観るのも演るのも日々是好日!

演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

  • 座・高円寺 秋の劇場14/劇場へいこう!『夏の夜の夢』@座・高円寺1
    【2025/9/28 14:00〜15:10(途中休憩なし)】

    シェイクスピアの『真夏の夜の夢』を70分に刈り込み、まとめ上げた。しかしながら、妖精たちの登場やラストには歌のシーンもあるなど、70分に様々な要素を詰め込んだ意欲作。
    こんなに刈り込んで、しかし、スッキリと分かりやすい『夏の夜の夢』は、あまり観たことがないかも。脚本が恐ろしく良いのだろう。
    2024年初演。脚本はかもめんたるの岩崎う大氏。演出は、温泉ドラゴンの主宰であり、座・高円寺の芸術監督でもあるシライケイタ氏。

    出演者7人で、二組の若い恋人たちと妖精たちはもちろん、シーシュースとヒポリタも出てくれば、職人たちの場面もある。もちろん、かなり大胆にカットはされているが、パック以外は、ひとり3役くらいを兼ねている。
    舞台両端には各俳優の早替え場があり、その様子も見せながらの場面転換。大きな積み木のような抽象セットに、大量の緑のゴムボール、電飾、カラーコーン、など。舞台転換的な作業も俳優たちが行うので、全員ほぼ舞台上に出ずっぱり。相当、段取りの多い作品だと思う。
    衣装は、人間たちは白をベースとした洋装だが、妖精たちは色とりどりでメルヘンで書き割り風味な装い。(洋服のサイド部分が簡略化された、ゼッケンとかサンドイッチマン的な仕上がり)

    パック役の西脇将伍さんは、ろう者で手話のみで演技。パックのセリフは、その時に出番のない男性陣が交代しながらマイクで音声化。ある意味「二人一役」的な演出。
    これが、「妖精の姿は人間に見えず、妖精の声は人間に聞こえない」という戯曲の世界観と、「パックは手話でしか語れない」ことが、必然性で結びついている感じがして、作品との相性抜群で、説得力があって良かった(もちろん、パック以外の妖精たちは普通に喋っているけれど)。
    ラストの有名な、パックの長セリフは、最初は手話だけで無音のなかで語られ、次に、出演者全員での割ゼリフとして手話付きで語られ、やがて歌と振り付けとなる。それがとっても素敵で、理由もなく泣けてくる感じだった。(パックも含め全員、妖精たちの扮装とかではなく、白の衣裳になっているのも良かった)

    僕が観た回は、西脇さんとは別に、手話通訳者(田中結夏)が、ほぼ「出演者のひとり」状態で舞台上にいて、演技やリアクションもしながら、他の俳優たちのセリフを手話にしていたのだが、そのなじみ具合も良かった。
    手話が「添え物」ではなく、作品を構成する1つの要素になっている。

    出演者は全員、適材適所という感じで座組のバランスも良く、技量のある人たちが集まっていたが、なかでも、山﨑薫さんが素晴らしい。
    ヒポリタとヘレナとタイターニアを慌ただしく演じ分け、大女優然とした雰囲気も、コメディエンヌっぽいキャラクターも見せ、笑いも取るし、歌も聴かせる。時々、高畑充希さんに見える(聞こえる)瞬間があって、声やセリフの感じが少し似ている印象。
    温泉ドラゴンの『痕、婚、』で、その演技に一目惚れしたが、今回の『夏の夜の夢』で完全に射抜かれ、またひとり「この人が出演しているなら観に行こう」俳優が増えてしまったw

    恋に落ちる花(原作で言う「恋の三色すみれ」)が、とても臭い匂い(タンスの防虫剤のような匂い?)で、恋から冷める花が、とっても良い匂いがする、という設定なのが、ひねりが効いていて面白かった。
    こういうひねりが随所に見受けられ、本当に台本がよく出来ていると思う。

    座・高円寺の「劇場へいこう!」シリーズの作品は、本当によく出来たものが多い。今年一緒に再演されていた『小さな王子さま』(数年前に観劇)も良かったし、古くは『旅とあいつとお姫さま』や『ピノッキオ』『ふたごの星』なども見応えがあった。

    子どもはもちろん、大人にもオススメできる。ろう者との共演に興味がある人にはうってつけだし、観劇初心者からシアターゴアーまで間口の広い、座・高円寺の底力を感じさせる作品だ。


  • 新しいシェイクスピア劇の創造事業/水戸芸術館プロデュース公演『ロミオとジュリエット』@水戸芸術館ACM劇場
    【2025/9/27 18:30〜20:45(途中休憩なし)】

    今年の1月に観劇した、『世界のすべては、ひとつの舞台~シェイクスピアの旅芸人』に続く、水戸芸術館による「新しいシェイクスピア劇の創造事業」企画の第二弾。演出も引き続き、大澤遊氏。

    新訳ではあるが、従来の翻訳とそこまで明確な違いはなく、もう少し変化球な演出や構成があるかと思いきや、衣裳が現代風の洋装であることを除けば、かなりオーソドックスな作風の『ロミジュリ』でちょっと拍子抜け。
    ウクライナやガザを彷彿とさせる演出も、少しは入っているのだが、舞台が現実世界と反転するような所までは行かず。
    「『ロミオとジュリエット』でなくてもよかったんじゃ…」というのが正直なところ。この座組なら、違うシェイクスピア作品でもっとしっくり来るのがありそうだが…。

    個人的に、『ロミジュリ』は「ディスコミの芝居」だと思っているので、現代人風な見え方になった時に一番違和感があるのが、「電話もメールも無い現代」という設定。
    つまり、「現代だと成立しない設定の物語」なので、『ロミジュリ』を現代風なビジュアルにするなら、「使いを出す」とか「手紙で知らせる」みたいな部分は手を加える必要があるのでは?と思ってしまう。
    殺陣にしても、ナイフというアナログな武器しか出てこないことに、やはり違和感が少し残る。

