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演劇界に生きる男の観劇記録

SPAC-静岡県舞台芸術センターで俳優やってます!

倉敷幼稚園→粒江幼稚園→粒江小学校→倉敷南中学校→総社南高等学校→大阪教育大学

関心あるモノ・コト = 演劇/LEGO/昭和歌謡からJ-POP/字を書くこと/フィギュアスケート鑑賞/温浴施設めぐり/乗り鉄/旅行/睡眠

KUNIO15『グリークス』@KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
【2019/11/21 11:30〜21:40】
〈第1部〉11:30~14:30(途中10分間休憩2回あり)
〈第2部〉15:00〜17:35(途中10分間休憩2回あり)
〈第3部〉18:30〜21:40(途中10分間休憩2回あり)

10本のギリシャ悲劇を、時系列に沿って、ひとつの長大な物語に再構成した、全三部構成の舞台。イギリスの演出家ジョン・バートンと、翻訳家ケネス・カヴァンダーの共作。日本では、2000年に蜷川幸雄演出で上演されたものが有名(手元に当時の公演パンフレットも戯曲もあるが、舞台は未見)。
上演時間は、各部とも3時間前後で、通しだと10時間超になる。今回は11時30分に第一部が開演で、終演は21時40分。(一部と二部の間は休憩が短く、二部と三部の間が50分の休憩になっていて、このタイミングで夕食を摂れるようになっている。)
ちなみに、10本のギリシャ悲劇の内訳は順に、アウリスのイピゲネイア(エウリピデス作)/アキレウス(ホメロス作)/トロイアの女たち(エウリピデス作)/ヘカベ(エウリピデス作)/アガメムノン(アイスキュロス作)/エレクトラ(ソフォクレス作)/ヘレネ(エウリピデス作)/オレステス(エウリピデス作)/アンドロマケ(エウリピデス作)/タウリケのイピゲネイア(エウリピデス作)。

元々のギリシャ悲劇に比べ、まず、女性の視点で再構成されているために「女性たちの物語」になっている。さらに、元のギリシャ悲劇の戯曲よりもコロスの様式性が弱まり、「まわりくどい感じ」や「重厚さ」は無くなっている。
この2点を、どう演出に組み込んでいくか、というのが、『グリークス』を上演する際のポイントになるかと思われる。

今回の舞台は、その2点を考慮した演出になっていたと思う。特に、ギリシャ悲劇における様式性とは別のアプローチでの様式(歌やラップ、女子会的なノリでのおしゃべり、など)を、コロスのセリフに持ち込み、それがハマっていたと思う。それらひとつひとつの選択が、好きかどうかは別として。
そして、そのコロスたちの女性陣が、とても良かった。かなり出番が多く、場面の状況を見守るような、喋らず、ただ居るだけの場面も結構多いのだが、そこでの絵の作り方や、場での反応、もちろんセリフも含め、大変よく稽古された跡がうかがえ、生半可なプロデュース公演とは異なる感じがした。
ギリシャ悲劇はやはり、どんなにメインの役者が良くても、コロスが残念だと作品の質がガタ落ちする。逆に、多少メイン級がイマイチでも、コロスが一定のクオリティを保っていれば、充分に観ていられる。そういう意味で、今回のコロスを担う女性陣は、作品の完成度を底上げするのに、大きな役割を担っていたように感じられた。

一方、名のある役を演じる俳優たちには、個人的には少々不満が残った(特に男性陣)。全体的に「わめく」「叫ぶ」「吐き出す」系のセリフが多く、言葉があんまり生きていないように感じた。「呼吸と言葉が一体化しすぎている」というか、「言葉が肉体化されすぎている」というか、つまりは、「言葉」や「響き」の可能性が、殺されすぎているように思った。コロスたちのほうが、言葉の世界が豊穣だったし、耳にも入ってきやすかった。
おそらく、感情や気迫を乗せて喋るほうが、たぶん本人は充実感があって、より語っている気分になる。それに、そうしないと、身体の中も、場の空気も、空虚に感じられるのかもしれない。特にギリシャ悲劇なんか、長いセリフが多いし、状況が特異なことが多いし、そんなわけで、感情の起伏をつい、必要以上に付けてしまいがちだ。
でも、たぶんそれは違っていて、本人が何かで満たされているからといって、舞台上も満ちるとは限らない。本人の感覚とは裏腹に、場は空虚になっている可能性も、意外と捨てきれない。だから、「もっと『虚しさ』を感じながら演じていてもいいのにな」と、思いながら観ていた。
それは別に「力を抜け」ということではなく、「感情MAXの全身全霊で語るには、相当の力量が要る」というか、やみくもに、声を荒げたり、感覚を吐き出しながら言葉を乗せても、そんなに観客には響かない、ということだ。もちろん、「熱演しかない」という場合もあるのだけど、それは「感情・感覚任せでいい」ということとは少し違う気がする。そういう瞬間もあっていいけど、今回は全体的に、その割合が多すぎた。
僕はもっと「言葉を聴きたかった」のだと思う。「語ること、から脱却する」のが演出意図だったのかもしれない。が、だとすると、見せ方に、もうひと工夫欲しかったかな、と。

