新しいシェイクスピア劇の創造事業/水戸芸術館プロデュース公演『世界のすべては、ひとつの舞台~シェイクスピアの旅芸人』@水戸芸術館ACM劇場
【2025/1/26 14:00〜15:35(途中休憩なし)】

『ハムレット』『真夏の夜の夢』『テンペスト』の劇中劇に関係する場面だけを繋いでひとつにまとめた作品で、旅芸人の一座が3つの劇中劇を演じるという設定。
なので、たとえば『真夏の夜の夢』の劇中劇『ピラマスとシスビー』は、原作では職人たちによる素人芝居だが、本作では、『ハムレット』での『ゴンザーゴ殺し』を演じた旅芸人たちが、次の作品として『ピラマスとシスビー』に取り組む流れとなり、なんだか急に、芝居が下手な人たちのようになってしまったりもするw
そのあたりの繋ぎ方や設定には改善の余地がありそうだが、旅芸人たちを主軸にしてシェイクスピア作品を紡いでいく着眼点はなかなか良いと思った。構成・演出は大澤遊氏。
シェイクスピア独特の、韻を踏む感じの(ダジャレ感のある)セリフも、かなり工夫して翻訳したあとがうかがえ、本作に対する意気込みみたいなものが、そのあたりからも感じられた。翻訳は小田島創志氏が担当。
旅芸人たち以外は、原作ではメインの役どころが本作では脇役となり、池岡亮介さんがハムレット→フィロストレート→ファーディナンド、塩谷亮さんがポローニアス→パック→プロスペロー、大内真智さんがホレーシオ→シーシュース→エアリエルと、3作のメインどころをリレーしながら演じ分ける。
(ちなみに、大内真智さんはSPACの大内米治さんの兄。声質や喋り方の感じは兄弟で随分違うけど、踊ってる時の身体の使い方はかなり兄弟感がある)
水戸子どもミュージカルスクールの出身者5名が、アンサンブルとして1シーンだけ(『テンペスト』の劇中劇でのダンスシーン)に登場。華やかな雰囲気づくりに貢献。
こういう「劇場が育てた人材を、上手く本公演の作品に活かす(そして、それが分かるようにきちんとパンフレットに掲載している)」仕組みも素晴らしい。
松田洋治さん演じる座長がコミカルに旅芸人たち6人を統率。今井公平さんと伊海実紗さんの新国立劇場研修所出身コンビが、堅実ながらも印象的な仕事ぶり。ラストのダンスシーンで、舞台上方(3階部分?)に登場した西奥瑠菜さんも、あの場面を象徴するような存在でとても良かった。
あと、旅芸人の見習い役の八頭司悠友さんは、雑用係的な役どころで見せ場があまり無いにも関わらず、ちゃんとその役を生きている感じがあり、悪目立ちすることなく、でもきちんと存在感を残していたように思う。
八頭司さんが引く幌馬車風の大きな荷車も、旅芸人っぽさを表すアイコンとして上手く機能していて良かった。
正直なところ、途中までは「劇中劇で繋ぐ」というアイデアのほうが勝っていて、舞台そのものがそこへ追いついていないように感じられるところもあった。だが、『テンペスト』の劇中劇のダンスが唐突に途中で終わり、舞台上が一瞬で空っぽになったその瞬間、ふいに涙がこぼれた。(西奥瑠菜さんのドレスの長い裾が一瞬で消えてしまう、あの演出も秀逸!)
あの一瞬の「無」になった瞬間が、旅芸人というものの、俳優というものの、本質を表していたように感じられたからだろう。
呆気なく終わり、無に帰するのみ。どんなに積み上げてきたものであっても、一瞬で、儚くも過去のものとなってしまう。そういう「演劇」の本質がよく表れていた。「ああ、この『無』の瞬間のためにこれまでの物語があったのか」と。
そしてまた、旅芸人は荷車を引いて別の地へと去っていく。結局、劇中劇を演じていた旅芸人たちもまた「旅芸人」を演じているだけの存在で…そんな風にも見えた。
どんなセリフよりも雄弁に物語る、あの「無」と、荷車が消えていく絵柄に、すっかりヤラれてしまったようだ。
ちょっと偏った見方だとは思っているのでw、「絶対観るべし!」とは言わないが、来週末にも公演があるので、「観てみるのもいいんじゃない?」くらいにはオススメしたい。ACM劇場でないと出来ない演出というか、あの劇場の良さをうまく取り込んだ演出ではある。
(あと、水戸の街の感じも、水戸芸術館全体のコンパクトさも、SPACの人間にとっては懐かしさすら覚えてしまうACM劇場の造りも、個人的にはお気に入りなので、そういう部分での加点も大いに入っている…とは思うw)
鈴木忠志氏が芸術監督を務めていた創設時に比べれば、随分と活動の規模は小さくなっているとは思うけど、なかなかどうして、踏ん張って演劇の炎をしっかりと灯し続けている姿に、同業者として感心、感動するし、励みにもなる。
今年の9月には『ロミオとジュリエット』を上演するとのこと。こちらも楽しみだ。
コメントを残す