    松田洋治さんのロレンス神父役は味わい深いものがあり良かったのだが、たとえば乳母役の高畑こと美さんは、上手いのだけどちょっと役柄の割には若く感じられ、むしろキャピュレット夫人とかのほうがしっくりくる。
    というように、出演者全体的に、役柄と俳優の年齢や持ち味がちょっとチグハグな印象で、その点でも、彼らがもっと活きるシェイクスピア作品にしたほうが良かったのでは…という気がした。
    (俳優たちは、何役か兼ねている人も多く、先に述べたチグハグ感以外については、総じて悪くはない)

    また、今回も、「水戸子どもミュージカル」出身の若手が、アンサンブルとして参加して活躍していたが、作品的に、賑やかしが活躍するタイプの戯曲でもないためか、ちょっと見せ場が無さすぎた形になったのがもったいない。

    バルコニー、ベッド、墓など、象徴的な舞台美術は、必要に応じて出てくるものの、基本的には素舞台に近い設え。
    ラスト、霊廟の場面の前に、舞台が電動で下がって、ビジュアル的にも場面的にも変化を見せたのはとても良かった。(ACM劇場は、シアタートラムみたいに、舞台全体をセパレートで昇降できるようになっている)


  • 道産子男闘呼倶楽部『きのう下田のハーバーライトで』@浅草九劇
    【2025/9/27 13:00〜14:30(途中休憩なし)】

    仕事上のパートナー(実演販売員とマネージャー)である伊坂(犬飼淳治)と原(津村知与支)。大学時代からの腐れ縁が続き、30年を共にしてきた男ふたり(恋人同士とかではない)の、下田のモーテルでの一室の、決意と逡巡と。
    幸福な時もあったのだが、それも今は昔。互いに、「いま自分の状況がこうなってしまっているのは相手のせい(相手が自分をこの世界に引っ張り込んだ)」と考えている所もあり、今はどちらかというと冷え切った、ビジネスライクな関係性に近い。

    彼らの出会いから今に至るまでを、回想風に描く90分(ロードムービー風な感じではない)。作・演出は蓬莱竜太氏。芸能界、成り上がり、一攫千金…そういった感じのことも描かれる。

    外側から見たふたりの関係性は、共依存にも感じられるし、互いに勝手に相手へ期待しすぎていた。「相手の欲望に乗っかった」結果としての現在。思い描いていた未来とは違う着地点にいるふたりは、どちらかというと「不幸な関係」なのかもしれない。
    やり取りにコミカルな部分もあるのだが、どこかに悲哀が付きまとって感じられ、個人的には笑うことが少し躊躇われた。

    チラシに寄せられている演劇人たちの「初演時の感想」は、確かに間違ってはいないのだが、それを読んで想像していた舞台の雰囲気とは少し異なっていて、ちょっと期待値が高くなりすぎたかもしれない。


  • 豊岡演劇祭2025ディレクターズプログラム/城崎国際アートセンターAIRプログラム2025/26
    王嘉明/Shakespeare’s Wild Sisters Group ✕ タニノクロウ/庭劇団ペニノ『誠實浴池(せいじつよくじょう)』@城崎国際アートセンター
    【2025/09/21 19:00〜20:40(途中休憩なし)】

    王嘉明氏(Shakespeare’s Wild Sisters Group)とタニノクロウ氏(庭劇団ペニノ)の作・演出による、日台共同制作の舞台。2024年に台北で初演され、演出の王さんと出演者のFaさんと崔台鎬さんとは2017年度に一緒に仕事をした関係もあって、ぜひとも観たかった作品を、日本初演上演というタイミングで観劇。

    浴場は欲情でもあり、銭湯は戦闘でもあり、プレイ(PLAY)はプレイ(PRAY)でもあり、宮城聰作品とはまた違う形での「魂鎮め演劇」でもあり、SMクラブと言いつつも繰り広げられる行為は全くの想定外で、どちらかと言うと教会での懺悔のようでもあり、戦士した男たちは犬になり貝になり、若い女たちは戦場のナイチンゲールのようでもあり…とまあなんとも説明が難しい、いわゆる不条理劇の路線の作品なのだが、パンフレットのタニノさんの言葉を借りると以下の通り。

    「海で戦死した兵士たち専用の SMクラブ」という奇妙で不気味な場所を舞台に、亡霊となった男たちが歪んだ欲望のために、その廃墟の銭湯に訪れる…

    女優3名が風俗嬢的なポジションで、男優4名がそれぞれに過去を持つ戦死者で、片桐はいりさんはいわゆる置屋の女将的な役どころだが、「この人もかつては風俗嬢の立場だったのかな?」とも思わせる。

    川端康成の『眠れる美女』(三島由紀夫による代筆説も囁かれる作品!)に着想を得たとのことだが、おそらく、王さんとタニノさんのいいとこ取り的な作品に仕上がっていたのではないだろうか。
    多分おふたりとも、(推測でしかないのだけど)細かい設定の齟齬とか辻褄の合わなさを気にしないw(と思う)。イメージの羅列やコラージュをベースにして作品が練られていったのではないか(と思う)。良い意味で「意味ありげ」な場面の連続で(でもそこに大きな意味は無い)、まさしく夢を見ているような作品が好きなのではないか(と思う)。

    すべて推測でしかないが、少なくとも、王さんとお仕事をご一緒した時の、彼の美学の方向性はそんな感じだったように思う。

    「3人の若い女たちが勤務のときは髪型も含めてお揃いのビジュアルになる」とか、「貝の派手なビジュアルはあれが正解なのか?」とか、随所の設定に謎が多いのだけど、全体的に「滑稽な悪夢感」に包まれ、妙に説得力がある。
    4人の男優たちの犬の形態模写とか、「何を見せられてるんだろう」と思う一方で、その精一杯の犬っぷりが可笑しくもあり、説得力もあり。

    「廃墟と化したかつての銭湯」の舞台装置の作り込みがさすがで、それが、これらの説得力を強固にしているのだろう。
    そして、その廃墟な銭湯を、城崎温泉で見るというのも実に味わい深い。照明効果も、妖しく美しい。

    このあと、富山と東京でも公演あり。怪しげで不条理な世界観が好きな人にはオススメしたい。

  • 豊岡演劇祭2025フリンジセレクション/多田淳之介 × やどりぎ座『For Encounters』@豊岡稽古堂3階交流室
    【2025/09/21 14:00〜15:25】

