伸ばして喋る俳優と、きっちり言葉を置くように語る俳優と。リアルな日常会話が得意な俳優と、それが不得手な俳優と。フォーカスの取り方が甘い俳優と、しっかりと定める俳優と。
    こうなってくると、なんだか様式が違っているように感じられ、作品の性質上、そのことが気になって仕方なかった。同じ場面で会話してるのに、ふたりが別の演技スタイルだと違和感しかない(そこまで大きくは違わないのだが、それぞれの優先順位が違うんだろうな、という気はする)。

    実は観劇中、ずーっと作品世界に入っていけなくて(役というより作品に、共感できる感覚が皆無で)、ただただ眺めているしかなかったのたが、ラストシーンで、なぜかは分からないが、しっくりきた。収まりが良かったというか、相変わらず分からないんだけど、腑には落ちた。
    全裸になった女性は、普通のワンピースを着て、もう全身タイツ風衣裳は身に着けていない。表情もこころなしか晴れ晴れとしている。そこで語り出す。正直、語った内容は覚えていない。でも、自信を持って語ることが出来るその姿勢、というか、脱皮したような感覚には、説得力があり、それだけは強く印象に残った。(ただ、それを見せるためだったとしたら、1時間45分は、少し長く感じられた)


    鳥公園♯15『終わりにする、一人と一人が丘』
    作・演出 西尾佳織

    石川修平(劇団俳優座)
    菊沢将憲
    鳥島明(はえぎわ)
    花井瑠奈
    布施安寿香(SPAC)
    和田華子(青年団)

    舞台美術 中村友美
    音響 中村光彩
    音響操作 秋田雄治
    照明 中山奈美
    照明アシスタント 須賀谷沙木子
    衣裳 清川敦子(atm)
    舞台監督 熊木進
    ドラマトゥルク 朴建雄
    演出助手 島村吉人(人の味)
    宣伝美術 鈴木哲生
    制作 古川真央、谷陽歩、神林遥(syuz’gen)

    当日運営協力 菅井一輝(officecassini)、久保田紗生、藤田侑加、syuz’gen
    提携 公益財団法人東京都歴史文化財団、東京芸術劇場
    助成 公益財団法人セゾン文化財団
    協力 城崎国際アートセンター(豊岡市)、劇団俳優座、はえぎわ、エスアーティスト、SPAC-静岡県舞台芸術センター、青年団、六尺堂、atm、人の味、officecassini

    本公演
    2019年11月21日〜24日 東京芸術劇場 シアターイースト
    試演会
    2019年10月20日 城崎国際アートセンター (KIAC)

  • KUNIO15『グリークス』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    【2019/11/21 11:30〜21:40】
    〈第1部〉11:30~14:30(途中10分間休憩2回あり)
    〈第2部〉15:00〜17:35(途中10分間休憩2回あり)
    〈第3部〉18:30〜21:40(途中10分間休憩2回あり)

    10本のギリシャ悲劇を、時系列に沿って、ひとつの長大な物語に再構成した、全三部構成の舞台。イギリスの演出家ジョン・バートンと、翻訳家ケネス・カヴァンダーの共作。日本では、2000年に蜷川幸雄演出で上演されたものが有名(手元に当時の公演パンフレットも戯曲もあるが、舞台は未見)。
    上演時間は、各部とも3時間前後で、通しだと10時間超になる。今回は11時30分に第一部が開演で、終演は21時40分。(一部と二部の間は休憩が短く、二部と三部の間が50分の休憩になっていて、このタイミングで夕食を摂れるようになっている。)
    ちなみに、10本のギリシャ悲劇の内訳は順に、アウリスのイピゲネイア(エウリピデス作)/アキレウス(ホメロス作)/トロイアの女たち(エウリピデス作)/ヘカベ(エウリピデス作)/アガメムノン(アイスキュロス作)/エレクトラ(ソフォクレス作)/ヘレネ(エウリピデス作)/オレステス(エウリピデス作)/アンドロマケ(エウリピデス作)/タウリケのイピゲネイア(エウリピデス作)。

    元々のギリシャ悲劇に比べ、まず、女性の視点で再構成されているために「女性たちの物語」になっている。さらに、元のギリシャ悲劇の戯曲よりもコロスの様式性が弱まり、「まわりくどい感じ」や「重厚さ」は無くなっている。
    この2点を、どう演出に組み込んでいくか、というのが、『グリークス』を上演する際のポイントになるかと思われる。

    今回の舞台は、その2点を考慮した演出になっていたと思う。特に、ギリシャ悲劇における様式性とは別のアプローチでの様式(歌やラップ、女子会的なノリでのおしゃべり、など)を、コロスのセリフに持ち込み、それがハマっていたと思う。それらひとつひとつの選択が、好きかどうかは別として。
    そして、そのコロスたちの女性陣が、とても良かった。かなり出番が多く、場面の状況を見守るような、喋らず、ただ居るだけの場面も結構多いのだが、そこでの絵の作り方や、場での反応、もちろんセリフも含め、大変よく稽古された跡がうかがえ、生半可なプロデュース公演とは異なる感じがした。
    ギリシャ悲劇はやはり、どんなにメインの役者が良くても、コロスが残念だと作品の質がガタ落ちする。逆に、多少メイン級がイマイチでも、コロスが一定のクオリティを保っていれば、充分に観ていられる。そういう意味で、今回のコロスを担う女性陣は、作品の完成度を底上げするのに、大きな役割を担っていたように感じられた。

    一方、名のある役を演じる俳優たちには、個人的には少々不満が残った(特に男性陣)。全体的に「わめく」「叫ぶ」「吐き出す」系のセリフが多く、言葉があんまり生きていないように感じた。「呼吸と言葉が一体化しすぎている」というか、「言葉が肉体化されすぎている」というか、つまりは、「言葉」や「響き」の可能性が、殺されすぎているように思った。コロスたちのほうが、言葉の世界が豊穣だったし、耳にも入ってきやすかった。
    おそらく、感情や気迫を乗せて喋るほうが、たぶん本人は充実感があって、より語っている気分になる。それに、そうしないと、身体の中も、場の空気も、空虚に感じられるのかもしれない。特にギリシャ悲劇なんか、長いセリフが多いし、状況が特異なことが多いし、そんなわけで、感情の起伏をつい、必要以上に付けてしまいがちだ。
    でも、たぶんそれは違っていて、本人が何かで満たされているからといって、舞台上も満ちるとは限らない。本人の感覚とは裏腹に、場は空虚になっている可能性も、意外と捨てきれない。だから、「もっと『虚しさ』を感じながら演じていてもいいのにな」と、思いながら観ていた。
    それは別に「力を抜け」ということではなく、「感情MAXの全身全霊で語るには、相当の力量が要る」というか、やみくもに、声を荒げたり、感覚を吐き出しながら言葉を乗せても、そんなに観客には響かない、ということだ。もちろん、「熱演しかない」という場合もあるのだけど、それは「感情・感覚任せでいい」ということとは少し違う気がする。そういう瞬間もあっていいけど、今回は全体的に、その割合が多すぎた。
    僕はもっと「言葉を聴きたかった」のだと思う。「語ること、から脱却する」のが演出意図だったのかもしれない。が、だとすると、見せ方に、もうひと工夫欲しかったかな、と。

    あと、衣裳(特に男性の)が、全体的に生地が薄くて安っぽいのはいいのか、と。サテンとかレーヨンとかビニール系が多く、ツルツルペラペラで、軽くて動きやすいのだろうけど、重厚感皆無だし、動きのシルエットや、ドレープの分量もあんまり綺麗じゃない。女性たちの衣裳が割と成功しているだけに、余計惜しまれる。
    照明は非常に凝っていて、当て方ひとつにしても、面白かったり、キレイだったり、なかなか良かった。ムービングの多用も、効果的だったと思う。

