トータルステージプロデュース『サド侯爵夫人』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
【2025/1/28 13:30〜15:40(途中休憩なし)】

三島由紀夫の傑作にして難易度の高い戯曲を男優6人で。演出は宮本亞門氏。上演時間は2時間ほどに収められ、多少セリフが刈り込まれていたような印象も。
コロッセオ風なパルテノン神殿を連想させる8つの円柱と、八百屋になったドーナツ状の円形ステージ。ルネ以外の衣裳も含め、舞台装置は黒を基調としたコーディネート。
舞台装置に関しては、SPACで2001年に上演された、原田一樹演出・朝倉摂舞台の『サド侯爵夫人』が、白を基調としたものではあったが、同じような、神殿風の円柱と円形の舞台装置で、今回と似ている印象。
衣裳は、ルネ(成宮寛貴)はシンプルで装飾の少ない白いドレス。モントルイユ夫人(加藤雅也)は若干パリコレ風なデザインを思わせる黒いドレス。シミアーヌ男爵夫人(大鶴佐助)はレース使い(だったと思う)の黒いドレス、サンフォン伯爵夫人(東出昌大)はややボンテージ風でSM女王を想起させるような黒いドレス。アンヌ(三浦涼介)は漫画『NANA』を彷彿とさせる露出多めの透け素材やショートパンツスタイルの黒い出で立ち。シャルロット(首藤康之)は露出少なめのシンプルな黒のドレス。(衣裳デザインは、ツグエダユキエ氏)
成宮さんは、ブランクのせいか、或いは、元々の演技スタイルのせいか、セリフを喋る時に身体から漏れ出る割合が多く、言葉を聞き終わる前にその時の感情や感覚のほうが先行して見えてしまうのがもったいない。(たとえば、手や上体に、セリフを言う時の反動が出てしまい、身体が先にセリフを喋ってしまう)
あと、3幕の晩年を演じるには、まだ少し若すぎたかもしれない。
ラストでは、着ていた衣裳を全て脱ぎ、バックショットながらフルヌードで光射す舞台奥へ消えていく。ルネがしがらみを一切脱ぎ捨て、裸一貫で自分の人生を歩き出す…という解釈なのだろう。しかし、鍛えられた若々しい肉体美をさらけ出すために、成宮寛貴としての芸能活動再開への決意表明的にも映ってしまい、「それまでのルネはどこへ?」という感じがしなくはない。
東出さんは、マイク無しでは厳しい声量の喋り方で(おそらく、大声で喋ることもできるのだろうけど、あえてあまり声を張らない喋り方にしていて、結果的にマイク声感が強くなっていた)、1幕では「ちょっとどうなの?」とも思ったのだが、まあ、役作り自体は悪くなく、2幕のミサの祭壇の告白の場面では、巻いていたショールを脱いで上裸になり、神秘的でエロティックな場面に仕上がってはいた。
あと、その場面、舞台後方でセリフの内容を再現するかのように、別の俳優(おそらくは、大鶴さんと首藤さん)が実演していて、これが効いていた。
三浦さんは、若い時の広田レオナか加賀まりこか、というようなコケティッシュな存在感で、これまでに見たアンヌ像の中で、おそらく群を抜いて「奔放で刹那的な造形」だった。(三島の文体のせいで、アンヌ像を誤解していただけなのかもしれないが(笑))
「アンヌはこれくらい振り切ったキャラクターのほうが良いのかも」と思わせる魅力があり、良くも悪くも、三浦さんが登場すると全てをかっさらっていった印象。
大鶴さんが、女性にしか見えない雰囲気で、「美徳」「母性」を体現する好演ぶり。東出サンフォンとの対比としても、かなり成功していたと思う。
加藤さんは、3幕ではかなり男性感(親父感)が強くなっていて、これはこれで面白い仕上がりだと思った。
首藤さんが、ちょっともったいない使われ方で、もっとコミカルな使い方とか、もっと身体表現で見せる場面があるとか、そういうのを期待していたのだが、彼を起用した良さがあまり活きていなかったようにも見えた。悪くはなかったのだけど。
全体としては、真摯に戯曲に向き合っている感じは伝わってくるし、話題先行な感じのキャスティングだが、自身のキャリアに甘んじない感じで演じていて好感は持てる。やや癖っぽい演技ではあるけれど。
↓ゲネプロのダイジェスト映像↓(まあ大体この通り)
https://youtu.be/F7ErWbvgGfY?si=4qeLsG3bmp4yOz51
迷っているなら、観て損はない感じ。(ただ、絶対にオススメ、と言うにはチケット代が高すぎる気はする…)
コメントを残す