    「限りなくスポーツに近いパフォーマンス」というのが観終わった時の最初の感想。

    (おそらく)観客には説明されない暗黙のルール的なものがパフォーマー間で共有されていて、「そのルールに基づいてパフォーマンスをしてみたらどうなるか」、その実験結果が作品として提示される感じ。
    スポーツは、「ルールは存在するがゲーム内容は毎回異なる」わけで、これの身体表現版というイメージだ。
    (フィギュアスケートや体操など、芸術点の存在するスポーツは、あらかじめ演技内容を決めているので、アドリブ的な場面もあるだろうが、そちらは台本のある演劇に近いと言えるだろう)

    ノンバーバルでセリフもなく、動きのみで構成されるため、内容的にコンテンポラリーダンスと言えなくもないが、おそらく本作は「運動」としての「身体表現」であり、「踊り」とは根本的に異なる根っこから生まれた表現のように感じられた。

    パフォーマンスのなかでも白眉だったのは、何度も繰り返され、パフォーマーの心身が激しく消耗されていく「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」だろう。ある意味では、かなり酷な、容赦のない演出。
    5人が、それぞれに色々な動きを一回性で行うなか、曲がかかる。曲が終わって再度頭から曲が再生されると、曲がかかった時の最初のポジションに戻って、さっきと同じ構成の動きを繰り返す。ただそれだけ。

    しかし、「曲がかかるたびに振り出しに戻って1曲分の動きを何度も繰り返す」という「パブロフの犬」的な人体実験感のあるパフォーマンスでもあり、曲中のフレーズ「ライフ・ゴーズ・オン」をある意味で体現するようなパフォーマンスでもあり、「何気なく決めたルーティーンを、自分の意思と関係なく繰り返す」ようでもあり、まさしく「生きていく」ということが濃縮されたようなパフォーマンスだった。
    (おそらく)決まっている振り付けではなく、「1回目に曲が流れる時にやった動きを、再度曲が流れたら、同じようにやる」という趣旨だと思うのだが、これは、「1回目にやったことを何度も繰り返す」のではなく、「前の回にやったことを繰り返す」というルールなのだろう。(1回目と2回目で異なっていた時、3回目は2回目を踏襲しているように見えたので)

    このパフォーマンスでさらに面白かったのは、5人5様の向き合い方が見られたことだ。
    なかでも、河村さんが「無我になる」ことへのためらいの無さが突出していて(もしくは「無我になっている」ように見せるのがすごく上手いだけなのかもしれないが)、曲がかかるたび、その心身を迷うことなく空間や作品に捧げ、まるで水晶のような輝きを見せていた。しかも、回を追うごとに輝きと純度が増していく。
    「疲れた」とか「またか…」とか「どうだっけ?」みたいな瞬間がほぼ見えず、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」の世界に潔く飛び込める、その無垢な身体性がとても良かった。
    (もしかしたら、多田さんがこのパフォーマンスで求めたものは、違うところにあるのかもしれないけど)

    河村さん以外も、それぞれの個性が表れていて、良し悪しということではなく、「(それぞれが)違っていることの面白さ」が感じられた。「無我になろうとする意思が垣間見える」「迷うと一瞬思考停止になる」「瞬間瞬間を切り捨てられず引き摺る」などなど。

    「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」のあとの、「相手の出方をうかがいつつ仲間になっていく動き」とか、「つながったり離れたりする動き」とかは、まさにタイトルである「ENCOUNT(出会い)」であり、5人が小動物のように見え、微笑ましくもあった。

    静岡での上演だと、たぶん出演者の身体性や考え方を知っている観客が多いと思われ、それはパフォーマンスにとっては味方になってしまうというか、「パフォーマーの個性」を楽しむ側面が強くなるだろう。一方で、そのメンバーである必然性に対する興味は薄まる可能性がある。
    しかし、豊岡での上演だと、出演者のことをよく知らない観客が多くなるわけで、「パフォーマーの個性」も楽しめるが、純粋に「作品としてのパフォーマンス」を楽しむ側面が強くなるように思った。

    つまり、ざっくり言うと、「この5人である必然性」が求められる、ということだ。
    静岡版は未見なので比較できないが、結果的に今回の5人は、作品におけるアンサンブルとしてうまく機能していたように思う。
    (もしかしたらもう一人、清楓さん系統の向き合い方の男性がいても良かったのかもしれない、とは思ったが)


  • 豊岡演劇祭2025フリンジセレクション/たんしん演劇部『金庫よ、信用にあたれ!』@但馬信用金庫大開支店
    【2025/09/20 18:30〜19:20】

    実際の信金を会場に、銀行強盗ならぬ信金強盗と、強盗訓練にあたる職員の顛末をコミカルに描いた短編。演劇部以外の信金職員たちもエキストラとして出演するなど、但馬信用金庫が全面バックアップ。
    千穐楽公演ということもあり、当日券に長蛇の列ができて、開演が10分以上押す盛況ぶり。客席には、出演者の家族や友人と見られる人たちも多数駆けつけていたようだ。
    立ち見も出るほどで、急遽、シャッターで閉めていたATMコーナーにも立ち見客を入れていたが、機械の前に立ち見客を立たせたためか、上演の合間に時々、ATMの自動音声が流れるというハプニングも。しかし、そのハプニングを不条理に替えた演出のようにも思えた。

    強盗訓練にあたる信金職員たちと、本当に強盗しに来た男。アンジャッシュのすれ違いコント的な展開を見せる中、強盗男が再婚した「妻とその連れ子」が、信金職員の男の「元妻と実子」ということが判明。やって来る警察の目をごまかすために、突如、「演劇的」なミュージカルで警察の目を欺くというラストに。

    良い意味でくだらないストーリーを、3人で熱演し、客席も沸いていて面白く拝見した。
    ただ、プロットは良かったのだけど、セリフと展開が若干、説明的だったり、飛躍していたりした気もして、プロットを会話劇に落とし込む過程で、もう少し推敲があっても良かったのかもしれない。

