2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3『消えていくなら朝』@新国立劇場 小劇場
【2025/7/11 19:00〜21:00(途中休憩なし)】

東京から6時間、田舎の海辺に立つ洒落た豪華な実家での、一夜の家族会話劇。「宗教二世問題」をも含んだ、家庭のひずみが描かれる。
蓬莱竜太氏が2018年に新国立劇場での上演のために書き下ろした私戯曲的作品を、今回は自身の演出で、フルオーディション企画で上演。(2018年は宮田慶子氏が演出。未見)
劇作家として東京で活動している次男の定男(関口アナン)が18年ぶりに、年下の彼女・レイ(坂東希)を連れて帰郷。「今度の舞台ではうちの家族のことを書こうと思う」と言ったことから、仲良さそうに振る舞っていた家族が、互いに罵り合い、暴露し合い、言葉によるバトルを繰り広げていく。
その大元の元凶とも言えるのが、「母親(大沼百合子)が宗教にのめり込んでいる」ことなのだが、しかしそれは「父親(大谷亮介)が家庭を顧みず、義母の介護に縛られ、子育ても押しつけられ、救いとなるのは宗教しか無かった」ことから来たものでもあり、兄(松本哲也)と妹(田実陽子)は、いわば両親の関係性の被害によって、自分たちの生き方を拗らせてしまっていた。
そんな家庭から逃れて、自分らしく生きてきた(ように見えた)定男だったが、終盤、被害者意識的な激しい思い込みによる誤解が判明し、「家族に対して、バカにするように斜め上から視ることで確立していた自己のアイデンティティ」が崩されてしまう。定男もまた、生き方を、家族観を、拗らせてしまっていたのかもしれない。
単純に言えば、定男も含めてみな、「愛」に飢えているだけなのかもしれない。
家族ってなんだろう。一番身近でありながら一番厄介で、一番愛しいはずなのに時に一番憎らしくなる存在、ということなのか。家族があることで救われる人もいれば、家族があることで地獄のような思いをする人もいる。
こんなに罵り合って、こんなに傷つけ合って、こんなにやり切れないし、根本では何も解決していない、なのに、許し合える存在でもあり、朝が来れば帳消しになったようにまた振り出しに戻ってしまう。でも、それぞれが振りかざすそれぞれの正義は、一生分かり合えないかもしれない。
この「自分の意思では選べない小さな社会」と、いかに付き合うべきなのか…みたいなことを考えるための、きっかけをくれるような作品。
オーディションの参加を検討した時に戯曲は1度読んでいて(結局オーディションにエントリーはせず)、「めちゃくちゃエネルギーのいる作品だな」という印象だったが、まさしく、いや想像以上に、言葉のナイフで互いを傷つけ合うような、そして、身を削って演じることを強いられるような舞台だった。まるで、かさぶたを剥がすような芝居。
ヒリヒリの連続や、息苦しさのような閉塞性は、モダンスイマーズの公演『夜光ホテル』にも通じるだろう。
本音をぶちまけたり、秘密を暴露したり、ムキになって相手を攻撃したりと、家族5人とも(彼女役のレイは除く)が、声を荒らげて制御不能になるような瞬間があり、心身消耗が激しそう。
彼らが本気になればなるほど、客観的に見ている観客の側としては、笑うしかないような状況の場面もいくつかあり、そういう意味での「ガス抜き」的な作劇も上手い。
互いの腹の探り合いのような場面も多く、誰かを見ていると誰かの反応を見逃す。なので、演じる身としては、「6人それぞれの本音や想いをきちんと把握したうえで、改めて、それぞれの反応や表情や言葉の向かう先を、もう一度じっくり観察してみたいな」とも思った。(もう1回、Z席で観てみたい気はしている…)
レイが声を荒らげる瞬間は無いが、良いことを言う瞬間が多く、レイの視点が本作においては意外と重要かもしれない。
特に印象的だったのは、定男が「うちの家族は仲良さそうに取り繕っているだけ」みたいなことを言ったときに返答した、「それは努力だよ」というセリフ。
逃れられない社会だからこそ、どうにかして傷つかずに済むように足掻く姿を、「努力している」と捉えるか、「取り繕っている」と捉えるか。
登場人物の造形が、戯曲を読んだときに勝手にイメージしていた人物像と、良い意味で違っていて、「ああ、こういう演じ方もあるんだ」と驚き。
なかでも、母親の役柄のアプローチは想像とかなり違っていて斬新だった。「おおらかで寛容、なのに、どこまでも頑固」で、宗教にハマるような危ない雰囲気は醸し出していない分、余計にたちが悪い感じ。そりゃ、子どもたちや父親もこうなってしまうよな…という感じで、説得力マシマシ。
レイは、イメージだともう少し現代的で、ギャル気質もあるような人物だったけど、今回のレイは清楚系の物静かな感じ(清原果耶系)で、これもまた新鮮だった。
薪ストーブ、システムキッチン、小上がりのリビング、大きなガラス窓…ショールームのような舞台装置は、間取り的にもオシャレで、ちょっと人工的すぎる印象でもあったが、物語が進行して、人間くさい泥仕合が露わになると、その人工的な感じでうまく中和されているようにも見えた。
また、母親の「この広い家にたった一人で…」みたいなセリフも、このショールーム的な生活感のない妙な広さが効いていたし、こんなにゆとりある空間の家なのに、さらにDIYで増築することで癒しを求める父親のやり切れなさみたいなものも、真に迫ってきたように思う。
あえて観客に背を向けて座ったり、背を向けて海を見るような設えだったが、それも観客からすると、「隣の家を覗き見ている」感じが増して、だからこそ笑えるし、だからこそ突き刺さってくる感じで、良かった。
ラスト、呆然とする定男の、消えてなくなりたいような気持ちが、朝焼けの海に溶けていくようなエンディングが美しく、舞台装置が微妙にスケルトン(建具を全て建てこんであるわけではなく、舞台奥がやけに見えるよう、壁などが無い状態で設定されている)なのが、このエンディングでとても活きていたし、同時にとても納得。
このエンディングにそれまでの2時間が集約されていたし、このエンディングのために2時間があったとも思える、個人的にはかなりお気に入りラストシーン。
2024/2025シーズン シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3
『消えていくなら朝』
作・演出 蓬莱竜太
羽田定男(僕) 関口アナン
羽田庄吾(兄) 松本哲也
羽田可奈(妹) 田実陽子
羽田君江(母) 大沼百合子
羽田庄次郎(父) 大谷亮介
才谷レイ(彼女) 坂東希
美術 小倉奈穂
照明 阪口美和
音響 工藤尚輝
衣裳 坂東智代
ヘアメイク 田中順子
演出助手 橋本佳奈
舞台監督 下柳田龍太郎
演出部 鈴木修、佐藤昭子、小島恵三子、多部直美、江原由夏
ヘアメイク 多田香織
プロンプ 山本毬愛
大道具 俳優座劇場(井戸元洋)
小道具 高津装飾美術(西村太志)
衣裳 東宝舞台衣裳部
衣裳製作 辻本麻里、河原菜月
舞台・照明・音響操作 新国立劇場技術部、シアターコミュニケーションシステムズ、アート・ステージライティング・グループ、フリックプロ、本庄正和(舞台)、山中美和(照明)、伊藤花(音響)、高田浩行(大道具)
制作助手 高橋凌
制作 林弥生
プロデューサー 中柄毅志
芸術監督 小川絵梨子
主催 新国立劇場
2025年7月10日〜27日 新国立劇場 小劇場
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