LABO! volume15 ソライロノハナ第7集『如月小春クロニクル』@西荻窪・遊空間がざびぃ
【2019/10/11 14:30〜16:30(途中休憩なし)】

生前の如月小春氏と創作活動を共にしたメンバーが中心となって、死後20年目に、彼女の作品をオムニバス的にピックアップして上演する企画。とても密な小空間での上演で、上演時間は約2時間。
いわゆる「如月小春のいいとこ取り」的な公演かと思っていたのだが、思いの外、取り上げた作品に偏りがあり、半分以上は『ESCAPE』から。僕からすると代表作とも言える『MORAL』からは数シーンのみで、『DOLL』や『トロイメライ』、『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』に至っては、全く引用なし。これだけ『ESCAPE』をメインに据えるなら、『ESCAPE+α』として上演すれば良かったのに、という気も。
ちなみに、僕、高校時代に『ESCAPE』上演したことある人間なので、何やら懐かしいセリフのオンパレードで、個人的には飽きずに観られた。
如月小春氏のセリフって、ポエティックでありながら、リアリスティックでもあり、やっぱり素敵だな、と。ただ、その表現の仕方として、今回上演された演出や演技の手法が最適だったのかどうかは、ちょっと微妙。
割と、熱く語るような場面、情感過多の場面が多く、如月小春の持つポエジーな側面が損なわれていたようにも思う。「もっと言葉を置いてほしいなー」と思う場面しばしば。演じてて空虚になりがちだから、つい埋めようとするあまり情感過多になるのかな。虚しくていいのに(笑)
たとえば、虹が「月子」と何度も呼ぶ場面とか、あんなに分かりやすく色々と言い方変えなくてもいいのに。「なんとなく口に出してみる。意味もなく。口にしないと消えてしまいそうだから、ただ口にする。つい口にしてしまう。口にすることで安心できる。」そんな感じでいいのにな。そのほうが、存在の不確かさが浮き彫りになると思うのだが。
あと、如月小春の長セリフって、対象が他者のとき(明確に誰かに話しかけている)と、自分のとき(いわゆる自問自答的な)がまぜこぜになっていて、フォーカスのスイッチングが非常に難しいのだが、その切り替えが、舞台全体的に見てちょっと遅い感じ。もっさりしていた。もっとめまぐるしく、自己と他者を激しく行き来し、テンションや声のトーンも瞬時に切り替わってほしいのだが。(あ、白石加代子さんとか大竹しのぶさんとか、意外と如月小春作品が合うかもしれない)
ほかに、「白い球体を抱えた男」というのが、如月作品の要素のひとつと言えるかと思うのだが、それを連想させる演出として、「各自が手にしたスマホの光に照らされた人々」というのが出てきていて、それはとっても良かった。「言葉遊び的なシュプレヒコール」も如月作品の特徴だけど、これも、今回の舞台ではかなり頑張っていたように思う。
ラストの「荷を背負う男」の場面は、ちょっとベケットっぽいやり取りがあって、見せ方が非常に難しいと思うのだが、演じる牧野隆二さんの演技が過不足なくて、やり過ぎず、まとめ過ぎず、とっても良かった。相手役の俳優も良かった。この場面が観られただけでも、観に行ったかいがあったと言って過言ではなかろう。この場面で終幕したのも非常に成功していた。
如月小春作品の上演の難しさを改めて実感し、同時に、彼女の残したセリフの、よく切れるナイフのような鋭さに感動し、そういう意味で、上演する意義のあった舞台だとは思う。観ていて、また彼女の書いたセリフを口にしてみたくなったことは確かだ。
LABO! volume15 ソライロノハナ第7集
『如月小春クロニクル』
テキスト:如月小春
演出・構成:堀内仁
(使用著作「MORAL」「家、世の果ての…」「ESCAPE」「Dancing Voice」「都市民族の芝居小屋」「朝、冷たい水で」「ISLAND」「DAILY」)
瀧川真澄:花子、洋子、ママ、姉
熊谷知彦:虹、コウダ
高木愛香:月子、妹
桑原良太:猫河原
牧野隆二:風、アアダ、男
吉田真優:雪、少年
甲斐智堯: 支店長
稲葉真:ヨシダ
音楽・演奏:近藤達郎
映像:武内秀光
衣装:ひろたにはるこ
照明:伊倉広徳
振付(デパート):熊谷知彦
振付(ゆっくりと沈んでゆく):中村優子
声の出演:柳沢三千代
撮影(如月小春):上牧祐
映像記録:山縣昌雄
制作補:星見華理奈
制作協力:片桐久文
協力:飯島千香子、妹尾侑紀、遠藤真美子、高村志穂、高田明来、原沙紀、小林泰生
製作:LABO!
2019年10月11日〜13日 西荻窪・遊空間がざびい
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