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演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

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アートひかり『二人で狂う…好きなだけ』@ひつじノ劇場
【2025/5/10 18:00〜18:45(途中休憩なし)】

イヨネスコの不条理な二人芝居(厳密に言えば二人以外にも登場人物はあるのだが)を藤枝で。4月に長野でも上演された作品。

『二人で狂う』という作品に関しては、2002年に利賀村の演出家コンクールで優秀賞を獲った西悟志演出を観ているのだが、その印象が僕の中であまりに強く、西版『二人で狂う』が「ひとつの正解例」として自分の中に存在しており、どうしてもそちらと比較しながらの観劇にならざるを得ない。
(ちなみに、西演出『二人で狂う』は、テキストを解体して再構成し、繰り返しや入れ替えを行うなど、「戯曲で如何に遊ぶか」を追求したような演出でもあり、当時、観ても話が全く理解出来なかったのだけど、作品に込められた「痛切な叫び」のようなものを肌で感じ、また、すごく訓練された肉体と演技を見せられた気分で、当時「ラヴェルの『ボレロ』のような舞台」と思った記憶がある。なお、西版はYouTubeで観ることが可能)

仲田氏の演出は、(突飛な部分もあるがそれも含めて)ある意味で模範的というか、イヨネスコの不条理劇というこの戯曲を正しく上演する一例として成功していたと思う。
「遠くの親戚より近くの他人」ならぬ「遠くの戦火より自分たちの諍い」といった感じな会話が続き、戦争の気配が通奏低音のように響く作品だが、戦争というものの存在感の表し方の処理も悪くなかったと思う。
要所要所で、とぼけた演出(褒め言葉)が差し挟まれるものの、基本的には「一定のテンションと、一定のスピード感と、一定のエネルギー」を伴った演出で、演じる二人(杉山雅紀、山田愛)の演技も、それに応えるものであったと思う。過剰になりすぎない程度で、でもしかし振り切っていた。

「達磨?」とか「日本語の歌詞?」とか、舞台設定や選曲が和洋折衷なのが多少、気にはなったが、そのことによるマイナスは少ない。

一点惜しまれるとすれば、照明効果だろうか。

ひつじノ劇場の仕様では高望みなことを承知で書けば、「強烈なピンスポが当たる」とか、「シルエットになる」とか、「横明かりで人物が浮かび上がる」とか、そういう照明効果があるとなお一層場面の密度がぐんと上がりそうな箇所がいくつかあった。
しかし、全体的に地明かりのみで勝負せざるを得ないため、場面の印象がぼんやりとしてしまった気がする。(いわゆる「劇的」な絵作りに限界があって、日常感が残りすぎた印象)
第三の人物が舞台奥から出てくる場面なんかは、それまでと違う明かりになれば、もっと違う異化効果が生まれて良かったかもな、と思ったり。

照明面での変化に限界があるならば、身体性か演出で変化をつけざるを得ないと思うので、たとえば、「すごくスローモーションな場面で引き伸ばされた会話が展開される」、「ただグルグルと歩き回りながら会話する」、そういう場面もあっても良かったかも。

余談だが、幕開きの(それ以後も、ではあるが)山田さんのビジュアルが、弘田三枝子の全盛期(「人形の家」を歌っていたころ)に激似で、「フランス人形みたいで、また新たな一面を見せた!」と、ひとりニヤニヤしてしまったw
(全盛期の弘田三枝子がピンと来ないと、全く理解できない話…というわけで、弘田三枝子の写真も参考に挙げておくw)


アートひかり公演
『二人で狂う・・・・・・好きなだけ』
作 ウージェーヌ・イヨネスコ
訳 安堂信也
演出 仲田恭子

出演 杉山雅紀、山田愛、姫凛子(ゲスト出演)
協力 山田あかり
撮影 安徳希仁、半田武祢夫

主催 アートひかり
共催 ひつじノ劇場
制作協力 一般社団法人ユニークポイント

2025年5月10日〜11日 ひつじノ劇場

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