    メインの3名もさることながら、エキストラの人たちの、芝居をするわけでもないのだけど絶妙な説得力をもった存在感が印象的。ラストでおもむろに立ち上がり、突然作品に参加するシュールな感じも良き。


  • 石井光三オフィスプロデュース『ザ・ポルターガイスト』@本多劇場
    【2025/9/17 14:00〜15:30(途中休憩なし)】

    コロナ禍の2020年に書かれたフィリップ・リドリーの一人芝居を、村井良大さんの出演で、本多劇場で。演出は、開幕ペナントレース主宰の村井雄氏。

    ゲイのカップルであるサーシャとチェット、2人がサーシャの姪の誕生日パーティーに出かけて帰ってくるまでの1日を描いた作品。登場人物は11名。それらを村井良大さんが1人で演じ分けていく。(個人的には、パーティーに来ていた配管工・ダギーのキャラが特に良かった)
    自己と他者の境界の曖昧さだったり、互いの記憶違いの答え合わせ的な描写があったりと、一人で演じるからこそ見えてくる「物事の相対化・対比」。自己肯定とか、他者への嫉妬とか、そういうものも盛り込まれている。
    タイトルの意図は、最後で種明かしされる。

    村井良大さんは確かに上手い(だからこそ、彼の巧みさ目当てで観に行ったわけだが)。飽きることなく観られたのだけど、戯曲が「一人で何役も演じ分ける」ことが目的として書かれている印象で、「演じ分けの技量」みたいなものありき、な感じもした。
    「結果的に一人で演じることで面白くなる」というよりは、「最初から一人で何役も演じる前提でキャラクターが書き分けられている感じ」と言えばよいだろうか。

    つまりは、「物語<演技」というか、「俳優のためのソルフェージュ」的な要素が感じられて、描かれている物語や心理描写は意外とあっさりとしていた印象。(もっとぶっちゃけると、戯曲そのものが自分にはちょっと物足りなく感じた)
    一人芝居作品の面白さ、という観点だけでいえば、ナショナル・シアター・ライブで観た『ワーニャ』のほうに軍配が上がる。

    舞台上に飾られた色々な小道具類や家具は、あくまで装飾であり、クライマックスで脚立が使われるだけで、そのほかのものは本当に「そこに置いてあるだけ」なのは、悪くはなかったのだけど、ちょっと飾り過ぎていた(物量が多すぎた)かもしれない。


  • 第36回全国高等学校総合文化祭 優秀校東京公演@新国立劇場中劇場

    2日間で4校の演劇部の上演。(このほかに、郷土芸能と日本音楽の、それぞれの優秀校の上演・演奏もある)
    演劇の公演は、今年の夏の全国大会での、最優秀校1校と優秀校3校からなり、今年は長野県松本美須々ケ丘高等学校が最優秀に選ばれている。
    各校とも、上演後に出演者のインタビュータイムがあって、その司会進行を城西大学附属城西高等学校の生徒が担っていた。2日とも同じ生徒が司会進行を務めていたが、ある意味では、彼女がこの2日間のMVPだったかもしれない。彼女は何者だろう?(放送部なのかな?)淀みのない、堂々とした、上手く観客を巻き込んでいく進行ぶりを忘れることができないw


    『キャベツはどうした?』兵庫県 神戸常盤女子高等学校
    【2025/8/23 14:30〜15:30】

    脚本は悪くないのだが、生徒たちのセリフ回しにちょっとクセがあり、いわゆる「いかにも高校演劇で上手いと言われそうなセリフ回し」なのが、終始気になってしまった。

    高校生にとっては少し難しい課題なのかもしれないが、「物理的な意味での相手に届けるセリフ(ボリュームとか滑舌とかエネルギーとか)」と、「相手の身体を意識しながら相手に伝えるセリフ」は、似て非なるものだ。今回の場合、「届いてはいるが、伝わってはいない感じの言い方」というか。
    設定にフィクション性があるならそれでも成立する可能性があるが、今回の戯曲の設定的には「進路に悩む女子高校生の日常」なので、セリフ回しにフィクション性は付きすぎないほうが良いと思われる。
    ただ、保護者の小池役は、存在に少しフィクション性がある設定なので、こちらについては、あの少し誇張したようなセリフ回しでも問題なく、これで生徒たちのセリフ回しが自然体だったなら、小池のキャラクターはもっと活きていただろう。

    ユーカ役の上半身の硬さ(肩が少し上がって若干猫背気味)も気になるところ。役柄の設定と実際の立ち姿に、ちょっと距離がありすぎたかも。

    トモエの母親の衣裳(割と派手な色の上下セットのパンツスーツ)と牧村先生の衣裳(膝上丈のタイトスカートのツーピース)が、大人感という意味では分かりやすくはあるのだが、リアリティという観点でいうと、あまり現実的ではなかったかも。
    特に母親は「キャリア感」みたいなものが出てしまって、「お金に苦労している家庭」感に乏しく、「こういう場合はむしろ、カーディガンとかではなかろうか」とも思う。
    (小池は、あの派手な緑のツーピースだからこそ成立しているのだけど)

    しかし、ラストのクレモンティーヌの「♪キャベツはどうした」に良くも悪くも、全てが回収されすぎてしまったような気が…しないでもない。


    『愛を語らない』長野県松本美須々ケ丘高等学校
    【2025/8/23 15:50〜16:50】

    もともとは2020年に創作された作品で、コロナ禍での上演中止などを経て、バージョンアップして再演に臨み、全国大会で最優秀を射止めたらしい。
    メインの役柄は数名存在するものの、コロス的に全員で語り継いでいくタイプの演出。舞台装置は、そう広くはない八百屋舞台といくつかの椅子と机のみで、小道具もペンと原稿用紙以外はほぼ使われず、無対象演技で見せていく。
    柴幸男の『わが星』や『あゆみ』あたりの作風に少し近い感じもある。