    演出に関しては、オープニングの茅ヶ崎とか、時々、「ん?」というところもあったが、総じて集中力高めの、エネルギーを感じる舞台だったと思う。
    第一部は、割りと現代的な感覚が多く、物語の始まりだからか、お祭り感もある。第二部は、内容的にヘビーになる分、憎悪渦巻く系のセリフが多くなり、演出的にはややオーソドックスで、若干ネタ切れ感も。第三部は、紙芝居的な場面の切り替えや、ラストの大団円など、個人的には最も見どころがあるように感じたが、それまでを観ていてこその第三部なので、第三部だけを観ても楽しめるかどうかは怪しい。
    あと、ある程度のギリシャ悲劇知識があっても、やはり膨大な人物や神が(セリフ中に)出てくるので、やや詳細なあらすじを、頭に入れてから見るほうが、「それって誰だっけ?」とか考えなくて済む。(人物相関図は配布物に入っているが、詳細なあらすじは無い)

    そして、最後まで観て思うのは、「壮大な前フリによる、イピゲネイアとオレステスの再会物語」だな、と。この姉弟の再会がクライマックスというか、「ここを見せるための9時間」というか。へカベの嘆きとか、クリュタイムネストラとエレクトラの対立とか、ヘレネとメネラオスの再会とか、観ているときは、なかなかドラマティックに感じていたのだが、「イピゲネイアとオレステスの再会」がすべてをかっさらっていく(笑) まあ、そもそもの物語の発端が「生贄として殺された(と思わせる)イピゲネイア」にあるので、そりゃそうなんだが。
    それにしても、オレステスはいい役だなー、と。『エレクトラ』単体でのオレステスって、そこまで魅力を感じないけど、ラストまでの流れで観ると、オレステスって演じ甲斐があるというか、役者冥利に尽きる役だなと、個人的には思う。

    最後に、SPAC関係の見どころを(個人的観点だが)。
    本多さんは確かに、第一部が1番出番が多いのだが、第三部のテティスは短いながらも非常に好演技だし、第二部のコロスは、ある意味「コロスの長」的なポジションで、他の共演者より頭1つ抜け出ていて見逃せない。おそらく、他の出演者より勝る「コロス経験の豊富さ」が、いかんなく発揮されている。
    河村さんは、コロスでの出番がほとんどだが、「ちょっと低めのアルトっぽい声質」が、コロスの中で非常に生きていて、埋没することなく、いい意味で目を引く。何より、コロス全体が良いので、「そこに入っている河村さん」というのが、俳優仲間としては非常に誇らしい。第三部の彼女の持つ小道具は、各方面で反響を呼ぶことだろう(笑)

    休憩の過ごし方に関しては、食事は、外に出かけて食べるにはややタイト。あらかじめ持っていくか、当日予約でホットサンドを事前注文できるので、それにするか。飲み物は、贅沢を言わなければ、ロビーに用意されている(水、お湯、ティーバッグなど)。

    しかし、第三部でしかカーテンコールが無いのは、いいのかな? 通しで観劇することが前提のカーテンコールで、第一部と第二部は、終演後に出演者が登場しないまま、あっさりと終演。一瞬、戸惑う。


    KUNIO15
    『グリークス』
    編・英訳 ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー
    翻訳 小澤英実
    演出・美術 杉原邦生

    第1部
    アガメムノン 天宮良
    老人 小田豊
    クリュタイムネストラ 安藤玉恵
    メネラオス 田中佑弥
    イピゲネイア 井上向日葵
    タルテュビオス 森田真和
    アキレウス 渡邊りょう
    パトロクロス 福原冠
    テティス 本多麻紀
    クリュセイス 河村若菜
    オデュッセウス 池浦さだ夢
    ブリセイス 藤井咲有里
    プリアモス 外山誠二
    ヘカベ 松永玲子
    ポリュクセネ 中坂弥樹
    カッサンドラ 森口彩乃
    アンドロマケ 石村みか
    アステュアナクス 山口光/仲野絵真
    ヘレネ 武田暁

    第2部
    ヘカべ 松永玲子
    ポリュクセネ 中坂弥樹
    オデュッセウス 池浦さだ夢
    タルテュビオス 森田真和
    アガメムノン 天宮良
    カッサンドラ 森口彩乃
    ポリュメストル 箱田暁史
    ポリュメストルの幼い息子 山口光/仲野絵真
    クリュタイムネストラ 安藤玉恵
    老人 小田豊
    アイギストス 箱田暁史
    エレクトラ 土居志央梨
    クリュソテミス 永井茉梨奈
    オレステス 尾尻征大

    第3部
    ヘレネ 武田曉
    メネラオス 田中佑弥
    エウクレイア 河村若菜
    テオクリュメノス(エジプトの王) 箱田暁史
    老兵 外山誠二
    エレクトラ 土居志央梨
    ヘルミオネ 毛利悟巳
    オレステス 尾尻征大
    テュンダレオス 森田真和
    ピュラデス 福原冠
    老人 小田豊
    ニテティス 井上夕貴
    アポロン 天宮良
    アンドロマケ 石村みか
    プシッタラ 森田真和
    クリュソテミス 永井茉梨奈
    テティス 本多麻紀
    アンドロマケとネオプトレオスの息子 山口光/仲野絵真
    ペレウス 小田豊
    イビゲネイア 井上向日葵
    トアス(タウリケの王) 池浦さだ夢
    アテナ 安藤玉恵

    コロス 岩本えり、三方美由起、天宮良、安藤玉恵、本多麻紀、武田暁、石村みか、箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、藤井咲有里、 池浦さだ夢、土居志央梨、河村若菜、毛利悟巳、森口彩乃、井上夕貴、永井茉梨奈、中坂弥樹、 井上向日葵、松永玲子、外山誠二
    兵士ほか 箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、福原冠、森田真和、池浦さだ夢、尾尻征大、安藤玉恵、松永玲子

    音楽 Taichi Kaneko、西井夕紀子
    振付 白神ももこ[モモンガ・コンプレックス]
    照明 高田政義[RYU]
    音響 稲住祐平*
    衣裳 藤谷香子[FAIFAI]
    作詞協力 板橋駿谷
    演出助手 大原渉平、木之瀬雅貴、西岳
    京都公演舞台コーディネイト 大鹿展明
    舞台監督 藤田有紀彦*
    プロダクション・マネージャー 山添賀容子*
    技術監督 堀内真人*
    演出部 石橋侑紀、浦本圭介
    音響操作 江口佳那*
    照明操作 青山恵理子、葭田野浩介
    衣裳協力 臼井梨恵、山道弥栄、永瀬泰生、笹海舟
    大道具製作 C-COM舞台装置
    美術製作 美術工房拓人
    衣裳製作 秀島史子、小山つかさ、中西康子、野澤麻衣子
    運搬 マイド

    宣伝美術 加藤賢策[LABORATORIES]
    文芸 稲垣貴俊
    版権コーディネイト 株式会社シアターライツ
    票券 長川原秀美*
    広報 村上具子*
    制作 河野理絵、前田明子、加藤仲葉、つくにうらら
    KAAT神奈川芸術劇場制作 澤藤歩、鈴木収
    制作統括 横山歩*

    協力 アクトレインクラブ、ウィーズカンパニー、FMG、エンパシィ、岡村本舗、男肉 du Soleil、オフィスPSC、キューブ、魚灯、劇団しようよ、劇団ひまわり、さいたまネクストシアター、CEDAR、シラカン、SPAC-静岡県舞台芸術センター、芹川事務所、てがみ座、ナイロン100℃、中野成樹+フランケンズ、PAPALUWA、範宙遊泳、ファザーズ・コーポレーション、プリッシマ、文学座、MASH、夢工房
    プロデューサー 小林みほ、千葉乃梨子*(神奈川公演)、井出亮(京都公演・京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)
    企画・製作 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc. KAAT神奈川芸術劇場

