二兎社公演49『狩場の悲劇』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
【2025/11/13 18:00〜20:45(途中15分間の休憩あり)】

アントン・チェーホフが若い頃に書いた長編推理小説を、永井愛氏が脚色・演出。原作のメタ的な二重構造を発展させ、三重構造へ昇華した(ある意味「大どんでん返し」な)結末が見事で、ミステリー好きにもチェーホフ好きにも演劇好きにも、幅広く受け入れられる作品へと仕上がった印象。
原作のストーリーは、ある裕福な伯爵の田舎の領地を舞台に、その領地に住んでいる森番の美しい娘オーレニカ(原田樹里)をめぐって、彼女に惚れ込んだ執事ウルベーニン(佐藤誓)、 領主である伯爵アレクセイ(玉置玲央)、伯爵の友人で予審判事セルゲイ(溝端淳平)、この三人の男たちが三つ巴となり、四角関係の恋愛模様を描いた作品で、最後にオーレニカが何者かに殺されてしまう。
この顛末をセルゲイは『狩場の悲劇』という小説に書き、それを編集者の元へ持ち込んでいたのだが、「まだ読めていない」と言われたために、セルゲイは編集長(亀田佳明)に小説の内容を勝手に語りだし…という叙述トリック作品になっている。
この原作世界を活かしたまま、永井氏はさらにオリジナルな解釈やチェーホフの他作品も使いながら、「よりチェーホフ的」にまとめ上げている。
舞台は、ある編集長の仕事場である、書斎的な設え。おそらく下手前に部屋の出入口があり、上手前は奥の部屋へ続いていると思われる造り。多岐にわたる場所設定の、すべての場面がこの書斎で繰り広げられていく。
舞台奥は書斎の壁という設定ではあるのだが、実際の壁はなく、書斎へ自由に出入りできる階段上の舞台があり、そこが、現実と想像世界を行き来するための出入り口になっている。
この舞台美術、地味な造りではあるが、部屋の向こう側とのシームレスな連続性を生み出すことに成功していて、柱の位置や天井の高さなどもよく計算されている。
戯曲と俳優がかっちりとハマった感じで、観やすく、聴き取りやすく、テンポも良い。登場人物たちの人物造形も非常に上手くいっている。
ミステリーでもあるし、タイトルに「悲劇」と付いているにも関わらず、舞台はわりと喜劇的で、登場人物たちは大真面目に怒ったり泣いたりしているのに、そのさまが観客から観ると非常に可笑しく、「泣いている場面なのに客席からは笑いが起きる」みたいなことが多々あった。
物語(セルゲイが書き起こした小説)は、セルゲイが語り手でもあり中心人物でもあり、セルゲイ役の溝端淳平さんが主役なのだが、実は、編集長の亀田佳明さんこそが、最終的な主役であった。
ちなみに原作では、編集長は最初と最後にしか登場しないらしい。
亀田さんは、聞き役(観客と同じ目線の立場)でもあり、舞台全体の狂言回し的なポジション(実は小説を既に読んでいた)でもあり、小説部分がラストまで到達したあとは、「セルゲイが真犯人である」と追い詰めていく検事のような役回りも加わり、ラストではチェーホフ自身であることが発覚して、「実はセルゲイまでもが、いち登場人物に過ぎなかった」という種明かしがなされ、チェーホフのモノローグで終幕する。
この、「編集長は、ただの編集長でも、真実を読み解いた読者でもなく、書いた側のチェーホフだった」ということが明かされるところからラストの展開が、かなりの衝撃波となって客席へ届き、こと作家のように「物事を生み出す立場の人間」には影響があまりに大きかったのか、「ハッキリとした理由が見つからないまま、でも、普遍的な何かが感じられ、涙があふれてくる」という、ショック療法のような体験をした。永井愛氏に完敗w
亀田さんの演技や役の捉え方も、とても良かったのだと思う。ある意味で上手く観客をミスリードさせ、またある意味では観客に寄り添った立ち位置で、「翻弄される純粋な存在」を体現し、でも、それすらも演技だったわけで。
全編ほぼ舞台上にいて、要所要所で突っ込んだり茶化したりしながら、ストーリーの進行を常に見続ける存在。
しかも、(そうせざるを得ない状況ゆえに、咄嗟の判断的に)犬や猫に扮する亀田さん、真犯人を追及し真実に迫っていく亀田さん、チェーホフとしての苦悩や孤独や虚無感を漂わせる亀田さん…と、亀田佳明という俳優の多才さ&多彩さをたっぷりと目撃でき、亀田ファン必見の舞台となっている。
セルゲイ役の溝端淳平さんも、非常に舞台向きな俳優で、セリフは明晰だし、立ち振る舞いは美しいし、演技にムダが無い印象を与えてくれる。
セルゲイもまた振り幅の大きい役なので、溝端さんの引き出しの多さを堪能できる。
伯爵アレクセイ役の玉置玲央さんも、相変わらずのセリフの明晰さと華やかさ。役柄としてはクズ男系の部類に入ると思うのだが、チャーミングな愛すべきキャラに造り上げた手腕は評価に値する。
そして個人的には、「演劇の神様に愛された俳優」だなと改めて思った。
召使いクジマ役のホリユウキさんも、ちょっと裏表がありそうなクセキャラを好演。切り揃えた前髪も役柄に合っている。コメディからシリアスまで、柔軟に対応できそうなポテンシャルも感じられ、今後が楽しみ。
片言で会話するカエタン役の加治将樹さんも、ただの面白キャラで終わらせず、サイドテーマ的な部分を担う存在として好演。
セルゲイを想い続けるナージェニカ役の大西礼芳さんは、本人の実力からすると予想通りの好演ではあったが、本音と建前みたいな二面性が、もう少し色濃く出ても良かったのかも。
そして、門脇麦さんの降板により、初日3日前に登板となったオーレニカ役の原田樹里さんは、物語の進行に合わせて可憐な少女から恋多き魔性の女へと内面がどんどん変化していくような、かなり準備に時間のかかりそうな役柄を大奮闘で好演。役柄への馴染み具合という観点だと、いまだ発展途中という感じでもあるが、決して見劣りすることはなく。
初めのうちは少し硬さが感じられ、少しギクシャクするような印象もあったが、舞台が進むにつれ(内面が変貌していくにつれ)、「あの心優しい少女がどうしてこんな傍若無人な態度の女性に!?」と観客に思わせ、共演者とも対等に渡り合う安定感が感じられた。
良くできた作品で、エンタメとしても楽しめるし、演劇ファンとしてもくすぐられるポイントが多いし、老若男女を問わず、見応えのある舞台だと思うので、多くの人にオススメしたい。ミーハー気分で観ても、たぶん満足できるw
(オーレニカ役は、長野以降は川添野愛さんにバトンタッチ)
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