    昭和初期に活躍した文豪・柴山鉄山の娘・亜伊が、父について書いた自伝的小説「父・柴山鉄山」という作品を戯曲化。柴山鉄山のクズっぷりの半生を追いつつも、娘・亜伊がアイデンティティを確立していく過程や、家族や周囲の人間との確執みたいなものも描かれる。
    ただし。柴山鉄山もその娘も架空の人物なので、彼の半生自体フィクションであり、その意味では完全に創作された物語である…のだが、「柴山鉄山は実在する」というスタンスで終始上演され、種明かしもされないまま終幕となるので、何も知らずに観た観客は、柴山鉄山という作家の存在を信じてしまうと思う。その仕掛けっぷりが秀逸。
    (なお、劇中には、ほかの文豪や著名人、文芸作品なども出てきて、それらは実在するので、柴山鉄山にまつわる部分のみが巧妙にフィクション化されている)

    「私生活の全てを作品に書く」という信条の鉄山が、唯一作品に書かなかったのが娘の亜伊で、それが「鉄山が娘を愛していた何よりの証拠」、というところから来ている『愛を語らない』のタイトル。上手い。
    ラスト、鉄山の遺稿が見つかるもエロ小説だと分かり、その原稿を舞台上にばら撒く。そのカタルシスたるや。そこへ持っていくまでの55分も素晴らしい。
    BGM的な音楽は流れるものの、効果音は基本的に全て俳優たちが音声化しており、そのチョイスや音色も非常に良い。

    高校演劇の範疇を軽々と超えた作品であり、エンタメ性もあって見応えのある作品なのだが、過去の最優秀作品、例えば昨年の徳島県立城東高等学校『その50分』と比較してみても、いわゆる社会派的なメッセージ性や、「高校生の等身大の現実」みたいなものはあまり描かれていない。こういう「娯楽性がクローズアップされるタイプの作品」が、今年の最優秀に選ばれたことに、少し意外性は感じた。良い悪いの問題ではなく。


    『はしれ、たくしぃ!』北海道網走南ヶ丘高等学校
    【2025/8/24 14:30〜15:30】

    今回観劇した4作のなかで(実は一番期待値は低かったのだけど)、最も印象に残り、素直に「いいなぁ」と心から思えた作品。間違いなく今年の個人的ベスト5に入ると思う。できればもう1回観たい!個人的最優秀。

    タクシーの中で生まれたという生い立ちを持つ「山本拓志」。舞台俳優の夢を追うも夢破れて地元に戻った拓志が、タクシー運転手になって間もないところからスタートして退職するまでを、12のエピソードで数珠つなぎ的に見せていく。
    オムニバス風でもある演出だが、「やりたい事を仕事には出来なかったけれど、誇りを持ってタクシー運転手を全うした、一人の男(と、相棒のタクシーと、拓志一家)の半生」をコメディタッチで描いた、「大河ドラマ風の壮大な作品」とも言える。

    高校生等身大の悩みでも、社会性の強いメッセージでもなく、ある意味では「高校演劇っぽくない」テイストなのだが、それを高校生たち(しかも達者)が演じてみせることに、とても意味&意義がある舞台だったと思う。
    少し抽象化された(それでも一目でタクシーと分かる)舞台美術やその多様な使い方、タクシーの車体の擬人化にも、拓志の中の天使と悪魔にも見える「タクシーA」「タクシーB」という役柄の設定、場面によって車の向きを変える構成、空間やシルエットの使い方。どれも良かった。
    もちろん、稚拙な部分も多少はあるのだが、それが些末に思えるほどの出色の演出で、演劇でしか表現できないこと、現役高校生だからこそ表現できることを、これでもかと見せつけてくれた。

    タクシー役の2人の身体表現が、大きな印象を残す。磨かれたあとのI字バランスや、掌でのウインカーの表現、ほかにも、座席になったりドアになったり車のトランクになったり。

    しかし、何と言っても、主役の拓志を演じた浮須くんが当たり役とも言えるハマりっぷりで、セリフ回し、表情、動き、どれをとっても素晴らしかった。わざとらしさを感じさせずに、ちゃんとインパクトのある演技が出来る。
    声質もすごく良くて、若者っぽくもあり、オジサン感もあり。雰囲気も、朴訥さがあるのに洗練さも感じさせる、希有な存在感。彼を主役に据えたことでこの作品が成功している、と言っても過言ではない。
    車の運転なんて未経験だろうに運転動作もよく研究されていたし、演じる上での役柄と本人の距離の取り方も、近すぎず遠すぎず抜群で。
    ひとつひとつのセリフや動きが、見ていて愛おしくなってくる感じで、観客のハートを掴む才能に長けている。愛すべきキャラクター性。
    その上、18歳なのに「もう人生2周目です」みたいな悲哀の表現とかどうなってるの?と問いたい。そして、年齢を重ねるにつれてちゃんとそれらしく年老いて見えてくるのも、高校生でなんでそこまでできるの?と問いたい。(終演後の幕間インタビューでの受け答えも、そこらの青年より大人だし)

    エンタメ色の強いコメディタッチなのに、後半からは涙が止まらず…。これは、自分がその分、人生を重ねているからというのもあるだろうけど。
    中でも、2回目のタクシーデートの場面では、その舞台上から溢れんばかりの多幸感と、それまでの場面の走馬灯感ゆえに涙腺決壊し、拓志とタクシーの別れ際では、タクシーの2人が、「さようならー!」ではなく「バイバーイ!(しかも大声でかすれ気味)」だったのも沁みた。あそこであえての「バイバーイ」の無邪気さは、切なさマックスだよ。今思い出して、また涙。

    「しっかり生きてかなきゃな」とか、「思い描いた人生と違ったとしても不幸になるわけじゃない」とか、観た人の人生をそっと励ましてくれるような、そんな作品だった。そんな舞台を高校生が見せてくれるなんて…とまた涙w
    いやー、ホントにいい舞台だったなぁ…(「青春舞台」で放送されないのがもったいない!)