    *はKAAT神奈川芸術劇場

    2019年11月1日・2日 森下スタジオ【東京プレビュー公演】
    主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.
    助成 公益財団法人セゾン文化財団、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京、芸術文化振興基金

    2019年11月10日 京都芸術劇場 春秋座
    主催 京都造形芸術大学舞台芸術研究センター
    共催 KUNIO/合同会社KUNIO,Inc.
    助成 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会、公益財団法人セゾン文化財団

    2019年1月21日〜30日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
    主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.、KAAT神奈川芸術劇場
    助成 公益財団法人セゾン文化財団、芸術文化振興基金

  • 学習院女子大学パフォーミングアーツフェスティバル2019「演出とはなにか」(上演作品『わたしを見つめるもう一人のわたし』)@学習院女子大学やわらぎホール
    【2019/11/3 14:00〜15:00(途中休憩あり/終演後にシンポジウムあり)】

    「同じ戯曲を二人の演出家が競演して、演出という仕事について考えてみる」という企画。ユニークポイントの山田裕幸さんが、企画の趣旨を考慮した上で書き下ろした新作『わたしを見つめるもう一人のわたし』を、青年団/隣屋の三浦雨林さんと、第七劇場の鳴海康平さんが、それぞれ別の俳優(オーディションを開催して選んだとのこと)を起用して競演。上演時間は20分✕2。

    書き下ろされた作品は、場所や人物設定をあまり限定しない、自由度の高い抽象的なもので、企画の趣旨には合っているが、その分、かなり難解で、実験的とも言える作品。
    戯曲というのは、それ単体で作品としての強度や完成度が求められるのが普通だと思うのだが、そう考えると、ちょっと今回の作品は実験色が強すぎたというか、企画に寄り添い過ぎたような気も。「もう少し、企画と関係なく、普通に上演されることを前提に書かれた作品のほうが良かったのではないか」という疑問も少し残る。
    作品は、演出の仕方によって、別役実のような不条理劇にも、北村想やベケットのような脈絡のない会話劇にも、如月小春のようなイメージの連鎖によるポエティック劇にも、どうとでもなり得るような作風。交わされる言葉のやり取りも、会話として成り立っていながら、その真偽は定かでなく、捉えどころのない印象。

    そんな手強い作品に対し、三浦演出は「戯曲でどう遊ぶか」に重きを置いたように見え、音楽的・視覚的な要素でアプローチ。感覚重視な感じ。
    一方の鳴海演出は「会話をどう成立させるか」に重きを置いたように見え、登場人物の言動の動機や目的を、丁寧に積み重ねていた。理屈重視な感じ。
    この差はとっても興味深かった。

    鳴海演出はかなり手堅い仕上がりで、戯曲の魅力を最大限に活かしているかどうかは別としても、「なるほどな」と思わせる説得力があった。観ていて「腑に落ちる」演出。
    三浦演出は、トータルでの説得力にはやや欠けるものの、言葉が立っていて、瞬間瞬間では鳴海演出を上回る部分もあったように思う。響きだったり、イメージだったり、「使われている言葉の面白さ」という点では、三浦演出の勝利か。

    個人的には、鳴海演出のほうが好きかな。明かりの明暗の周期的な変化や、会話に参加していない人物の処理の仕方も良かったし、空飛ぶ船のくだりの処理の仕方や、冒頭の釣竿の音、女1を盲人に設定したのも、「さすが!」という感じ。

    2作品の上演後の、内野儀氏の進行によるトークでは、思いの外「鈴木忠志」や「SPAC」といったキーワードが飛び交い、「普段自分のいる場所がやはり特別な場所であること」を再認識。「日本の演劇を語る上で外すことのできない場所に立っているんだな」と、なんだか、妙なプレッシャーを感じた時間だった。

    ここからはちょっと余談だが、「高校時代に、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』という絵本を、演劇部の男性チームと女性チームに分かれて戯曲化して演出してみる」ということをしたのを、今回、思い出したのだった。

    このとき、男性チームの作・演出を担当したのが僕なのだが、演劇部に置き換えた等身大リアリズム作品になって、くさい青春演劇のような仕上がりになってしまった(笑)
    一方の女性チームは、抽象世界に置き換え、魂の輪廻をめぐる作品に仕上げた。学校の階段を舞台に、「階段を上がってくる/降りてくる」を上手く使った素敵な上演だった。完敗だと思った。

    そのあと、両作品を交換して、別の演出でもう1度仕上げることになった。(ここまでを想定した上で、顧問が提案した企画だった)
    男性チームは、女性チームが書いた抽象世界を、少しリアリズム風の演出も混ぜながら処理した。高校の中庭で、交差点という設定で自転車に乗りながら会話させた。「女性チームとはまるで違う見せ方で別の作品になっていた」と、なぜか褒められた。
    一方の女性チームは、男性チームのリアリズム作品にえらく苦戦したようで、「男性チームで上演されたものと大差ない」と評価された。
    もちろん、一概に男女差は論じられないのだが、今回の企画を見ていて、ふと、そんなことも、思い出した。


    学習院女子大学パフォーミングアーツフェスティバル2019
    「演出とはなにか」
    (上演作品『わたしを見つめるもう一人のわたし』)
    作:山田裕幸
    演出:鳴海康平(第七劇場)/三浦雨林(隣屋・青年団)

    鳴海演出版
    女1:小林愛(第七劇場)
    女2:原田理央(柿喰う客)
    男:森下庸之(TRASHMASTERS)

    三浦演出版
    女1:千葉りか子
    女2:鈴木真理子(SPAC)
    男:鹿野祥平(劇団東京乾電池)

    照明:島田雄峰、佐伯香奈
    舞台監督:古市裕貴
    オーディションヘルプ:水田由佳、吉田雅人

    実行委員長:内野儀
    プログラムディレクター:山田裕幸
    制作進行:一般社団法人ユニークポイント
    当日運営:国際文化交流演習(演劇)履修者

    主催:学習院女子大学

    2019年11月3日 学習院女子大学やわらぎホール

  • カンパニー ルーブリエ/ラファエル・ポワテル『When Angels Fall / 地上の天使たち』@世田谷パブリックシアター
    【2019/10/18 19:30〜20:40(途中休憩なし)】

    機械化されたディストピアを舞台に、希望を求めて立ち上がろうとする人々を描いた作品。日本語の「七転び八起き」ということわざに触発されて生まれた作品だそう。
    アクロバティックな、いわゆる「ヌーヴォー・サーカス」的な舞台。セリフは無し。出演者6名の身体で見せる。上演時間70分。
    客席は老若男女さまざまだが、後方には空席が目立つ。東京でこの良作品やっても埋まらないんだったら、日本の文化に未来は無いと思いますけど……

    個人的には、チラシやタイトルから勝手に想像していた、ファンタジックでほんわかしたイメージのものとは違い、コンテンポラリーダンス要素が強く、大掛かりなアクロバティック作品だったのだが、これはこれでとても面白かった。要所要所で、ニヤカムさん的だったり、小野寺さん的だったり、近い身体感覚の動きもある。
    作品としては、1つのストーリーがあって、そこにちょっと笑えるような小ネタが挿入されたり、ちょっと脱線したり、でも、メインのストーリーのドラマはしっかり展開していく、という構成。

    ラストは、中心を支点に吊り下げられた巨大な一本のトラスが、出演者の動きによって舞台上空をグルグル回り、そこに人が乗って更に回り、シーソーよろしくグッと片側を押し下げ、乗っていたディストピアからの脱出者が天に昇っていく……みたいな終わり方。
    まあ、いろいろな場面が見ものなのだけど、ラストのトラスが、前方客席には風圧が来る分「おおーっ……!」ってなる(笑)

