手話のまち 東京国際ろう芸術祭/日本ろう者劇団×デフ・パペットシアター・ひとみ×カンパニーデラシネラ 共同創作プロジェクト『100年の眠り』@座・高円寺
【2025/11/8 18:30〜19:30(途中休憩なし)】

セリフ無し、音楽無しのノンバーバルな作品。無音のなか繰り広げられる、60分の身体パフォーマンス。グリム童話の『眠り姫』から着想を得ているものの、無言劇ともちょっと違うし、コンテンポラリー系のダンス作品とも違うしで、「聾者を中心とした、ダンス演劇的な無音パフォーマンス」といったところ。
「眠る」という行為は舞台上でも行われるが、『眠り姫』的な要素はあまり見当たらなかった印象。
座組が、文字通り「老若男女の集まり(8人)」という感じなのがとても良い。三世代くらいの家族のようにも見えるし、小さな社会コミュニティのようにも見える。
なかでも、まだ少女な守屋水結さんの存在が、この作品にとってはとても重要だったと思う。
個人的には、スキンヘッドの雫境(だけい)さんの、ユーモラスとシリアスのバランス感覚が絶妙な存在感と、それゆえのカッコ良さも、印象に残った。
小野寺さんと崎山さんのデラシネラコンビは、もちろん言うまでもなく。(崎山さんの、「感情を簡単には表に出さない」感じの「スッと居る」存在感もメッチャ好き)
パネル代わりも兼ねている4枚の細長いレールカーテン、ラジコン操作で出てくる汽車、動きの中で主軸の人が入れ替わっていく演出、影絵、ゴム、懐中電灯、見立ての小道具、風に立ち向かう動き…など、これまでのデラシネラで親しんできた演出や道具類がたくさん投入された舞台になっていて、スタッフワーク的な技術面においては、これまでの路線を踏襲してきたような印象。
なので、「本作ならでは!」みたいな部分は、聾者が演じていること以外には、今回は特に見当たらなかったと言える。
逆に、聾者が演じることで、普段ならやっているであろう、呼吸の音や舞台上の動作音などでは動きを揃えることができないため、出演者たちは視覚情報に頼らざるを得ず、動き出しや転換のタイミングが、健常者での舞台に比べるとほんの少しだけ遅い気がした。(そのせいか、今回の舞台のほうが、全体としてゆったりとした時間での進行にも感じられた)
また、「何が行われている場面なのか、よく分からない/分かるのに時間がかかる場面」が何回かあり、そういう時にも無音なので、見ている集中がちょっと切れかけてしまうことはあった。
作品自体のクオリティは決して低くないとは思う。
が、じゃあ「同じ作品を健常者だけでパフォーマンスしたらどうなるか」と言われれば、今回のものとそこまで大きな違いはなさそうで、「聾者だからこそ観ることができる舞台」とは少し違ったかな?という感じ。
「聾者が聾であることを感じさせない作品に仕上がっている」という意味では、非常に意義がある舞台ではあると思う。
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