    『あの子と空を見上げる』青森県立青森中央高等学校
    【2025/8/24 15:50〜16:50】

    鬼が住む島に人間・モモカが転校して来る。モモカは疎外されていたが、鬼のコスズと友達になる。時間をかけて交流を育み、鬼とか人間とか関係ないほどに、彼らは仲良くなる。しかし、ひとり、またひとりと、島に人間が増えるにつれ、鬼と人間の対立は激しさを増していき…というようなストーリーを、コミカルな場面も挟みながら描いていく。
    ただ、ベースに描かれているのが「笑えない問題」なので、時折訪れるコミカルな場面では、笑うことが非常にためらわれ、どう観たらいいのか迷ってさえしまう。「いっそコミカルさを排除してもらったほうが観やすいのに…」とも思う。
    ラストはほぼ戦争状態で、多くの犠牲者が出る中、モモカも犠牲となり、コスズが残され、空を仰ぐ場面で幕。

    作中の鬼と人間の、どちらが日本人なのか。桃太郎のエピソードのみならず、いじめ問題、人種差別、ホロコースト、植民地支配、奴隷貿易、移民問題、ウクライナやパレスチナの紛争など、様々な歴史や事実に置き換えながら見ざるを得ない。
    一方から見たもう一方は敵となり、それは立場によって逆転し、被害者と加害者の関係性はシーソーのように。誰かが対立を止めたくても、止められる時もあれば止められない時もあり、個と集団の問題にも。
    (ただ、個人的には、ちょっとやり過ぎというか、入り込みすぎな気もしていて、もう少しオブラートに包む感じの構成でも良かったのでは?とも思う)

    また、鬼は赤、人間は白のTシャツを着ているのをはじめ、全体的に描き方が直接的すぎる(分かりやすすぎる、とも言える)感じもあるため、そのあたりで観客の好みは分かれるだろう。
    とっても大事な問題だし、真剣に考えるべきメッセージでもある。それは間違いない。間違いないのだけど、悪い意味で道徳っぽくもあり、そのあたりが、本作が最優秀では無かった一因かもしれない。

    舞台装置を使わず、多くの出演者は何役か兼ねており、コロス的な群衆シーンも多く、相当練習を積んだと思われるが、その成果は発揮されていた。

    BGMをパートごとに声で表現したり、空襲警報っぽいサイレン音を声だけで表現したり、セリフ以外の声表現が印象的。


  • to R mansion presents『走れ☆星の王子メロス』@世田谷パブリックシアター
    【2025/8/10 14:00〜15:30(途中休憩なし)】

    昨年に続いての再演のようで、今年は世田谷パブリックシアターで上演。オリジナルは7人の出演者で構成されたバージョンだが、世田谷パブリックシアターでは40人近い出演者によるスペシャル版として上演。
    本編のみで1時間15分ほどだが、カーテンコールの撮影タイムやグッズ宣伝タイムなども含めると、上演時間1時間30分。(開演前と終演後のカーテンコールは写真撮影OK)

    『走れメロス』と『星の王子さま』を掛け合わせた(そしてオリジナリティを加えた)ストーリー展開で、作・演出は、主演で出演している江戸川じゅん兵氏と上ノ空はなび氏によるユニット「スカンクスパンク」。
    生演奏や歌や踊り、さらには、エアリエルなどの現代サーカス要素もあちこちに詰め込まれ、文字通り「おもちゃ箱をひっくり返したような」作品。原作のもつ哲学的な側面も残しつつ、小さな子どもたちが表層的にも楽しめる仕掛けになっていて、客席の子どもたちも終始、前のめり気味で観ていた。

    アンサンブル的に多数の出演者が登場する(彼らはセリフはほぼ無い)が、ストーリー面で重要なポジションを担う部分は、6人の俳優陣だけで展開。

    『星の王子さま』の飛行士=サン・テグジュペリ=急いで地球に戻ろうとしているところを別の星に不時着してしまったメロス(江戸川じゅん兵)、という設定になっており、王子(上ノ空はなび)とセリヌンティウス(小早川俊輔)は、それぞれ単独で配役。
    メロス役の江戸川さんは、クドさの少ない大泉洋っぽい芸風の印象。王子役の上ノ空さんは、きゃりーぱみゅぱみゅさがありつつ、自分の関心がスイッチングするように変わっていく感じが子どもそのものな感じで、「星の王子さま」を体現。セリヌンティウス役の小早川さんは、役柄も本人も正統派イケメンキャラで、「特技じゃないのに事務所のプロフィールに書かれているオカリナ」を演奏させられる場面も面白かった。

    ここに、トリックスター的な扱いで、羊(丸本すぱじろう)と、悪魔(ぼくもとさきこ)が加わり、作品進行のお世話係的なポジションも担う。
    丸本さんは、客の懐への入り方が絶品で、カラテカの矢部さんっぽい印象もありつつ、ふにゃふにゃした存在感と喋り方は、作品における一服のお茶のよう。
    ぼくもとさんの、どこまでも素な感じも、この作品に合っていた。

    王ディオニス/バラ/キツネなどの、2作品の有名なサブキャラは、植本純米さんがひとりで演じ分け。バラでは女形の実力を遺憾無く発揮して麗しく、キツネでは「ホシノ三姉妹(コシノ三姉妹のパロディ)の母親である仕立て屋」という役割も。(娘たちである「ホシノ三姉妹」もその前に登場して、ひとネタ披露している)
    植本さんの出番が意外とあって、歌のパートも多く(もちろん上手い)、サックスも披露し、しかも、色々な役を演じているので、この作品の実際の主役は植本さんなんじゃ…?という感じw(少なくとも、植本さんの存在感が無いと、この作品は成り立たっていない気もする)

    メロスは刺繍が得意という設定で、羊の絵を書く時も「♪チクチク〜、チクチク〜」と歌いながら刺繍で表現し、クライマックスでは、メロスが頭に着けていたヘアバンドが刺繍枠となり、刺繍で星と星を繋げて星座を作るという展開に。(正直、なんでこんな展開なのかよく分からないのだけど、力技で半ば納得させられた感じw)
    しかも、そのクライマックスシーンには、王子の緑のコートを仕立てた本人として、キツネがホシノ三姉妹の母親として現れ、メロスと共に刺繍をするという場面に。

    そんな感じで、いわゆる「原作から脱線したシーン」もいくつかあるのだが、それはあまり気にならない。むしろ、そういう場面があることで、本筋がより際立っている印象。
    秀逸だなと思ったのは、『星の王子さま』の井戸の場面と、『走れメロス』の泉の場面を、オーバーラップするように構成していたこと。井戸の汲み桶がいくつも、上空から降りてきて、また昇っていて…みたいな絵も良かった。