    出演者の中に1名、衣裳スタッフの年配女性がいるのだが、この人が入っていることもすごく良かった。決してメイン級の扱いではないのだが、他の身体が効く5人と同じようにアンサンブルの動きをしていて(もちろん、派手な動きの時には入っていない)、それがちゃんと成立している演出。

    1つ惜しい点は照明か。見たいところが、綺麗に見えない場面がいくつかあり、やたらと影が出るのがちょっと気になった。ディストピア設定だからこれでもいいんだろうけど、たぶん、光源の場所や向きを変えるだけでだいぶ変わる気がするのだが……もしかしたら、装置的に、灯体の吊り場所や置き位置が限定されて、仕方ないのかもしれないけど。
    あと、誤って、客電が点いちゃったりするし……


    カンパニー ルーブリエ/ラファエル・ポワテル
    世田谷アートタウン2019関連企画
    フェスティバルトーキョー19連携プログラム
    『When Angels Fall / 地上の天使たち』
    演出・振付:ラファエル・ポワテル

    マリー・トリブイロイ
    ロイック・ルヴィエル
    エミリー・ズーケルマン
    リルー・エラン
    トリスタン・ポドワン
    ニコラ・ルーデル
    クラハ・アンリ

    アーティスティックコラボレーション・照明・セットデザイン:トリスタン・ポドワン
    音楽:アルチュール・ビゾン
    衣装:リルー・エラン
    リギング・セットデザインアシスタント:ニコラ・ルーデル

    プロダクションマネージャ:勝康隆
    プロダクションマネージャー助手:齋木理恵子
    ステージマネージャー:大塚聖一
    照明コーディネーター:西倉淳
    音響コーディネーター:阿部史彦
    舞台:橋本迅矢
    照明:野木芙侑
    音響:高塩顕
    衣裳:多部直美
    通訳:加藤リツ子
    法務アドバイザー:福井健策、北澤尚登(骨董通り法律事務所)
    宣伝デザイン:秋澤一彰
    広報:荒木ゆうみ、齋藤加耀、中野剛志
    営業:竹村竜
    票券:川口瑞江

    制作アシスタント:永田景子、山口佳子、小山遥子
    制作:酒井淳美、三上さおり

    主催:公益財団法人せたがや文化財団
    企画制作:世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
    助成:アンスティチュ・フランセ パリ本部、アンスティチュ・フランセ/ボルドー市/ボルドー・メトロポール、アンスティチュ・フランセ/ヌーヴェル・アキテーヌ地域圏

    2019年10月18日〜20日 世田谷パブリックシアター

  • 東京芸術祭2019(フェスティバル/トーキョー)/芸劇オータムセレクション レッドトーチ・シアター『三人姉妹』@東京芸術劇場プレイハウス
    【2019/10/18 13:00〜17:15(途中10分か15分の休憩3回あり)】

    全編手話(フェラポント役のみ台詞を喋る)。途中で、10分、10分、15分と休憩が入り、上演時間4時間15分の全幕上演。
    スマホが出てきたり、音の響きをスピーカーの振動で共有して踊ったり、現代の設定になっている。また、三人姉妹の家への来客の知らせはランプが点くことで認知しているなど、ろうあ者設定もきちんと守られている。

    東京公演にもかかわらず、残念ながら客席が空いている。静岡でやってももうちょっとは入るんじゃないか?というくらい。まあ、金曜の日中だし、観たいと思う層が少ない作品だとは思うけど……

    しかし。実際の舞台は、かなり冴えていたと思う。手話になったことにより、「盗み聞きする」「誰ともなく喋る」的な要素が排除され、「どのセリフは誰に向かっているのか」がとても明瞭になっている。

    また、セリフの音が無くなったことで舞台上の生活ノイズが際立ち、「声がなくても生活ってこんなにうるさいの?」という愕然とした驚きがある。普段、いかに我々が「言葉」だけを都合よく聞き分けているかがよく分かる。もちろん、今回の舞台上の生活ノイズは相当計算された上で発せられていると思うが。

    あと、とても意外だったのが、「芝居を観ている気がしなくなる」こと。ドキュメンタリーとも違うんだけど、「まるでチェーホフの三人姉妹のようなことを繰り広げている、現代のロシアの田舎に住む人たち」を見ているような、セミドキュメント的な空気が、いつの間にか舞台を支配している。「あるロシア人の生体観察」的な。その点においては、ポツドールの「夢の城」の感じに少し近い(内容は全くかすりもしないけど)。

    これは多分、舞台の使い方によるところが大きい。あまり客席が意識されていないというか、例えば、皆で食卓につく場面では背中を向けて座る登場人物もいるし、各自の個室が客席から少し見にくい位置にあったりするのに、そこでも普通に演技が繰り広げられているし。(当日配布物には、舞台上の部屋の間取り図&各人物の解説が入っている)
    ただ、そのおかげで、中だるみっぽい瞬間や、「この時間、長いな」みたいな場面も、確かに少しはあった。でも、そのあたりも余計に、「観察している」感を強める要因になったのかもしれない。

    もうひとつ意外だったのが、登場人物たちの「心の閉塞感」というか、「やりきれなさ」「孤独」「絶望」「現状への不満」が、すごく我がごとのように迫ってくる瞬間が多々あったこと。セリフは字幕で提示されるため、「下手な感情まかせの言葉を聞かなくてよくなり、言葉がスッと入ってくる」という理由もあるだろう。

    しかし、きっと一番の要因は、手話の場合、「独り言ならわざわざ手話でやらない」ということだ。手話言語を発するときは、必ず誰かに訴えたり、聞かせたいためだ。独り言なら頭の中で思っていればいいわけだから。
    いや、本来なら口に出す言語もそのはずなのだが、演劇においては「心の声をつぶやく」ということに、あまりに慣れすぎてしまっているように思う。
    「繰り出される言葉は、必ず自分以外の誰かに伝えるためのもの」。その当たり前のことが、舞台上で徹底されることになるから、非常に観やすいし、「音が聞こえない彼ら」という境遇と相まって、彼らの息苦しさが切々と響いてくるのだ。

    つまり、今回の舞台は「誰もつぶやかないチェーホフ」と言える。「ボンヤリしたセリフが出てこないチェーホフ」って、実は初めて観たかも。

    あと、ちょっと細かい話だが、「モスクワへ!モスクワへ!モスクワへ!」は、日本語の文法では面白味に欠けることが、今回よく分かった(笑)
    「イリーナがノートに書きつける」という体裁で、上の言葉が字幕に1文字ずつ表示されるのだが、英語字幕は当然「To Moscow!」で、先にToと出ることで、「向かいたい、モスクワ!」「行きたいの、モスクワ!」みたいなニュアンスになるけれど、日本語は「モ」から表示されていくので、既にネタバレ的っていうか、何の情緒も無いな、と(笑)

    さて、演出は4幕それぞれ、趣向が少しずつ異なっており、各幕のテーマ…というか主題に合わせたものになっているように感じた。
    3幕が、ほとんど停電している設定で、懐中電灯で手話が浮かび上がるのも良かったし、4幕の、家具を全部片隅にやって半透明のシートを掛け、舞台を庭先の設定にして、時折、登場人物たちを絵画のように配置するのも良かった。

    ラストシーンでは、突如、三姉妹の耳に楽隊の音楽が聞こえてきたのかと思わせる、奇跡が起きたかのような設定(いや、実際は幻聴が聞こえている設定なのかもしれないし、音楽のビートだけが体感で聞こえている設定なのかもしれない。いずれにせよ、ちょっとよく分からないというか、どうとでも解釈できる設定ではあった)も、悪くはなかった。