あと、衣裳(特に男性の)が、全体的に生地が薄くて安っぽいのはいいのか、と。サテンとかレーヨンとかビニール系が多く、ツルツルペラペラで、軽くて動きやすいのだろうけど、重厚感皆無だし、動きのシルエットや、ドレープの分量もあんまり綺麗じゃない。女性たちの衣裳が割と成功しているだけに、余計惜しまれる。
照明は非常に凝っていて、当て方ひとつにしても、面白かったり、キレイだったり、なかなか良かった。ムービングの多用も、効果的だったと思う。

演出に関しては、オープニングの茅ヶ崎とか、時々、「ん?」というところもあったが、総じて集中力高めの、エネルギーを感じる舞台だったと思う。
第一部は、割りと現代的な感覚が多く、物語の始まりだからか、お祭り感もある。第二部は、内容的にヘビーになる分、憎悪渦巻く系のセリフが多くなり、演出的にはややオーソドックスで、若干ネタ切れ感も。第三部は、紙芝居的な場面の切り替えや、ラストの大団円など、個人的には最も見どころがあるように感じたが、それまでを観ていてこその第三部なので、第三部だけを観ても楽しめるかどうかは怪しい。
あと、ある程度のギリシャ悲劇知識があっても、やはり膨大な人物や神が(セリフ中に)出てくるので、やや詳細なあらすじを、頭に入れてから見るほうが、「それって誰だっけ?」とか考えなくて済む。(人物相関図は配布物に入っているが、詳細なあらすじは無い)

そして、最後まで観て思うのは、「壮大な前フリによる、イピゲネイアとオレステスの再会物語」だな、と。この姉弟の再会がクライマックスというか、「ここを見せるための9時間」というか。へカベの嘆きとか、クリュタイムネストラとエレクトラの対立とか、ヘレネとメネラオスの再会とか、観ているときは、なかなかドラマティックに感じていたのだが、「イピゲネイアとオレステスの再会」がすべてをかっさらっていく(笑) まあ、そもそもの物語の発端が「生贄として殺された(と思わせる)イピゲネイア」にあるので、そりゃそうなんだが。
それにしても、オレステスはいい役だなー、と。『エレクトラ』単体でのオレステスって、そこまで魅力を感じないけど、ラストまでの流れで観ると、オレステスって演じ甲斐があるというか、役者冥利に尽きる役だなと、個人的には思う。

最後に、SPAC関係の見どころを(個人的観点だが)。
本多さんは確かに、第一部が1番出番が多いのだが、第三部のテティスは短いながらも非常に好演技だし、第二部のコロスは、ある意味「コロスの長」的なポジションで、他の共演者より頭1つ抜け出ていて見逃せない。おそらく、他の出演者より勝る「コロス経験の豊富さ」が、いかんなく発揮されている。
河村さんは、コロスでの出番がほとんどだが、「ちょっと低めのアルトっぽい声質」が、コロスの中で非常に生きていて、埋没することなく、いい意味で目を引く。何より、コロス全体が良いので、「そこに入っている河村さん」というのが、俳優仲間としては非常に誇らしい。第三部の彼女の持つ小道具は、各方面で反響を呼ぶことだろう(笑)

休憩の過ごし方に関しては、食事は、外に出かけて食べるにはややタイト。あらかじめ持っていくか、当日予約でホットサンドを事前注文できるので、それにするか。飲み物は、贅沢を言わなければ、ロビーに用意されている(水、お湯、ティーバッグなど)。

しかし、第三部でしかカーテンコールが無いのは、いいのかな? 通しで観劇することが前提のカーテンコールで、第一部と第二部は、終演後に出演者が登場しないまま、あっさりと終演。一瞬、戸惑う。


KUNIO15
『グリークス』
編・英訳 ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー
翻訳 小澤英実
演出・美術 杉原邦生

第1部
アガメムノン 天宮良
老人 小田豊
クリュタイムネストラ 安藤玉恵
メネラオス 田中佑弥
イピゲネイア 井上向日葵
タルテュビオス 森田真和
アキレウス 渡邊りょう
パトロクロス 福原冠
テティス 本多麻紀
クリュセイス 河村若菜
オデュッセウス 池浦さだ夢
ブリセイス 藤井咲有里
プリアモス 外山誠二
ヘカベ 松永玲子
ポリュクセネ 中坂弥樹
カッサンドラ 森口彩乃
アンドロマケ 石村みか
アステュアナクス 山口光/仲野絵真
ヘレネ 武田暁