    なお、東京公演ののち、春日井市と津市でも上演があるが、東京のみ大人数バージョンで、地方公演には、セリヌンティウスとアンサンブルは出演せず。

    (グッズとして販売していた、舞台の筋に沿った構成になっているという「走れ☆星の王子メロス すごろく」を、やはり買っておけばよかったなぁと、少し後悔しているw)


    to R mansion presents
    『走れ☆星の王子メロス』
    原作:太宰治「走れメロス」/サン=テグジュペリ「星の王子さま」
    作・演出:スカンクスパンク(江戸川じゅん兵×上ノ空はなび)

    江戸川じゅん兵:メロス
    上ノ空はなび:星の王子さま
    丸本すぱじろう:羊
    ぼくもとさきこ:ぼくちゃん、悪魔
    小早川俊輔:セリヌンティウス
    植本純米:王、鉄道保安検査員、バラ、キツネ

    イーガル:ピアノ
    こみてつ:チェロ&ギター
    村上慈:ヴァイオリン
    原田美英子:クラリネット
    阿部竜之介:トロンボーン

    金指喜春 (Chapter)
    サゴー
    長すみ絵
    冬木理森(オペラシアターこんにゃく座)
    領家ひなた
    柴田有希
    岩澤菜々夏
    大島翠(Theatre 劇団子)
    大森つばさ
    加古みなみ
    河村果音
    坂口友紀恵
    篠原和美(玄狐)
    薄田澄子(あくびがうつる)
    竹下倖穂
    田中来夢
    谷岡菜々子
    中山侑子
    nau
    福島悠斗
    増田美咲
    箕輪菜穂江(イッツフォーリーズ)
    山根萌花(悪夢倶楽部)
    あいあい
    ア・キーラ

    中島ひまり

    アフターゲスト:サンプラザ中野くん(9日)/増田明美(10日)

    音楽監督:イーガル
    舞台監督:杉田健介
    演出部:前田和香、上嶋葵
    演出助手:山田朋佳
    音響:佐藤こうじ(Sugar Sound)
    音響オペレーション:たなかさき(Sugar Sound)、日本有香(Sugar Sound)
    照明:國吉博文
    照明オペレーション:上山真輝、塩崎明香理
    照明プログラム:丸山武彦
    衣装:西川千明
    プロダクションマネージャー:杉山陽洋(ステージスタッフサルページ)
    当日運営:奥村優子、與田千菜美、塚原沙和、池谷真友子、池谷昌美、瀬尾未奈
    制作:野崎夏世、加藤じゅんこ
    制作補佐:大野洋子(ACC)、中原信貴
    制作協力:斎藤努
    美術協力:林周一(風煉ダンス)、奈賀毯子、野口維更、野中小鈴、Okk
    ラート指導:吉田望
    撮影:宮風呂享史
    収録:高平幸英
    スチール撮影:Masayo
    アフターイベント手話通訳:小原郁子
    パンフレットデザイン:中井重文
    アートディレクション:江戸川じゅん兵
    宣伝イラスト:しりあがり寿

    主催:合同会社ポトフ企画
    提携:公益財団法人せたがや文化財団、世田谷パブリックシアター
    後援:世田谷区
    協賛:大和ハウス工業株式会社、合資会社ベアードビールブルーイング、株式会社ワンダーエンポリウム、チャーリー石塚
    協力:公益社団法人大阪交響楽団、株式会社キューブ、株式会社ビーコン・ラボ、株式会社カクタス、株式会社enchante、放映新社、特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク、NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)
    スペシャルサンクス:演劇集団風煉ダンス、たちかわ創造舎、たちかわサイクルサッカークラブ、合同会社ステージスタッフサルベージ、J:COM 世田谷、竹井亮介、松嶋柚子
    助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成/東京芸術文化鑑賞サポート助成】

    2025年8月9日〜11日 世田谷パブリックシアター

  • サルメカンパニー第十回公演『サルメ版 黒い十人の女』@シアター風姿花伝
    【2025/8/10 18:00〜20:45(途中10分間、幕間転換とショーを兼ねた休憩あり)】

    市川崑監督の映画版をベースとした、サルメ版の『黒い十人の女』。ナイロン100℃や、テレビドラマ版などでもリメイクされているが、実はどれも未見。(でも内容は何となくは知っている)
    テレビ業界を舞台に、人たらし的な恋多きプロデューサー風松吉(石川湖太朗)と、彼をめぐる10人の女性(今回、うち1名はトランスジェンダー的なゲイの設定)の復讐劇。

    シアター風姿花伝をL字型に使い、段差を有効活用し、一部を2階建てにして1階部分に演奏スペースを確保。横長状の舞台をうまく住み分けながら、時にオーバーラップするように、場面転換の多い設定を巧妙に演出。
    テンポ感、メリハリ、空間フォーカスの大小、どれも絶妙で、それらは演出の力もあるのだが、この空間設定だからこそ生まれたところも大きいような気もする。

    俳優陣もいちいち魅力的で、10人の女性たちの描き分けも上手く、それぞれのキャラクターの個性がしっかりと見え、それぞれの背負うドラマに説得力があった。
    女性たち以外の脇の役柄も、それぞれに良い意味でクセがあり、群像劇としてもよく出来ていたと思う。

    風松吉役(映画版は船越英二)の石川さんは、飄々とした雰囲気の人たらし感が秀逸。決して自分からは突き進まないのに、相手が勝手に落ちてくれる。
    あと、セリフの音楽的な構成が非常に巧みで、もしセリフを譜面に起こしたとしたら、音符の展開のみならず、ブレス位置とか、どこまで伸ばすとかも含め、普通の俳優とはちょっと異なる楽譜が出来上がりそう。(それが、無意識なのか、意図して精巧に組み立てているのかは分からないけど、)あのセリフ術はちょっと学びたい。