    なお、出演者は本当のろうあ者はひとりもおらず、2年間手話を勉強した健常者とか!いやー、どう見ても、皆さん手話でしか会話しない人のように見えましたけど!?やはり、2年くらいかけないと、極めることは難しいのね(笑)

    そして、この舞台は「コンテンポラリーダンス」のように観て楽しむことができる作品かと。手話がほんとに、ダンスの振り付けのように見えてくる瞬間がいっぱいあった。
    時間とお金に余裕がある方は、ぜひ観ておくと、何か新しい発見があるように思う。


    東京芸術祭2019(フェスティバル/トーキョー)
    芸劇オータムセレクション
    レッドトーチ・シアター
    『三人姉妹』
    作:アントン・チェーホフ
    演出:ティモフェイ・クリャービン

    アンドレイ:イリヤ・ムジコ
    ナターシャ:ワレリア・クルチニナ
    オーリガ:イリーナ・クリヴォノス
    マーシャ:タリア・イェメリャノワ
    イリーナ:リンダ・アフメジャノワ
    クルィギン:デニス・フランク
    ヴェルシーニン:パヴェル・ポリャコフ
    トゥーゼンバフ:アントン・ヴォイナロヴィッチ
    ソリョーヌイ:コンスタンティン・テレギン
    チェブトィキン:アンドレイ・チェルニフ
    フェドーチク:アレクセイ・メズホフ
    ローデ:セルゲイ・ボゴモロフ
    フェラポント:セルゲイ・ノヴィコフ
    アンフィーサ:エレーナ・ドリネフスカヤ

    ●ツアースタッフ
    美術デザイン:オレグ・ゴロヴコ
    照明デザイン:デニス・ソルンツェフ
    演出助手:ナタリア・ヤルスキナ
    手話インストラクター:ガリーナ・ニシュク
    ろう者文化監修:ヴェロニカ・コポソワ、タマラ・チャトゥラ
    字幕操作:イリヤ・クカレンコ、オルガ・フェディアニナ

    ツアーマネージャー・通訳:ルスタム・アフメドシン
    制作:アレクサンドル・クリャビン
    国際・特別プロジェクト主任:イリーナ・クリャビナ
    小道具:リリア・ゴンチャレンコ
    音響:ティモフェイ・パストゥホフ
    照明操作:アンナ・コレスニコワ
    舞台監督:アレクサンドル・ベロウソフ
    ビデオ操作:ラロスラフ・キセレフ
    舞台:イーゴリ・ソロキン、アンドレイ・シェルバコフ、ヴラディスラフ・ストロゴフ
    照明:ヴァシリー・フィリップチュク
    衣装:ラニナ・ステペンコ
    かつら・メイク:リディア・イグナトヴィッチ

    ●日本公演スタッフ
    舞台監督:武藤信弥
    照明:西嶋竹春、まえだへとし(株式会社ライトウェイブ)
    音響:高山勝己(Nutrocker)
    映像:中野一幸(株式会社アルゴン社)
    衣裳:竹ノ子博子

    通訳:樟山由美、瀬川和子、鈴木庸子
    技術コーディネート:株式会社フラワートップ
    制作:株式会社インプレサリオ東京

    ●東京芸術劇場技術・制作アソシエイツスタッフ
    技術統括:白神久吉
    舞台:奥野さおり、桑原利明、藤田満、加藤唯、坂田有希枝、中村友香
    照明:新島啓介、志賀正、高山智弘
    音響:石丸耕一、齋藤泰邦、小島慎司

    宣伝美術:M!DOR!
    記録撮影:後藤敦司
    法務アドバイザー:福井健策、岡本健太郎(骨董通り法律事務所)
    協力:日向寺康雄、大杉豊

    東京芸術祭 芸劇オータムセレクションディレクター:内藤美奈子
    広報:前田圭蔵、久保風竹、安田裕美、横川京子、小西萌子
    票券:井上由姫、中里史絵
    制作助手:橋本奈々美、結城ゆりえ、松岡大貴(アーツアカデミー研修生)
    プロデューサー:立石和浩

    ●東京芸術劇場スタッフ
    芸術監督:野田秀樹
    館長:荻田伍
    副館長:高萩宏
    管理課長:鈴木倫之
    舞台管理担当課長:白神久吉
    事業企画課長:鈴木順子
    制作担当課長:内藤美奈子
    運営担当課長:島啓之
    舞台技術:石丸耕一、新島啓介、奥野さおり、井上武憲、末廣友紀、渡邊武彦、松島千裕、横山萌、安藤達朗
    制作:鶴岡智恵子、立石和浩、吉田直美、木村美恵子、古田佳代、黒田忍、小田切寛、橋本奈々美
    広報営業:前田圭蔵、久保風竹、奥村和代、井上由姫、安田裕美、中里史絵、小西萌子
    経理:山室あまね、中溝慶一
    インターン:結城ゆりえ、松岡大貴、大川智史

    主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場、東京芸術祭実行委員会[豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、フェスティバル/トーキョー実行委員会、公益財団法人東京都歷史文化財団 東京芸術劇場・アーツカウンシル東京]
    助成:令和元年度 文化庁 国際文化芸術発信拠点形成事業(豊島区国際アート・カルチャー都市推進事業)
    制作:インプレサリオ東京
    協力:ロシア文化フェスティバル組織委員会

    2019年10月18〜20日 東京芸術劇場プレイハウス

  • LABO! volume15 ソライロノハナ第7集『如月小春クロニクル』@西荻窪・遊空間がざびぃ
    【2019/10/11 14:30〜16:30(途中休憩なし)】

    生前の如月小春氏と創作活動を共にしたメンバーが中心となって、死後20年目に、彼女の作品をオムニバス的にピックアップして上演する企画。とても密な小空間での上演で、上演時間は約2時間。

    いわゆる「如月小春のいいとこ取り」的な公演かと思っていたのだが、思いの外、取り上げた作品に偏りがあり、半分以上は『ESCAPE』から。僕からすると代表作とも言える『MORAL』からは数シーンのみで、『DOLL』や『トロイメライ』、『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』に至っては、全く引用なし。これだけ『ESCAPE』をメインに据えるなら、『ESCAPE+α』として上演すれば良かったのに、という気も。
    ちなみに、僕、高校時代に『ESCAPE』上演したことある人間なので、何やら懐かしいセリフのオンパレードで、個人的には飽きずに観られた。

    如月小春氏のセリフって、ポエティックでありながら、リアリスティックでもあり、やっぱり素敵だな、と。ただ、その表現の仕方として、今回上演された演出や演技の手法が最適だったのかどうかは、ちょっと微妙。
    割と、熱く語るような場面、情感過多の場面が多く、如月小春の持つポエジーな側面が損なわれていたようにも思う。「もっと言葉を置いてほしいなー」と思う場面しばしば。演じてて空虚になりがちだから、つい埋めようとするあまり情感過多になるのかな。虚しくていいのに(笑)
    たとえば、虹が「月子」と何度も呼ぶ場面とか、あんなに分かりやすく色々と言い方変えなくてもいいのに。「なんとなく口に出してみる。意味もなく。口にしないと消えてしまいそうだから、ただ口にする。つい口にしてしまう。口にすることで安心できる。」そんな感じでいいのにな。そのほうが、存在の不確かさが浮き彫りになると思うのだが。

    あと、如月小春の長セリフって、対象が他者のとき(明確に誰かに話しかけている)と、自分のとき(いわゆる自問自答的な)がまぜこぜになっていて、フォーカスのスイッチングが非常に難しいのだが、その切り替えが、舞台全体的に見てちょっと遅い感じ。もっさりしていた。もっとめまぐるしく、自己と他者を激しく行き来し、テンションや声のトーンも瞬時に切り替わってほしいのだが。(あ、白石加代子さんとか大竹しのぶさんとか、意外と如月小春作品が合うかもしれない)