第2部
ヘカべ 松永玲子
ポリュクセネ 中坂弥樹
オデュッセウス 池浦さだ夢
タルテュビオス 森田真和
アガメムノン 天宮良
カッサンドラ 森口彩乃
ポリュメストル 箱田暁史
ポリュメストルの幼い息子 山口光/仲野絵真
クリュタイムネストラ 安藤玉恵
老人 小田豊
アイギストス 箱田暁史
エレクトラ 土居志央梨
クリュソテミス 永井茉梨奈
オレステス 尾尻征大

第3部
ヘレネ 武田曉
メネラオス 田中佑弥
エウクレイア 河村若菜
テオクリュメノス(エジプトの王) 箱田暁史
老兵 外山誠二
エレクトラ 土居志央梨
ヘルミオネ 毛利悟巳
オレステス 尾尻征大
テュンダレオス 森田真和
ピュラデス 福原冠
老人 小田豊
ニテティス 井上夕貴
アポロン 天宮良
アンドロマケ 石村みか
プシッタラ 森田真和
クリュソテミス 永井茉梨奈
テティス 本多麻紀
アンドロマケとネオプトレオスの息子 山口光/仲野絵真
ペレウス 小田豊
イビゲネイア 井上向日葵
トアス(タウリケの王) 池浦さだ夢
アテナ 安藤玉恵

コロス 岩本えり、三方美由起、天宮良、安藤玉恵、本多麻紀、武田暁、石村みか、箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、藤井咲有里、 池浦さだ夢、土居志央梨、河村若菜、毛利悟巳、森口彩乃、井上夕貴、永井茉梨奈、中坂弥樹、 井上向日葵、松永玲子、外山誠二
兵士ほか 箱田暁史、田中佑弥、渡邊りょう、福原冠、森田真和、池浦さだ夢、尾尻征大、安藤玉恵、松永玲子

音楽 Taichi Kaneko、西井夕紀子
振付 白神ももこ[モモンガ・コンプレックス]
照明 高田政義[RYU]
音響 稲住祐平*
衣裳 藤谷香子[FAIFAI]
作詞協力 板橋駿谷
演出助手 大原渉平、木之瀬雅貴、西岳
京都公演舞台コーディネイト 大鹿展明
舞台監督 藤田有紀彦*
プロダクション・マネージャー 山添賀容子*
技術監督 堀内真人*
演出部 石橋侑紀、浦本圭介
音響操作 江口佳那*
照明操作 青山恵理子、葭田野浩介
衣裳協力 臼井梨恵、山道弥栄、永瀬泰生、笹海舟
大道具製作 C-COM舞台装置
美術製作 美術工房拓人
衣裳製作 秀島史子、小山つかさ、中西康子、野澤麻衣子
運搬 マイド

宣伝美術 加藤賢策[LABORATORIES]
文芸 稲垣貴俊
版権コーディネイト 株式会社シアターライツ
票券 長川原秀美*
広報 村上具子*
制作 河野理絵、前田明子、加藤仲葉、つくにうらら
KAAT神奈川芸術劇場制作 澤藤歩、鈴木収
制作統括 横山歩*

協力 アクトレインクラブ、ウィーズカンパニー、FMG、エンパシィ、岡村本舗、男肉 du Soleil、オフィスPSC、キューブ、魚灯、劇団しようよ、劇団ひまわり、さいたまネクストシアター、CEDAR、シラカン、SPAC-静岡県舞台芸術センター、芹川事務所、てがみ座、ナイロン100℃、中野成樹+フランケンズ、PAPALUWA、範宙遊泳、ファザーズ・コーポレーション、プリッシマ、文学座、MASH、夢工房
プロデューサー 小林みほ、千葉乃梨子*(神奈川公演)、井出亮(京都公演・京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)
企画・製作 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc. KAAT神奈川芸術劇場

*はKAAT神奈川芸術劇場

2019年11月1日・2日 森下スタジオ【東京プレビュー公演】
主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.
助成 公益財団法人セゾン文化財団、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京、芸術文化振興基金

2019年11月10日 京都芸術劇場 春秋座
主催 京都造形芸術大学舞台芸術研究センター
共催 KUNIO/合同会社KUNIO,Inc.
助成 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場音楽堂等機能強化推進事業)、独立行政法人日本芸術文化振興会、公益財団法人セゾン文化財団

2019年1月21日〜30日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
主催 KUNIO/合同会社KUNIO, Inc.、KAAT神奈川芸術劇場
助成 公益財団法人セゾン文化財団、芸術文化振興基金

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