    石ノ下市子役(映画版は岸恵子)の那須凜さんは、良い意味で、お母様である那須佐代子さんのセリフや演技に似ているところが折々で見られ、役柄と相まって大女優感満載。力強さとしなやかさとを使い分け、メリハリ感も。
    「少しキャラクターは違うけど、映画『Wの悲劇』で三田佳子さんが演った羽鳥翔とか似合いそうだな」などと思いながら観てたw

    松吉の妻・双葉役(映画版は山本富士子)の小黒紗耶さんも、感情を押し殺し(ているように観客に感じさせる巧みさ!)つつも、内面では嫉妬や愛情が渦巻いているような情熱的な感じの本妻を、しっとりと熱演。彼女の醸す空気感が、本作においてかなり重要だったように思う。
    意識していたのか、セリフ回しが「古き良き昭和の映画女優」っぽい感じ(若干早口で、感情をあまりのせすぎない感じの言い回し)だったのも功を奏していた。
    和装姿のまま、演奏スペースでピアノを弾くのも格好良き。

    トランスジェンダーである三岸三郎役(映画版は宮城まり子)の阿岐之将一さんは、男性姿は格好良く、女性姿は美しく、とにかく麗しい。
    この役を男性にしてスパイスを効かせたのは、上手く作用していたと思う。

    あと、エレベーターガールの八代役(映画版は有明マスミ)が、全体での出番はそこまで多くないのだけど、彼女が生い立ちを独白する場面が(語られる内容も相まって)、結構印象に残っている。

    休憩時間には、百瀬桃子(松原もか)による、オリジナル曲のメドレー歌唱タイムが挿入。出演者全員でのバックダンサー&コーラス&演奏も豪華で、気持ち的にはちっとも休憩にならずw
    歌の歌詞も、バックダンサーの動きも、かなり独創的だったと思うんだけど、その若干のミスマッチ感というか、ギャップ感が良かったんだろうな。
    「黒のハット&黒のタンクトップ」という、「体育会系ピンキラのキラーズ」みたいな男性バックダンサー&コーラスに至っては、ツッコミどころがあり過ぎて、そっちばかり観てしまった。
    そして、休憩も劇中も含め、何人か歌う場面があったけど、皆さん「ミュージカル俳優ですかい?」並の上手さで。

    開演前と終演後に客前で客入れやアナウンスをしていた、演出助手で幕間のダンサーも兼ねていた佐々木優樹さんも良かった。ちょっと声を酷使して枯れてしまった感じも。
    ほかの制作手伝いや受付の方など、関係スタッフもみな、お人柄が良さそうな人が多くて、とても幸せなカンパニーなんだろうなと思った。

    「重厚で品のあるエンタメ舞台」という感じで、娯楽性が強いのに安っぽくなりすぎないのが、サルメカンパニーの強みかも。
    結果的に「自分たちが楽しい」という所にとどまりがちなエンタメ舞台は多いけど、「いかに観客を楽しませるか、そのショーアップ加減の研究を楽しむ自分たち」みたいな境地で取り組んでいるように見えた。

    次回公演は来年3月、東京芸術劇場シアターウエストで、出演者オーディションも開催とのこと。楽しみである。


    サルメカンパニー第十回公演
    サルメ版『黒い十人の女』
    原作:和田夏十『黒い十人の女』(映画『黒い十人の女』監督 市川崑)
    上演台本・演出:石川湖太朗(サルメカンパニー)

    テレビ局プロデューサー 風松吉:石川湖太朗(サルメカンパニー/クリオネ)
    新劇女優 市ノ下市子:那須凜(劇団青年座)
    風松吉の本妻 風双葉/PIANO:小黒沙耶(サルメカンパニー)
    印刷会社跡継ぎ 三岸三郎:阿岐之将一(ワタナベエンターテインメント)
    コマーシャルガール 四村塩/BASS:井上百合子(演劇集団円)
    テレビ演出家希望のAD 後藤五夜子:西村優子(サルメカンパニー)
    テレビ局事務 虫子:投元ひかり
    テレビ局受付 七重:遠藤真結子(サルメカンパニー)
    エレベーターガール 八代:近藤陽子(劇団AUN/劇団晴天)
    テレビ局衣裳部 櫛子:鈴木彩葉
    脚本家 十倉十糸子:平佐喜子
    アナウンサー 花巻/BASS:遠藤広太(サルメカンパニー)
    劇団星屑の新人女優 百瀬桃子:松原もか(オールウェーブ・アソシエツ)
    脚本家 八幡:丸山輝
    テレビ局ディレクター 野上:柴田元
    テレビ局局長 本町:松戸デイモン(MADカンパニー)
    司会者/SAX:藤川航
    メーキャップ係/DRUM:河野梨花
    GUITAR:あいしゅん

    舞台美術:阿部一郎
    照明:鷲崎淳一郎(Lighting Union)
    音響:坂口野花(TEO)
    音響オペレーター:吉田拓哉
    舞台監督:新井和幸(箱馬研究所)
    振付・ステージング:宮河愛一郎
    映像:宇野雷蔵(サルメカンパニー)
    映像オペレーター:桒原唯那
    音楽(劇中歌):小黒沙耶(サルメカンパニー)
    衣裳:西村優子(サルメカンパニー)
    小道具:遠藤広太(サルメカンパニー)
    宣伝美術:かまだゆうや
    宣伝写真:坂本彩美(サルメカンパニー)
    イラスト・グッズデザイン:HATERUMOFUTO(サルメカンパニー)
    ヘアメイク:三浦光絵
    音楽監修:Tomoldei
    記録映像:澤田悠世
    演出助手:佐々木優樹
    演出助手・スタンドイン:鷲見友希
    制作:遠藤真結子(サルメカンパニー)
    制作協力:クリオネ
    当日運営:稲葉美穂・玉野紗江・阿南早紀・島村苑香

    協力:藤井美穂、丸山由生立、松原つよし、東宝舞台株式会社 衣裳部(久保田俊一)、大野亮太、クリオネ、劇団青年座、ワタナベエンターテインメント、演劇集団円、劇団AUN、劇団晴天オールウェーブ・アソシエツ
    助成:アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成(単年助成)]芸術創造活動
    共催:株式会社MADカンパニー
    主催:サルメカンパニー

    2025年8月7日〜8月13日 シアター風姿花伝