    ほかに、「白い球体を抱えた男」というのが、如月作品の要素のひとつと言えるかと思うのだが、それを連想させる演出として、「各自が手にしたスマホの光に照らされた人々」というのが出てきていて、それはとっても良かった。「言葉遊び的なシュプレヒコール」も如月作品の特徴だけど、これも、今回の舞台ではかなり頑張っていたように思う。

    ラストの「荷を背負う男」の場面は、ちょっとベケットっぽいやり取りがあって、見せ方が非常に難しいと思うのだが、演じる牧野隆二さんの演技が過不足なくて、やり過ぎず、まとめ過ぎず、とっても良かった。相手役の俳優も良かった。この場面が観られただけでも、観に行ったかいがあったと言って過言ではなかろう。この場面で終幕したのも非常に成功していた。

    如月小春作品の上演の難しさを改めて実感し、同時に、彼女の残したセリフの、よく切れるナイフのような鋭さに感動し、そういう意味で、上演する意義のあった舞台だとは思う。観ていて、また彼女の書いたセリフを口にしてみたくなったことは確かだ。


    LABO! volume15 ソライロノハナ第7集
    『如月小春クロニクル』
    テキスト:如月小春
    演出・構成:堀内仁
    (使用著作「MORAL」「家、世の果ての…」「ESCAPE」「Dancing Voice」「都市民族の芝居小屋」「朝、冷たい水で」「ISLAND」「DAILY」)

    瀧川真澄:花子、洋子、ママ、姉
    熊谷知彦:虹、コウダ
    高木愛香:月子、妹
    桑原良太:猫河原
    牧野隆二:風、アアダ、男
    吉田真優:雪、少年
    甲斐智堯: 支店長
    稲葉真:ヨシダ

    音楽・演奏:近藤達郎
    映像:武内秀光
    衣装:ひろたにはるこ
    照明:伊倉広徳
    振付(デパート):熊谷知彦
    振付(ゆっくりと沈んでゆく):中村優子
    声の出演:柳沢三千代
    撮影(如月小春):上牧祐
    映像記録:山縣昌雄
    制作補:星見華理奈
    制作協力:片桐久文
    協力:飯島千香子、妹尾侑紀、遠藤真美子、高村志穂、高田明来、原沙紀、小林泰生

    製作:LABO!

    2019年10月11日〜13日 西荻窪・遊空間がざびい

  • 日生劇場ファミリーフェスティヴァル2019 音楽劇『あらしのよるに』@日生劇場
    【2019/8/5 15:00〜17:00(途中20分間の休憩あり)】

    おなじみの原作『あらしのよるに』シリーズを、「ガブとメイの友情物語」として音楽劇に仕立てた舞台。上演時間は、途中20分の休憩込みで2時間。歌にダンスに生演奏もあるが、ミュージカルと呼ぶほどでもなく。客席は親子連れがほとんど。

    シリーズ最初のエピソード「嵐の夜に小屋で出会って別れる」が意外にあっさりと終わるなど、全体的に「舞台転換を交えたアンサンブルのムーブメントやダンスによる、場面場面のイメージシーン」に演出を割いた印象が強い。
    しかし、元々の原作のせいか、終盤の展開(吹雪以降)が慌ただしいというか、ちょっと粗くて不親切。さらに、若干、ご都合主義なのも少し気になり……
    いやいや、記憶喪失って……
    でも、近くに座っていた子どもが観終わったときに、「だいたい、本とおんなじだった」と親に言っていたので、改変はされていない模様。

    「食う・食われる関係性で育まれる、恋愛感情にも似た友情」は、国家・民族・宗教など、現代社会に通じる様々な問題を孕んでいて、大人には色々と考えさせる、かなり社会派な舞台とも言える。
    それに、「集団の中での孤立」、「『らしさ』の強要」、「本能と理性」なんかも、二次的にテーマになっているし、「瀕死の友達を食べるか否か」なんて、『ひかりごけ』なんかも連想したりして、「ヤギとオオカミの友情」という中に、多くのものが詰め込まれていた。(詰め込みすぎという意味ではなく)

    舞台装置は、細長い書き割りを繋げてうねうね動くようにしたもの(ヘビのおもちゃみたいな仕組みのやつ)が大小2つずつ。伸ばしたり、丸めたり、自在に形を変えて空間を変化。(我々も使いたいアイデア!)

    衣裳は、特にオオカミが秀逸で、尻尾のボリュームと形状が絶妙。まあ、マタギっぽくもあるのだが(笑)

    演奏を担うメンバーは5人で、オケピを下手にのみ設置し、そこで演奏。演奏者の大半は「時々自動」のメンバー。管楽器や弦楽器も使うけれど、パーカッションの割合が多く、その楽器のチョイスといい、繰り出されるサウンドといい、かなりSPACっぽい。
    つまりは、「棚川サウンド」に通じるものがある。アンクロンとか、ホースとか、ひとつのシロフォンを二人で演奏とか、使用楽器の展開の仕方とか。

    今回の舞台の魅力は、ガブを演じた渡部豪太さんによるところが大きい。オオカミとしての肉食的な部分と、心根の優しい素朴な部分を、うまく混ぜ合わせた存在感で、二の線と三の線を自在に行ったり来たり。
    座ったり、寝そべったり、といったフォルムや、自分を戒めて頭を叩く動きなんかも絵になるし、歌声もいい。
    「~でやんす」という語尾も、いかにも自然で、本人の資質とガブのキャラクターがマッチしていたのだと思う。
    あと、たまたまかもしれないが、足を広げて腰を低めにして立つことが多く、股の間から見える尻尾が実に良い(笑)

    ただ、音響はイマイチ。会場の条件も良くないのかもしれないが、演者のマイク音声が「明らかにスピーカーから出てる」感が強く、残念。それに呼吸音まで拾っちゃ駄目でしょ。
    (そういや『黒蜥蜴』のときも同じようなこと思ったなあ…)


    日生劇場ファミリーフェスティヴァル2019
    音楽劇『あらしのよるに』
    原作:きむらゆういち「あらしのよるに」(講談社刊)
    脚本・演出:立山ひろみ

    ガブ:渡部豪太
    メイ:福本莉子
    ギロ:高田恵篤
    おばさんヤギ:平田敦子
    バリー:川合ロン
    タプ:木原浩太
    ミィ:福留麻里

    ヤギたち:
    飯嶋あやめ
    滝本直子
    平山トオル(オオカミ)
    三坂知絵子
    三田理子(オオカミ)
    山根海音(うさぎ・オオカミ)

    オオカミたち:
    小山まさし
    酒井直之
    島田惇平
    長谷川暢(さる1)
    早川一矢(さる2)
    山口将太朗(リス)

    うたう人:
    苫篠ひとみ(オオカミ)
    古川和佳奈(ヤギ)
    山﨑まゆ子(ヤギ)

    かなでる人:
    鈴木光介(トランペット)
    砂川佳代子(クラリネット)
    関根真理(パーカッション)
    高橋牧(アコーディオン)
    日高和子(サックス)

    稽古場代役:宮之脇佳織

    音楽:鈴木光介(時々自動)
    振付:山田うん
    美術:池田 ともゆき
    照明:齋藤茂男
    衣裳:太田雅公
    ヘアメイク:橘房図
    音響:島猛
    学芸:大池容子(うさぎストライプ)
    演出助手:鷲田実土里
    舞台監督:八木清市
    舞台監督助手:中山宣義、杉田健介、石橋侑紀、山中真吾
    美術助手:谷口綾
    照明助手:横原由祐
    衣裳助手:生田志織
    大道具:俳優座劇場舞台美術部
    照明操作:シアタークリエイション A.S.G
    音響操作:川崎理沙、中川綾乃、津名めぐみ
    衣裳小道具製作:篠川理湖
    帽子製作:下重恭子
    衣裳製作:鈴木奏子、佃彩可、寺岡寛恵、内海志保、丸山結衣、キュウ・ユインジュ
    衣裳操作:村田まゆみ、渡辺桂子
    かつら:小沼佳奈(奥松かつら)
    メイク:鬼頭聖子、福島真由美、atsu.co
    小道具・履物:ニケステージワークス
    制作助手:野田容瑛
    舞台技術:日生劇場技術部
    主催・企画・制作:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]

    後援:東京都、神奈川県、埼玉県教育委員会、 東京都私立幼稚園連合会、東京私立初等学校協会、東京都公立小学校長会、一般社団法人東京都小学校PTA協議会、一般財団法人東京私立中学高等学校協会、東京都公立幼稚園・こども園PTA連絡協議会、東京都国公立幼稚園・こども園長会、公益社団法人神奈川県私立幼稚園連合会、横浜市立小学校長会、川崎市立小学校長会、埼玉県公立小学校校長会、千葉市小学校長会、千葉市中学校長会、関東地区私立小学校連合会、神奈川県私立小学校協会 、相模原市立小中学校PTA連絡協議会、さいたま市PTA協議会
    協賛:日本生命保険相互会社
    助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会

    2019年8月3日〜5日 日生劇場

  • ロロ『はなればなれたち』@吉祥寺シアター
    【2019/6/26 19:00〜21:30(途中10分間の休憩あり)】

    初ロロ。「ストレンジシード静岡」でも上演があったのだが、見られず。
    今回の舞台は、「ハートウォーミング」な感じの演劇で、全体的にフワフワしてる印象。良くも悪くも「キラキラしてる舞台」だったのだが、このつかみどころのない感じを「幼い/若い」と解釈するか、「みずみずしい/フレッシュ」と解釈するか。僕が若干前者なのは、老いたということなのか……(苦笑)
    全体的に笑いの要素が多い気もする。人によっては泣ける話でもあるのだが、骨太感は皆無。綿菓子みたいな舞台。
    舞台が始まってしばらくしたら、「THE オープニング」みたいな演出もあって、カッコいいんだけど、それもちょっと照れくさく。なーんか全体的に、年不相応のコーディネートの服を着てるみたいな感覚になってしまい、観劇中、落ち着かない(笑)

    「ひとりの若い女性の演劇にまつわる半生の回顧録」というのが一応主軸で、そこへ放射状に繋がるように、様々なエピソードが絡んでくる。エピソード同士がリンクすることもあれば、最後まで交わらないものもあったり。
    断片が繋がっていく感じなんだけど、コラージュともちょっと違っていて、なんか「キルト」っつーか、「パッチワーク」っつーか、そんな感じ。最終的な1つの完成形はあるんだけど、そのなかはごちゃごちゃしてるというか。「あっちをちょっと縫って、こっちをちょっと縫って、そうこうしてたらあっちとこっちがいつの間にか繋がってる」みたいな。
    或いは、今風に言うと「直感的」な舞台展開なのかも。せわしくスマホをいじってるような、そんな感覚。
    客席は全体的にかなり若い客層。納得。

    観に行こうと思った動機はいくつかあって、ひとつは、ロロを「ストレンジシード静岡」で見逃していたため。ひとつは、出演者で気になる人が3人、板橋駿谷さん、油井文寧さん、大石将弘さん、がいたから。
    板橋さんは、朝ドラ「なつぞら」で番長役を演じ、「34歳高校生」として有名になった俳優。まあ、舞台俳優としての生・番長を観てみたかったわけだが、そのイメージを崩さないようにしているのかどうか分からないが、まあ、番長からそう離れていない、憎めないキャラを熱く務めていた。
    油井さんは、「ストレンジシード静岡」の「範宙遊泳」の作品に出演していた「こたつ姫」(役名)で、ドライなセリフ回しと独特な存在感が気になり、別の作品も観てみたいと思っていた俳優。ここでも、ドライな存在感とセリフ回しは健在で、のめり込みすぎてない感じが、とってもいい。
    大石さんは、「ままごと」の俳優で、他の作品で観たときに、柔らかくクールな存在感が印象的で、機会があればまた観たいと思っている俳優。今回も、認知症のおじいちゃんみたいな「謎の草」という役を好演(好演と称していいのかどうかも不明だが)。歌声も素敵。彼の存在のおかげでよりいっそう、舞台が「ハートウォーミング」になっている。

    劇中劇で、ままごとの『わが星』の幕開き10分くらいを、ままごとテイストで演じてみせるのが、僕のなかではクライマックスだったかも。据え置き型ミラーボールみたいな明かりも効果的で。円形に置かれた何気ない小道具もすごく効いてて。
    ロロなのにままごとっぽい、という本家もビックリな出来ばえ。現代日本の演劇界に『わが星』がすごく浸透していることを再認識。あの作品の世界観って、僕ら世代からすると「キャラメルボックス」みたいな感覚なので、まあ若い演劇人なら1度は通る道なのかも。
    逆に言うと、若い世代の俳優は、ああいうノリの芝居は得意なんだろうな。抵抗なくできちゃうというか。SPACの中高年世代で『わが星』やったら、それはそれで必見の舞台になりそうだけど(笑) (誰か企画!)

    あと、登場人物の名前が、個人的にはどうにも抵抗あるのだが、それもまた老いなのか……?
    下の名前が「淋しい」「すい中」「潮騒」「物置」など。(苗字は割りと一般的なんだけど)
    こんな風に名付ける理由はなんなんだろう。名前を名前として認識させないようにする仕掛けなのか?不思議。

    あ、関東圏以外からの観劇は「遠方割引」があってちょっとお得。さりげない心づかいがニクい。
    あんまりフワフワするんで、それはそれで気になってしまい、何だか別の作品でもう一回くらい観に行くかも。「いやー幼いよねー」とか思いながら。


    ロロ
    『はなればなれたち』
    脚本・演出:三浦直之

    向井川淋しい:森本華
    佐倉すい中:望月綾乃
    近藤巧磨:篠崎大悟
    柊木潮騷:島田桃子
    ユノミ・ローズヒップティー:板橋駿谷
    ラリー・バード:油井文寧
    ハーゲンダッツ・リッチミルク:ひらのりょう
    稲葉物置:多賀麻美
    謎の草:大石将弘
    ぼく:曽我部恵一

    劇中曲:曽我部恵一
    美術:杉山至
    照明:富山貴之
    音響:池田野步
    衣裳:白井梨恵
    衣裳進行:西山梨香
    衣装協力:小山つかさ
    舞台監督:鳥養友美、櫻井健太郎
    演出助手:谷口順子、中村未希
    文芸協力:稲泉広平
    イラスト:矢野恵司
    デザイン:佐々木俊
    広報:浦谷晃代
    記録写真:三上ナツコ
    記録映像:伊集守忠
    当日運営:河野遥、山道弥栄
    制作:奥山三代都、坂本もも

    引用
    新潮社「青い鳥」作:メーテルリンク/翻訳:堀口大學
    ままごと「わが星」作:柴幸男

    協力:jungle、コムレイド、écru、ままごと、ナイロン100℃、スイッチ総研、青年団、レトル、FOGHORN、ROSE RECORDS、モモンガ・コンプレックス、木ノ下歌舞伎、稲プロ、ヌトミック、Diet-chicken、範宙遊泳、ローソンチケット、チケットぴあ、急な坂スタジオ、森下スタジオ

    助成:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、芸術文化振興基金
    提携:公益財団法人武蔵野文化事業団
    企画制作・主催:ロロ、さんかくのまど

    Special Thanks:櫻内憧海、栗原カオス、吉祥なおきち、亀鳥一徳

    2019年6月22日〜30日 吉祥寺シアター

  • モダンスイマーズ結成20周年記念公演『ビューティフル ワールド』@東京芸術劇場シアターイースト
    【2019/6/16 15:00〜17:15(途中10分間の休憩あり)】

    過去に、1回は確実に観ているモダンスイマーズ(もしかしたらNHKの舞台中継的な映像で…だったかも、だが)。そこまで追い続けてはいない劇団なのだが、『キネマと恋人』との組み合わせスケジュール的にちょうど良かったのと、チケット代が3,000円とお求めやすい価格だったので観劇。(こういう「タイミング」も観劇の決め手にはなる)
    当日券のお客様で正席を買えなかった人も、客席通路席を販売して入場してもらう盛況っぷり。開演が5分押すことのお詫びを、わざわざ口頭アナウンスで伝える制作からも、カンパニーの誠実さが感じ取れる。

    ゲームとアニメが趣味の引きこもり40歳・夏彦が主人公。彼の実家が火事になり、弟夫婦の元へ移るがやんわりと追い出され、元は和菓子屋で今は古民家カフェを営む叔父夫婦の離れに住むことから始まる物語。とにかく、罪深い人たちばかり出てくる「悲劇性の強い喜劇」で、ある意味「随分と極端な設定のチェーホフ」な感じ。作・演出は蓬莱竜太氏。現代日本のチェーホフかもしれない。(ただ、わりとみんな怒鳴る、というか叫ぶ、が、チェーホフ、そこまで叫ばないし、その点では違うかも)
    夏彦の叔父である夫と娘から邪険に扱われ、その傷を「宇多田ヒカル」を口ずさむことで慰め、振り払っていた叔母が、次第に離れに入り浸るようになり…という展開。ここまでが一幕(60分)。
    二人を引き合わせたのは、たぶん、エヴァンゲリオンであり、宇多田ヒカルであり。宇多田ヒカルの愛称「ヒッキー」と、引きこもりの「ヒッキー」をかけている気も。

    10分の休憩後、大どんでん返し的な二幕(65分)へ突入。一幕では正義を振りかざしているように見えた娘や、不器用で寡黙な人柄が売りのはずだった和菓子屋時代からの職人・高倉健太が、話の展開をさらにややこしくさせると同時に、観ている観客はもう笑うしかない感じ。「みんな、クズばっかりだな」と思ってしまった観客も多かろう(笑) 当然、スッキリはしない終わり方。

    会話中に急に回想シーンが入ってきたり、同時多発的なモノローグが発生したりと、演劇だからできる場面の処理が面白く、テンポを崩すことなく「悲喜こもごも」を見せていくのも良かったし、引きこもり部屋が、「平たいリヤカー」というか「1畳分くらいのサイズのカート」みたいな装置で、それを引っ張ったり押したりしながら、引きこもり部屋を舞台上で自由に移動させる様子も、妙に面白かった。なんか、「引きこもりが自分の居場所を引っ張っている、引いて籠っている」という図が。
    周囲から「寡黙で不器用認定」されている西條義将さん演じる「高倉健太」が、「車のBGMでglobeを聴いている」という設定も個人的にはツボった。しかもかかるのが「Is this love」というのが、実は伏線にもなっているあたり絶妙なチョイス。

    ただ、ネットでの評判はかなり良いのだが、個人的には、そこまではハマらなかったかな、と。
    まず、作品における色恋モチーフが扱いとしては結構多く、まあそれはあくまで設定での話であって、直接的にそういう描写がふんだんに出てくるわけではないのだけど、「でもそういう愛欲がもとで起きるドラマは、三浦大輔氏が描く方がリアリティがあるかな」とか思ったり。
    あと、あまり自分事のようには観られず、どこか「架空のお話」感に包まれていたような。
    でも一方で、ネットで評判が高いのも分かる。ぐさぐさ来る人は来ちゃうんだろうな…という感じ。たぶん、僕がそこまで、人間関係のぐちゃぐちゃに巻き込まれたことがないからかもしれない。まあ、巻き込まれそうになる前に、体よく逃げているような気もするし。

    なお、「マツコの知らない世界」で、その泣きの演技と粘性の強い鼻水で有名になった古山さんは、夏彦の弟役で、今回は少なめの出番で泣きの演技はなく。


    モダンスイマーズ結成20周年記念公演
    『ビューティフル ワールド』
    作・演出:蓬莱竜太

    飯田夏彦:津村知与支
    越乃衣子:吉岡あきこ
    越乃左子:生越千晴
    清水りく:成田亜佑美
    沢田清史郎:小椋毅
    高倉健太:西條義将
    飯田善:古山憲太郎
    越乃淳二:菅原大吉

    美術:伊達一成
    照明:沖野隆一
    音響:今西工
    衣裳:坂東智代
    映像:横山翼、松本一晃
    舞台監督:清水スミカ
    演出助手:伊東若菜
    照明操作:矢野一輝
    音響操作:北野さおり
    宣伝美術:金子裕美
    プロダクションスタッフ:中尾友也、鈴木ちな、川飛舞花
    制作:森田百合花
    制作協力:ヨルノハテ

    提携:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歷史文化財団)
    助成:芸術文化振興基金助成事業

    主催:モダンスイマーズ

    2019年6月7日〜7月23日 東京芸術劇場シアターイースト

  • 第七劇場 × Shakespeare’s Wild Sisters Group 日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.3/三重県文化会館×金沢21世紀美術館『珈琲時光』@三重県文化会館 小ホール
    【2019/2/10 14:00〜15:40(途中休憩なし)】
    【2019/2/10 19:00〜20:40(途中休憩なし)】

    東京→台湾を経た変化を見届けに三重へ。昼夜両方の上演を観劇。
    基本的には東京公演の感想から大きな違いはない。

    ただ、出演者によると台湾公演で変化があり、三重公演は東京公演の形に戻したそうだが、台湾を経て、東京公演とは演出が変わった場面も結構あったように思う。
    それにより、かなり見やすくなったというか、スッキリした感じ。(「初見じゃない」っていうのもあるかもしれないけど)
    出演者も、自分の役割というか、任が、より明確になってきたように見えた。

    小津ファンは楽しみどころがいっぱいある作品だと思うのだけど、僕はほとんど小津作品に馴染みがないので、その面白さは語れず。残念。


    第七劇場 × Shakespeare’s Wild Sisters Group
    日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.3
    三重県文化会館×金沢21世紀美術館
    『珈琲時光』

    企画協力:侯孝賢
    脚本:王嘉明
    演出:王嘉明、鳴海康平

    【台北】Fa、圈圈
    【三重】佐直由佳子、小菅紘史、木母千尋、菊原真結、三浦真樹
    【静岡】鈴木真理子(SPAC)
    【金沢】西本浩明(演芸列車「東西本線」)

    舞台監督:北方こだち
    照明:島田雄峰(Lighting staff Ten-Holes)
    音響:平岡希樹(現場サイド)
    衣裳:靳萍萍
    台湾側プロデューサー:新田幸生
    演出助手:盧琳
    翻訳:陳汗青、林佳祥

    主催:三重県文化会館[指定管理者:(公財)三重県文化振興事業団]
    共催:レディオキューブFM三重
    製作:三重県文化会館[指定管理者:(公財)三重県文化振興事業団]、金沢21世紀美術館[(公財)金沢芸術創造財団]、合同会社第七劇場、Shakespeare’s Wild Sisters Group
    助成:公益財団法人岡田文化財団、文化庁 文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会
    協力:三重映画フェスティバル実行委員会、全国小津安二郎ネットワーク

    2018年10月24日・25日 東京芸術劇場シアターウエスト
    2018年12月1日〜9日 Cloud Gate Theater【台湾】
    2019年2月10日・11日 三重県文化会館小ホール
    2019年2月16日・17日 金沢21世紀美術館シアター21